第3話

 俺がヲルカという名を貰って五年の月日が流れた。


 ヱデンキアにも個人の誕生日を祝うという習慣はあるようで、今日は俺の誕生日を盛大に祝ってくれることになっていた。


 ◇


 ヲルカとして生を受けたこの家は、裕福という訳ではないが決して貧乏とも言えない中間を絵に描いたような家であった。両親と俺とペットの猫が一匹、仲睦まじく暮らしている。少なくとも俺は今まで衣食住に関して困ったり不満を覚えるようなことは皆無だ。


 父は教育機関の関係者である。


 ヱデンキアにも大学にあたる学校があり、そこで教鞭をとり魔法を教えているらしい。聞いた話によると母も同じく教師をしていたそうだが、結婚を機に引退し専業主婦になったそうだ。


 知的文明レベルが高い世界だったので大学があることは大して驚きはしなかったが、教育システムや他の事柄までもが現代日本と似通っていることに対しては少々驚いた。


 小中高校にあたる機関へは日本と同じく6歳から18歳まで通うことになっている。幼少期の知性の発達具合はどの種族でも似たり寄ったりらしい。他にも四季があったり、日本のように多神教的に神様を信仰しているところなどは親近感を覚える。というか、慣れる必要がなく助かったことの一つだ。


 とうとう俺も来年からは小学校に通うのか。


 と、自分で自分の事がしみじみと感じてしまう。別人とはいえ中身は同じなのだから致し方ない事だろう。


 ついでに言っておくと。


 ヱデンキアでは『魔法』がごくごく当たり前に存在している。今の俺の拙い情報収集力で嗅ぎまわった結果、それは大きく五種類に分けて区別されている。


 白魔法、青魔法、黒魔法、赤魔法、緑魔法。


 この五つだ。


 ヱデンキアの住人のほとんどがこの魔法を生活に組み込んで暮らしている。


 これは、アレだな。俺達日本人が学校で習う国数英理社の基本五科目と言って差し支えない分類だ。文系が得意な奴がいれば、理数系が得意な奴もいる。全部で満点を取る宇宙人みたいな奴もいれば、反対に全教科が苦手というのび太君な奴もいて然りだ。


 色によって作用が違うらしいのだが、まだこっちの字を上手く読めない俺では分からない事が多すぎた。とは言っても来年からは小学生になるのだから、おいおい嫌でも理解していくことになるだろう。聞くところによると、我が父は青魔法と緑魔法の教授らしいし、そもそも大学教授になるくらいの人なのだから勉強を教えてもらうのに困ることはそうそうないだろう。お母さんだって元は先生だしね。


 ◇


 そんな事を自室の机に向かいながら考えていると、母から食卓にくるように呼ばれた。


 妖怪の知識を風化させないために、ノートに今まで培った妖怪の情報を書き記すのがいつの間にかの趣味というか日課になってしまっている。もしも俺が忘れてしまったら、この世界で情報の再取得は不可能なのだ。


 日本語で書いてあるので、ヱデンキア人には解読は不可能だろう。尤も見られて困るような事は一切書いていないが。


 いざダイニングに行ってみると、テーブルの上には見た事もないようなご馳走が並んでいる。そして両親と一緒に俺の誕生日を祝うために、普段から懇意にしているお隣さんご家族もいつの間にかやってきていた。


 俺が部屋に入ると、真っ先に近づいてくる影がった。


「お誕生日おめでとう、ヲルカ」


 眩しいくらいの笑顔で可愛らしく梱包したプレゼントを渡してくる同い年の女の子。


 この子は幼馴染で名前をヤーリンという。#緑青__ろくしょう__#のセミロングが揺らめき、笑む口からチャームポイントの八重歯が顔を覗かせていた。


「あ、ありがとう。ヤーリン」


 お礼を告げると、ヤーリンは「へへへ」と更に初々しく笑った。この純粋さを目の当たりにすると、中身がおっさんなのが、非常に申し訳ない。


 そんな様子をお互いの親は、実に微笑ましく見ていた。どっちかというと、俺もそちら側に立ちたい。だが、女の子に気を掛けてもらえるというのはやはり嬉しいものだ。俺は今ならコナン君とは腹を割った話ができると思う。


「さ、ヤーリン。ヲルカ君を離してあげなさい。ぐるぐる巻きにされてたんじゃ、ご飯が食べられないよ」

「はーい」


 と、ヤーリンは俺に巻き付けていた自分の体をほどくと席に着いた。


 そうなのだ。


 ヤーリンは『ラミア』という半人半蛇の種族であり、下半身は紛うことなく蛇のそれだ。RPGだと敵として出てくることが多いのだが、ヱデンキアでは一介のご近所さんに過ぎない。


 食事の時にはほぼ必ずと言って差し支えない程、俺の椅子に座って寝ている猫のテイサをどけると「ニャー」と声を出した。恨み節だろうか、きっと「誕生日おめでとう」と祝ってくれているのだろうと勝手に解釈し、頭を撫でた。


 オレ達は普通に椅子に座ったが、ヤーリン達ご一家は器用にとぐろを巻いて、その上に上半身を座らせるようにしている。流石は蛇の特徴を持つラミア族といったところか。テーブルが高いので、ヤーリンだけは一つ台を噛ませてはいるが。


 始めのうちは素直に誕生日を祝われ、料理の味を聞かれたりといった会話が流れたが、次第に俺とヤーリンの学校入学の話題へと変わっていった。


「いよいよ二人も小学校か、早いねえ」

「全くだな」


 いや、マジでそう思う。新しい世界での生活という事もあってか、体感時間があり得ない程早い。とは言ってもその話題には入れないので、今はヤーリンと共に無邪気にご馳走を楽しむかない。


「ヲルカとおんなじクラスになれるといいな」

「だな」


 生まれ変わっても少々人見知りな性分は変わっていないので、新しいコミュニティに単身放り込まれるのは、できれば避けたい。中身は大人でもこればっかりはあまり気が進まない。


 ヤーリンの言葉に、その父親のユアンさんが返事をした。


「大丈夫だよ、ヤーリン。ヲルカ君ときっと同じクラスになれるから」

「本当!?」


 そんなこと断言してしまって大丈夫なのだろうか?


 と思ったが、大丈夫なのだろう。ユアンさんは父と同じく学校関係者で、顔も利くらしいし、何よりとてつもない親バカだ。娘のクラス編成くらいなら裏で手を回せるのだろう。


「ユアン…あまり子供の事に干渉し過ぎるなよ。教育とはそういうものじゃない」


 と、父が呆れたように言う。


「ヲーナッツ。ヲルカ君がもしも女の子だったなら、僕らはもっと分かり合える友人になっていたと思うよ」


 ユアンさんは清々しい程に何かを悟ったような顔をして言った。


「特に最近は物騒な…というか何とも奇妙な事件の話を聞くしね。騎士はお姫様の傍にいてほしいじゃないか」


 俺は奇妙な事件と言う単語に反応したのだが、ヤーリンは騎士と姫という言葉に反応していた。


「私がお姫様?」

「そうだよ、ヤーリン。ヤーリンは可愛い可愛いお姫様なんだよ」


 ユアンさんは、これ以上蕩けようがない程に蕩けた顔をしながらそう言った。

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