第11話


「ふむ、やはり美味しいな」


「神獣様にお褒めいただくなんて、光栄です!」


 その日の昼下がり。ロロに褒められたマーサが、嬉しそうに頬を紅く染めていた。

 美味しい紅茶と軽食が並んだテーブルに、隣には紅茶を傾ける黒髪青眼のイケメン。

 朝と変わらないような光景だが、場所だけが違っていた。

 沢山咲き誇る色とりどりの花々と、瑞々しい緑の木々。ユロメア家の庭師が手がける、王宮にだって劣らない美しい庭園だ。

 準備されたガーデンテーブルには、美味しそうなサンドイッチやスコーンが並ぶ。いつもだったらうきうきするところだが、私はまだ、大きく溜め息をついていた。


「昼食くらい、気晴らしになればと思ったけど……。やっぱり気が重いわね」


「先ほどの招待状のせいですか?」


 心配そうなマーサの問いかけに、私は静かに頷いた。

 今日も退屈な一日になりそうだ――なんて思っていた矢先。

 王宮から届いたのは、舞踏会の招待状だった。

 名目は、第二王子の誕生祝い――そう、あのヴォルシングの誕生日だ。


(そういえば、この時期だったわよね……)


 元婚約者として、毎年この時期には豪奢に着飾り、ヴォルグのパートナーを務めていた。

 婚約破棄したとはいえ、名門ユロメア家の娘として、王家主催の行事を欠席するわけにはいかない。……が。


(主役の元婚約者で、今は神獣使いだなんて……悪い意味で注目されるじゃない)


 どうにもならないことだから、仕方がないと割り切るしかない。……本当に、気が重いけれど。


「あまり溜め息ばかり吐いていては、幸せが逃げるぞ」


 ロロが他人事のようにそう言うのに、私はジト目を返すことくらいしかできなかった。

 そんな妙な空気の立ちこめるお茶会にやってきたのは、本日も麗しく、日傘を差したお母様だった。


「ご機嫌よう、神獣様。お寛ぎのところ、ごめんなさいね」


「母君か。いや、我に気遣いは無用だ」


 娘を差し置いて、脳天気に挨拶を交わす二人。どうやらこの二人、とても馬が合うようで……気がついた時には既に、和気あいあいと楽しく談笑するような仲になっていたのだ。


「お母様、どうされました?」


 のそりと突っ伏していたテーブルから身体を起こすと、お母様の後ろに控えた侍女が、トレイの上に何かを乗せているのに気がついた。


「ジュリエッタ。貴女に急ぎのお手紙よ」


「急ぎの手紙……?」


 侍女から、丁寧に差し出された手紙を受け取る。


「貴女も知っているでしょう?ローエングリン神殿からなの」


「神殿……って、あの大きい?」


「ええ」


 受け取った封筒は、ざらりとした手触りに、不純物交じりの黄土色のものだった。貴族たちが使うような、上質で真っさらなものとは違う。


(となると、これは……神殿の神官からかしら?)


 神殿に仕える神官でも、貴族と親しくするような高位の者は、上質な紙を使うものだけれど……。

 思わずお母様を見ると、お母様も封筒を見て困った表情をしていた。


「お母様。これ、急ぎと仰いました?」


「ええ。その手紙をお持ちになった使者の方がね、返事を貰うまで帰れない、と言うの。応接室でお待ち頂いているけれど……」


 ローエングリン神殿とは――王国内でも最古と伝えられている、大神殿だ。

 王都の東にある森の中、ローエングリンと呼ばれる都市の中心に、壮大な敷地の石造りの神殿がある。

 ロザリンデ教の多くの神官たちが、見習いとして教えを受け、修行をする場所としても有名だ。


(お母様も、大神殿からということでお断りしなかったのね)


 普通ならば、公爵家に手紙が届いたところで、身元が保証された差出人の手紙以外は、取り次ぎすらされないのが普通だ。

 しかし今、我が家には神獣のロロがいて、私は神獣使いになってしまった。

 神殿を無下にするようなことは出来ないし、ひとまずは内容を確認して判断するのがいいだろう。


「お嬢様」


「ありがとう、マーサ」


 すかさずマーサが差し出してくれたレターナイフを使って、ざくりと封筒を開ける。

 中から出てきたのは、封筒と同じ不純物の混ざった、ざらついた便箋が一枚だった。


 ――拝啓、ユロメア公爵家、ご令嬢へ

   この度は、突然ご連絡を差し上げる無礼をお許しください。

   神獣使いとなられた貴女様に、これまでの神獣使いの方々の歴史について、

   お話をする機会を頂きたいと存じます。

   お手数をお掛けしますが、ローエングリン神殿へと、

   神獣様と共に訪問頂けませんでしょうか?

   お返事は使者にお渡しくださいませ。

   色よいお返事をお待ち申し上げております。

                 ローエングリン神殿 神官レイ――


(……何だろう、この手紙)


 丁寧な言葉に、美しい文字で書かれた内容は、どこか違和感を覚えた。

 便箋を見つめながら眉間に皺を寄せる私に、隣からひょこっとロロが覗き込んでくる。

 青い目がするすると文面を滑ったかと思えば、すうと細められた。


「……綺麗すぎるな」


「ロロも、そう思われます?」


 同じ事を思ったらしいロロに、警戒が強まる。

 通常、神殿に仕える神官たちは、ほとんどが庶民の出自だ。ほんの僅かの貴族出身者たちは、大体が自分の家門を追い出されたか、稀には自分から志願したかに分けられる。

 この手紙は、書かれた文字が綺麗すぎる。よって、差出人は貴族出身者で間違いないと思うのだが……仮に貴族出身者であったのならば、公爵家の令嬢に手紙を送るのに、自身の元の身分を一切使用しないというのも、おかしな点だ。

 下級の庶民出身神官からの唐突な手紙なんて、常なら返事すら出さずに無視してしまうのだが……。


「――お母様。ローエングリン神殿の神官様が、神獣使いについてお話がしたいと言っておられるわ」


 顔を上げれば、お母様は扇子を開いて口元を隠し、こくりと静かに頷いた。


「リーエが望むのなら、お行きなさい。明日、馬車を用意するわ」


「ありがとうございます」


「そうと決めたのならば、応接室でお待ちの使者の子にも、早くお返事をお渡しなさい」

「わかりました」


 お母様は再び無言で頷くと、ロロに優雅に会釈をして、静かに屋敷の中へと戻っていった。


「マーサ」


「はい、お嬢様」


 有能な私の侍女へと声を掛けると、すぐに封筒と便箋、そして筆記具が差し出される。

 いつも使っている上質な白い便箋に、さらさらと簡潔に返事を書くと、すぐに封をして席を立った。


「ロロ、行きましょう」


「ああ」


 いつの間に自分の分を平らげたのか。空のティーカップとお皿に満足そうな目をしながら、ロロが席を立つ。

 向かうは、使者が待つという応接室だ。

 使用人たちが道を譲ってくれる中、すんなりと到着した応接室。小さく深呼吸をして、ノックをした。


「ジュリエッタ・ユロメアです。失礼いたします」


 ほんの僅か、緊張に身を固くして扉を開けた、そこには――。


「あ……!突然すみません、公爵令嬢!お邪魔してますッス!」


 お母様曰く『使者の子』――その呼び方にふさわしい、にぱっとした笑顔の青年が待っていた。




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