第5話
◇
光陰矢の如し、とはよく言ったもので俺達の中等部学校生活もまもなく卒業が見えるところにまでやってきてしまった。ヱデンキアの義務教育制度は初等部は六年、中等部が三年と現代日本のそれと酷似している。高等部や大学にあたる機関は、『ヤウェンチカ大学校』を除く各ギルドにも存在しており、一般的には中等部を出ると、自分の価値観や得意な魔法に見合ったギルドの学校に進み、そこでギルド活動にも参加しながら研鑽を積む。
なのでヱデンキアの子供たちは割かし早い段階で、将来の職業や自分の夢を見据えているのだ。
初等部の六年と中等部の三年の日々の授業の中でヱデンキアの基礎的な知識や常識を習得できたし、何よりも魔法使いになれた事実に俺は喜んでいる。妖怪以外で知識を習得することがこんなにも楽しいと感じたのは初めてかも知れない。
どうやら俺という人間は緑と青の魔法が得意らしかった。その色の特に実践的な魔術の習得は教師陣が目を見張るほどの上達っぷりだったと自負している。
が、それも俺のいた環境を考えてみれば当然だろう。
俺がここまで魔法の技術が上達したのには二つの意味でヤーリンが絡んでいる。
一つ目にヤーリンが百年に一人の天才と称される程、緑と青の魔法に対する類稀なる才能の持ち主だったことが挙げられる。幸いにもこの九年の間、ヤーリンとの仲はすこぶる好調で学校の外でも中でも常に一緒にいるような間柄だった。当然、ヤーリンの魔法を間近で見る機会が一番多く、直々に魔法を教えてくれたこともあって、俺も飛躍的に青と緑の魔法が上達していったのだ。
そして二つ目の理由にヤーリンが年を追うごとに麗しく成長していったという事がある。
端的に言うと、アレだ。
ヤーリンに岡惚れをして、常に一緒にいる俺に嫉妬心を燃やし、ちょっかいを掛けてくるタックスのような連中が爆発的に増えたのだ。
緑の魔法は生命や肉体に根強い関係性を持っている。体力を回復させたり、身体能力を向上させたりというタイプの魔法がカテゴライズされている。一方で青の魔法は風や水、精神力といった流動性が高かったり無形の物質を司る。無形という点では魔法を使うために必要な『魔力』そのものも含まれている。その為、青の魔法を突き詰めていくと相手の使ってくる魔法に対しての妨害が可能になるのだ。
現代日本であればちょっとした小競り合いになったり、物を隠されたりというようなイジメに発展するのだろうが、ここはヱデンキアだ。その上、俺に絡んでくる連中は人外がほとんどで、しかも大なり小なり魔法を使う。自己防衛の為に否が応にも魔法が上達するのは、正しく当然の事だった。
◆
登校すると、クラスは全体的に緊張に包まれていた。
それもそのはずで、今日は俺達中等部の三年生の卒業試験の当日なのである。試験といっても合否は存在しない。ただ、そこでの成績如何によって来年度、どこの高等部へ進学するかが決まるという内容なのだ。中には中等部を卒業してすぐにギルドに加入して業務に従事する奴も一定数いる。
皆、それなりに上昇志向があるため、よりよい進学を求めて準備に余念がない。なるようにしかにならないと、気ままな俺の方が少数派だった。
本音を言えばヤーリンと同じ学校に通いたい気持ちはあるのだが、如何せん魔法の実力差は無視できない壁だ。ヤーリンであれば、最難関である『ヤウェンチカ大学校』のギルドマスターが教鞭を振るう特別進学校にも余裕で合格できるだろうし、下手をしたら飛び級もあり得る。ヤーリンのお陰で俺自身も実力の底上げは叶ったが、流石にヱデンキア中から選りすぐりの天才ばかりを集めた学校に進学できる気はしないし、できたとしても学園生活を謳歌できる未来が全く見えない。
かと言ってヤーリンに俺に見合ったレベルの学校に来てもらう選択肢はない。俺も勿論だが、周りがその才能を埋没させることを許すはずもないのだ。
ま、お隣さんだから会おうと思えば毎日でもあるのだ。実際、仮に会いたくないと思ってもヤーリンから俺の顔を見にわざわざとやってきてくれる。
異性の幼馴染というのは実にいいものだ。仲が良いなら尚更ね。
「お早うヲルカ、ヤーリン」
「あ、フェリゴ。お早う」
「お早う、フェリゴ君」
俺達が教室に入ったのとほぼ同じくらいに、後ろからフェリゴという『フェアリー』が声を掛けてきた。ほとんどの男子に敵対意識を持たれている俺にとって、学校生活でできた数少ない男友達の一人だ。
掌を目いっぱい広げたくらいの大きさしかないが、その分すばしっこい。噂話に敏感な情報通なので、喋っていて退屈しない。そんな事を思っていたら例によってフェリゴの方から話題を振ってきた。
「そういや聞いたか、ヲルカ」
「何を?」
「第八地区に『ウィアード』がまた出たんだよ」
「…マジか」
フェリゴが口にした『ウィアード』とは、最近になって巷を騒がせている怪奇現象の総称だ。数年前から多様な種族と魔法が共存するヱデンキアにおいて原因不明の怪異が起こっている。いずれも所謂、都市伝説のような話ばかりだったのだが、ここ最近になって実際に被害者が出るような事態になってきている。
噂好きでそれを話したい奴と怪奇現象好きでそれを聞きたい奴。
出会ってしまえば、打ち解けるのに時間は掛からなかった。
「ああ。しかもな、この学校のすぐ近くらしい」
「どこだよ?」
「今日、卒業試験で使う演習場があるだろう? その隣のヨムンド自然公園の池に出たらしい。しかもな…」
フェリゴは小さな声を更に潜めて囁いた。
「…今回は死人が出たらしい」
「う、嘘だろ? 流石にそうなったら朝のニュースになってるはずだ」
「往来だったらそうかもしれないけど、ヨムンド自然公園は『ヤウェンチカ大学校』のギルド管轄地だ。ギルド内で必死に隠しているんだよ」
「だとしたら、何でお前が知ってるんだよ」
「そこはお前、蛇の道は蛇ってやつさ」
フェリゴは悪戯に笑った。冗談を言う奴ではあるが、こと情報や噂話について嘘をつく奴じゃない。なお半信半疑ではあるが、少なくともヨムンド自然公園に『ウィアード』が出たという事実は間違いなさそうだ。
…少し嫌な予感がする。
ヨムンド自然公園は演習場の隣にあると言うのは名ばかりで、実際は地続きだ。『ウィアード』が移動している可能性だって考えられる。これまでであれば期待の方が上回っていたであろうが、流石に死人が出ると聞いてしまうと臆病風に吹かれる。
「それとな。これはオレもまだ裏取りが取れていないんだけど…」
「何だよ?」
「その『ウィアード』は人を襲う前に、クイズを出すらしい」
「は? クイズ?」
今度こそ冗談だと思ったが、それを言うフェリゴの目つきは本気だった。そもそも裏取りが取れていないと言っている時点で、フェリゴ自身も半信半疑の内容なのだろう。
「そう。池の中からいきなり目の前に巨大な影が現れて、クイズを出すんだと。で、それに応えられなかった奴が襲われて死んだってわけ」
「…」
死人が出た、という情報だけならいざ知らず、その仔細まで具体性を帯びているとなるといよいよ尻込みしてしまう。
けれども、そんな俺にお構いなしにチャイムが鳴る。
所詮は噂の類だし、場所だって広大な敷地のすぐ近くでの事。気にしすぎる方がどうかしていると言うものだが、それでも嫌な予感を払拭できない。
チラリとヤーリンの方を見る。その屈託のない笑顔だけがこの教室で唯一の癒しだった。
◇
いつも通り、朝のホームルームが終わるとクラス一同は学校が管轄している演習場へと移動し始める。演習場と言っても校庭のように整地された土地ではなく、一つの山になっている。森があり、草木が茂って川も流れているが、これも人工の山らしい。それでも各色の魔力が発生しているので、どの色の魔法でも使い易くなっている。まさに魔法学校の卒業試験にはうってつけの場所なのだ。
「『ウィアード』の事も気になるけど、テストの情報は何か掴んでないのか?」
小声でフェリゴに尋ねてみた。俺自身はどうとでもなって構わなかったが、ヤーリンやフェリゴみたいな目標とするギルドのある奴には、やっぱり夢を叶えてもらいたい。しかし、残念ながらフェリゴは首を横に振った。
「それが…そっちはさっぱりだ」
フェリゴが掴んでいないということは余程厳重に管理されていたのだろう。俺はそのくらいにはフェリゴの情報収集能力を信用していた。そのフェリゴが去年の様子すら調べることができなかったというのだから、カンニング防止には余念がない。
「ただ、テストの内容が分からないだけで、システム自体は予想できてる」
「? どういう事?」
フェリゴの思わせぶりな意見に俺ではなく、隣にくっ付いていたヤーリンが聞き返したてきた。
「要するにこれは査定なんだよ。十個のギルドのな」
「査定?」
「ああ。それぞれの進路として希望している各ギルドに相応しい魔法や技能が備わっているかを、密かに見定められているって寸法だ」
「…いや、それはないんじゃないか。中等部とは言え、これは『ヤウェンチカ大学校』の試験だぞ? 他のギルドが査定に入るなんて」
「そうだよ。ギルド同士ってあんまり仲良くないみたいだし」
ヤーリンの言う通り、ヱデンキアに存在する十のギルドはお互いの事を疎ましく思っているはず。それぞれが違う理念や方向性を持っているので市中でギルド同士の争いが起きるなんて事は、三度の食事よりも当たり前の光景だ。
ギルド間の衝突は有史以来、ただ一回の特例を除いて和平的になったことがないと、歴史の授業で習った。その特例だって600年は昔の事で、およそ70年程度しか続かなかったとも言っていた。流石に教科書に載っている様な大規模な戦争が起こることはないだろうが、それでもギルド同士の問題はかなりデリケートだというのはヱデンキアの常識だ。
ヱデンキア人の凡そ8割は、どこかしらのギルドに加入して一生を過ごす事を考えればギルド間の争いはヱデンキア人にとって切っても切り離せない問題と言える。一方で2割はギルドに所属することなく生活をする。ギルドから除名されたり、ギルド抗争を嫌って所属を拒んだり、単純に変わり者や世捨て人だったりと色々な事情はあるが、そう言ったヱデンキア人は十のギルドに属さない11番目の勢力という事で「イレブン」と呼ばれている。
「ま、ただの予想さ。けど少なくとも他の2つのギルドの関係者は、今日この学校の中で見た」
仮にフェリゴの言う通りだったとしても、この二人は問題ないだろう。ヤーリンの実力は言わずもがな、フェリゴにしたって青と黒の魔法の成績は上位にいるのだから。
「そう言えばヤーリンはともかくとして、フェリゴはどこのギルドに行きたいとか考えてるのか?」
「勿論。オレはずっと『ハバッカス社』しか眼中にない」
「皆、将来の事考えてるんだなぁ」
「まあ特に拘らずにイレブンになるってのもありなんじゃないか? お前は変わり者だし」
「私はヲルカも『ヤウェンチカ大学校』に残ればいいと思うけどなぁ」
まあ、このまま何事もなければ普通に受験して高等部に進学することにはなるだろう。将来の事はその時にでもじっくり考えればいい。それこそ、ヤーリンの言う通り『ヤウェンチカ大学校』に正式にギルド登録する選択肢も十二分にあり得る。ヤーリンと一緒にいる時間は確保しやすそうだし、両親もきっと喜んでくれるだろうから。
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