第6話
「それではSO歴254年度の卒業査定の内容を発表する」
試験官たる、ボガードのユークリム先生が卒業試験を受ける俺達に向かってそう告げる。
30人のクラスが4つで、計120人もの生徒に緊張が走った。
先生は水晶玉のようなものを足元の台に設置する。すると空中にスクリーンのように魔法文字が羅列されていった。今回の試験は魔法を使用し演習場を丸ごと舞台とした大掛かりなものになるようだ。
試験の内容をまとめると、
・生徒一人につき、一つのサイン・ペンダントが渡される。
・制限時間まで自分のサインが破損しないように防衛しながら行動する。
・他人のサインを破壊した場合、1点が与えられる。
・5点を得た生徒が3人出るか、制限時間がきたら試験終了。
・サインが破壊された生徒は『ゾンビ』となるが、他のサインを破壊した場合、復活できる。
・ただし、自分のサインを破壊した相手のサインを破壊してはならない。
・復活した場合、0点に戻るが破壊した相手がポイントを持っていたなら、それも引き継げる。
と言ったところだろうか。
「要するに魔法でサバゲーをやるってことか」
サバゲーやったことないけど、多分そんな感じだろう。
「サバゲー?」
俺がふと口にした耳慣れない単語をヤーリンは首を傾げながら復唱した。ちょっと可愛い。しかし、そのせいで油断していたのか、不意に自分の名前が出てきて素っ頓狂な声を上げた。
「ただし、ヤーリン・ヤングウェイには特別なルールを課す」
「え?」
「皆も知っての通り、彼女の魔法レベルは他の生徒と比べて特出している。その為ハンディとしての措置を取ることになった」
先生がそう言うと、魔法文字が切り替わり新たなルールが表示された。これも要約してしまうと、
・ヤーリンのサインを破壊すると、一つで5点が与えられる。
・ヤーリンは何人倒しても点数を得ることがない。
という事だった。
けど、これだとヤーリンは遁走に徹底するだけで、寧ろ有利なのでは?
ルールの説明が終わったところで、再び生徒たちに緊張が走った。しかも試験の内容を要約すると、つまりは自分以外が全て敵となると言っても過言ではないので、それは一入だ。
いよいよ試験が始まるとなると、関心の薄い俺でも歯の隙間がもぞもぞ動くような、そんな感覚を味わっている。人並みに緊張くらいするんです。
「最後にルールと関係はないが補足説明をする。今日の試験は『ヤウェンチカ大学校』を除く他の九つのギルドの監査が入ることになっている」
その言葉に生徒たち全員が一気にざわついた。
俺はフェリゴを見る。すると、これでもかというドヤ顔を見せつけてきた。
「どういうことですか?」
「各ギルドへの入属を保証するものではないが、各々希望している進路への道を開くのに大きなチャンスとなる、ということだ。」
つまりアレか、頑張ってアピールすれば内申点が良くなるよって事ね。
これでヤーリンも自己アピールのために積極的に前に出てこざるを得ない。入りたいと熱望するギルドがある奴ほど躍起になるというシステムか。てことは、ほとんど全員が躍起になるってことじゃん。
しかし、各ギルドが仲良く手を取り合う姿がまるで想像できない。寧ろ、有益そうな生徒の取り合いになるんじゃないだろうか…それとも他に何かがあるのだろうか。
まあ、そんな事を今、俺が考えたところでどうなるものではない。
今度こそ、試験についての説明は終了し、生徒たち一人一人にサイン・ペンダントが配られ始める。サインには魔法が施してあったようで、受け取った生徒から順に演習所のどこかにワープして行った。
やがて全員にサインが配られ、所定の位置に着くと演習場の中に魔法で拡声された声がこだまする。
『SO歴254年度卒業試験、始めっ!』
それを合図に俺はすぐさまヤーリンを探すために動き始めた。
今回の試験のルールを聞いた時から過ぎった作戦がある。それはいち早くヤーリンと合流して、サポートに徹するという事。俺自身はどうなったところで構わないが、ヤーリンには良い点数を残してもらいたい。
魔法の成績はいいし、それ以外にも知識の幅が広かったりするのだが、案外抜けているところもある。思わぬポカをやってサインを壊されることは大いに考えられる。そうなった時、すぐに誰かのサインを破壊して復活することも容易いだろうが、それでも誰かがいた方が安心感も湧く、それが人情と言うものだ。
もしもヤーリンが俺の協力を拒むなら…その時は戦ってみようかな。女の子には負けたくないとか、カッコイイところを見てもらいたいと思うのはやっぱり子供っぽいだろうか。
中身はおっさんだけど、心の年齢というのは意外にも体の年齢に引っ張られてしまう。
幸いにも俺とヤーリンの魔法の系統は同じだ。だから効率よく魔法を使うために有利を取れる場所は大よそ見当がつく。緑魔法は木々に覆われているこの演習場の中ならば、一定の魔力を得られる。だから残りの青魔法を使うために水辺近くを陣取るはず。ならば唯一流れている川を沿って行動していれば、ヤーリンと出会う確率が上がるだろう。
けれど今いる位置は川に近いとも遠いとも言えない場所だ。自衛のためにも、真っ先に森を抜けて川沿いに向かおう。
俺がそう計画立てて、足を進めた時。
後方に多数の魔力を感じ取った。その気配は全てふんだんに敵意を孕んでいた。さっと振り返る。するとそこには、最も見たくない顔があったのだった。
「よう、ヲルカ」
「…やあ、タックス。みんなも」
タックスとの悪い因縁は結局、今の今まで続いている。試験の内容を思えば、俺を目の敵にして狙ってくる事は予想できたが、如何せん早すぎる。どれだけ俺に執着してんだ、コイツ。
「気安く名前で呼ぶなと言っているだろ」
「ところでみんな、お揃いでどうしちゃったの?」
そう。問題はそこだ。
タックス、カーデン・ダム、ザルシィはいつものこととは言え、30人近くの男子生徒がタックスの後ろに控え、俺に魔法の照準を合わせている。その全員が、ヤーリンに岡惚れして、常日頃から俺に大なり小なりのちょっかいをかけてきている奴らだ。
まさかとは思うけど…手を組んでたりしてたりする?
「個々で動くよりも結託して事に望むのは当然の発想だろ。ルールでも徒党を組むことは禁止されていない」
「なるほどね。聡明で友情に厚い作戦だ。できれば、僕も仲間に入れてもらいたいんだけど」
「それは大歓迎だよ。僕らの目的はヤーリンと、それ以上に君なんだから」
そう言うとタックスは如何にも下卑た笑顔を見せつつ、腕を上げて合図をした。
「仲間の為にさっさと消えてくれよ、ヲルカ」
途端に様々な角度から、あらゆる魔法が俺を目掛けて飛んでくる。渾身の力で第一波は防いだものの、連発されたら流石に死ねる。
「ちょっと待ってよ。俺を倒したって1点入るだけだろ、割に合わないって」
「そんなことはない。お前がこのテストに精力的じゃない事は誰の目にも明らかだ。ともすればルールを度外視してヤーリンと手を組む可能性だってある。そうでなくともヤーリンをよく知るお前は予想外の方法でアイツを攻略するかもしれない。僕たちにとってはヤーリンと同じくらい脅威的だ」
図星を突かれるという事よりもタックスに考えを見透かされていたというのが、めちゃくちゃに腹立たしく、悔しく、そして悲しい。
そうして歪んだ俺の顔を見て、タックスは嗜虐的に言い放つ。
「あとは全員、個人的な恨みも少しあるかも知れないな」
「ほとんどそれが理由だろうが」
各個撃破は無理だ、数が違い過ぎる。即座にそう判断した俺はヤーリン直伝の霧の魔法を放つ。けれどもこの術は普段からこいつらのちょっかいを躱すのに使っているせいで、すぐに対処されることだろう。そこで俺は木陰に身を隠すと、今度は滅多に使わない囮の魔法を唱えて自分の分身を顕現させた。
囮を森の中へ走らせると上手い具合に引っかかり、全員がそれを追いかけていった。が、これは俺の苦手な白の魔法も絡んでいる術…今の力量では一分そこら維持するのが限界だ。対抗するにはせめて水辺付近にいないと立ち行かない。
デコイが出来るだけ時間を稼いでくれることを信じ、俺は走り出す。
こうなってくると女子生徒はともかくとして、男子生徒のほとんどが敵? いやルール上全員が敵なのだが、男子生徒に俺を討つために徒党を組む大義名分を与えてしまっている。
川に着くまでの時間が、俺にはやたらと長いものに感じられていた。
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