第十六話『取引の代償』

 旧王都グランディス、カルレッシアが邸宅。


 関係者が二人も暴走してくれたお陰で、元締め様にご招待を受けた。ありがたいね。本当なら今すぐ宿屋のベッドにダイブしたいくらい疲れ切ってるんだが。


「これでも、わたくしは旧王都グランディスを治める身。騒ぎになるような真似は控えて頂きたいのですが」


「別に、騒ぎっていう程の騒ぎは起こしてねぇよ。ちょこっと人を集めてお話してただけだろぉーが」


 場所は最初と同じく応接間。相手も変わらずカルレッシア一人だが、こちらは違う。


 僕の右腕はパールに絡み取られ、左腕側には今回の原因たるフォルティノが陣取っていた。そうして背後には原因その二、ルヴィが立つ構図だ。これだけで頭が痛くなってくる。


 ルヴィがソファ越しに僕にしなだれかかりながら、言う。


「はい。先輩。フォルティノ先輩を弁舌軽やかに先輩の協力者に仕立て上げた功労者、可愛い可愛い後輩のルヴィです。褒めて頂いてもいいのでは」


「分かった分かった。良くやった。後で纏めて話そう」


「ぶい」

 

 両手でピースを作りながら満足そうにするんじゃない。


 フォルティノがどうしてグランディスにいて、あんな騒ぎを起こす真似をしたのかはおおよそ想像がつく。元々、暴走しがちだがのせられ易い性格だ。ルヴィが何かしら吹き込んだのだろう。今すぐ僕を殺しに来ないのなら、一先ずは問題ない。


 それよりも、大事なのは元締め様のご機嫌伺いだ。


「こちらが騒ぎを起こしたのは事実だ、そこは謝罪しよう。本来は段階を踏んで進める予定だった」


「お話が通じて助かります、アーレ様。進める、というのは。ギルド設立の件ですか」


 カルレッシアが軽く指を鳴らすと、使用人が人数分の茶を運んでくる。


 さて、どう出て来るか。ギルドの設立に関しては、本来カルレッシアからすれば望ましいものではないはず。


 グランディスは曲りなりにも彼女の領邦。勝手に組織を作り、人を集めるなんて真似、下手をすれば殺されたって文句は言えない所業だ。僕が彼女の立場なら、間違いなく二度と行動を起こせないようにまで弱体化させる。


 カルレッシアは数秒考えたような振る舞いをしてから茶を口に含み、僕へと視線を向けた。


「目的は王都シヴィへの対抗措置ですか。確かに、賞金首ともなれば自衛のためにも組織は必要でしょう」


「詰まり、ボクらのギルド設立を認めてくれるって事でいいのかい?」


 パールが反射的に口を出すと、カルレッシアの瞳が瞬く。線の細さからは想像できないほど、鋭い眼光がこちらを貫いた。


 脅かすような真似はよして欲しいな。こちとら非力なんだ。


「勿論、構いません。但し、一つ条件があります」


「そう来ると思ってた。まぁ、取り合えず言ってくれ」


 というより早くこの場での話し合いを終えたい。先ほどから右腕をパールにねじ切られそうになりつつ、左腕にやけに慎重に身体を押し付けて来るフォルティノと、背後から僕の肩をがくがくと揺らしてくるルヴィに身体が悲鳴をあげてるんだ。


 こう、君ら。座ってても大人しく出来ないんだな。


「ええ。ギルド設立は、いずれ王都シヴィへの帰還も視野に入れたものでしょう。ですが――例え全て事が上手く運んだとしても、わたくしとの取引は継続を頂きたいのです」


「取引ってのは、これの事か」


 商業都市モンデリーで魔力結晶を換金後、可能な限り集めたティーカップや燭台をはじめとした調度品。流石に大量に買い込む余裕はなかったが、全て袋に詰め込みレラに運んできて貰った。


 使用人に引き渡すと、几帳面に一つ一つテーブルの上に置いていく。心なしか、カルレッシアが瞳を輝かせている。


「はい。素晴らしいですわ、アーレ様。やはりわたくしは、間違いを犯しません。アーレ様にお願いをして正解でした」


 お願い、というほど可愛い依頼ではなかったが。


 カルレッシアはテーブル一杯に並べられた調度品の中から、三つほどを指さし使用人に目線を送る。使用人はその三つを丁寧に持ち運び、さっさと応接間から出て行ってしまった。


「お気に入りはあれだけか」


「ええ、勿論これらの調度品も魔境との取引に使用いたします。ただ、わたくしにもコレクションというものがありますの」


「言ってくれれば、それらしいのを選んでくるが」


 カルレッシアは僅かに逡巡したように瞳を輝かせた。まるで、言うべきか言わざるべきかを十分に検討しているかのような。神妙な素振り。


「……いえ、敢えて選んでいただくほどには及びません。アーレ様の選択を信じておりますので。ただ、出来れば新たなものではなく古くから使われているものがよろしいかと」


「アンティークの方が喜ばれるわけか。分かった。それで、取引を今後も継続するという話だったな」


「その通りです。シヴィに戻られたからといって、わたくしとの取引は不要というのでは、寂しいではありませんか」


 敢えて一度話を中断する事で、カルレッシアが勢いを失ってくれる事を願っていたが。そうはいきそうになかった。


 まぁ、正直真っ当な範囲の要求だ。はっきり言って、カルレッシアとの取引は僕に有利な面が多すぎる。原資となる魔力結晶は彼女の提供、僕はある意味運び屋みたいなもの。


 有利な状況を利用するだけ利用して、不要となれば取引を放り出す。そんな真似は許されないと、カルレッシアは釘を刺しているのだ。一度魔性と取引した以上、もはや手を切る事は出来ないと。

 

「……良いだろう。君との取引はシヴィに戻っても続ける。ちなみに、何時まで続ける気だ?」


「わたくしが良いというまで、永遠にです。問題がおありですか?」


 ありとあらゆる計算を混交した答えだった。


 にこやかな顔つきから、本来のものと思われる冷徹さがにじみ出ている。虚飾もなく、傲慢もなく。ただ真っすぐな商人の理屈。利益は決して掴んで離さない。


 カルレッシアは一歩踏み込む様に口を開いた。


「魔性というものは、元来からして執念深いものなのです。人類種のおとぎ話にもあるではないですか、魔性との取引を甘く見て、魂を取られてしまうような物語が。まさかアーレ様は、そのような安易な考えでわたくしの手を取られたわけではないのでしょう?」


 綺麗な顔で脅してくれるじゃないか。こちらの興が乗ってしまうからやめてほしい。そういった硬軟おり交ぜた脅しすかしは、交渉の常套手段だ。


「勿論。相手が誰だろうと安易な契約はしてないよ。それにカルレッシア、僕らはまだ一回目の取引だ。お互いを良く知ってるわけでもない。これからやり取りを積み重ねてお互いを知っていく、取引ってのはそういうものだろう?」


「ええ、わたくしもそうなる事を望んでおります」


 言いながら、カルレッシアがティーカップをテーブルに置いたとほぼ同時だった。


 左手側に居座っていたフォルティノが茫然とした様子で言った。


「あん? いやちょっと待て、魔性との取引って何だ?」


「ん?」


 反射的に背後のルヴィを見る。ここまで連れて来たんだ。その辺りの事情説明は済んでるんじゃないのか。


 彼女はぐっと親指を上げながら頷いた。


「大事な事ですので、先輩からご説明頂くべきと思い、お話していません。配慮の行き届いた、出来る後輩をもって先輩は幸せものですね」


「ああ、そうだな。君、本当後で覚えておけよ」


「はい。お褒め頂けると言う事ですね、覚えておきます」


 こいつ本当良い根性してるよ。エルディアノでも頭角を現していただけはある。十分に先達の連中とやっていけた事だろう。いや本当に、どうしてこいつ僕と一緒に来たんだろう。相変わらず聞きそびれたままだ。


「分かった、フォルティノ。一から説明する。色々と事情があってな」


「はぁん。ま。よくわかんねぇけど」


 一度殺し合いかけた事なんて忘れたかのように、フォルティノはけらけらと笑いながら言った。


「こいつが魔性で、アーレが取引しようってわけじゃねぇんだろう? まさかお前がそんな大それた事するわけねぇもんな!」


 率直に言おう。


 フォルティノへの説明に、自信がなくなってきた。

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