第6話 果てしない、途方にくれる日々
ワタシは咀嚼していた。
ソノコトバヲ。アノコトバヲ。
とめどなく、ただひたすらに、赴くままに、果てしなく、その日のワタシは留まるコトを知らなかった。見境がなかった。ああ、なんてことだろう。なんてところまできたのだろうか。
残念。無念。切ない。苦しい。悔しい。悲しい。辛い。狂おしい。甚だしい。掻きむしりたくなるような喉の渇き。
「なんでなのか。どこまでなのか。いつまでなのか。いつからなのか。」
いったい、これは、何なのか。果たして誰にわかるものなのか。
この一面に広がった、広くて狭い空間に。夥しい匂いが立ち込めた部屋の片隅に。
カノジョはただ怯えているだけだった。
それは、それは、酷く怯えていて、
リーゼ、コントミン、リスペリドン、トレドミン、ミオナール、ロラメット、レキソタン、炭酸リチウム、レキサルティ、デエビゴ、トランキライザー。辺り一面に広がった食べた後の散らかった様子を見ると、相当のことが伺え知れた。
「あのね。」
「あのね。」
ワタシはひと文字ずつ丁寧に言葉を置いていった。
飲み込んだはずのモノたちと、飲み込みたくなかったはずのモノたちの、そういうやりとりを、一つずつ丁寧に進めていくことにした。
大量に飲みこまれた薬たち、一体どれだけ飲んでしまったのか。
一通りのやりとりが済んで、カノジョは階段を降りて下の部屋で小さくうずくまり、勿論、いつもの毛布にくるまって、あたたかいハーブティーを待っているところだった。
意識は朦朧としているようだった。
救急車が1台来ていたが、カノジョの意識がかろうじて戻り、判断をしている最中だった。
だが、飲み込なくていいはずのモノたちを大量に飲み込んでいたワタシもカノジョの横でぐったりとしていて、結局2人とも運ばれることになった。
慌ただしい朝の、慌ただしい日常が、繰り返される日々がこれでは、ワタシもカノジョもちょっと疲れてしまう。
「今日は、海に行こう。」
休日、久々にレンタカーを借りてドライブに出かけることにした。
フィガロへの夢は、まだまだ遠く、果てしないように思えた。
朝のワタシは夥しいが、昼間のワタシは穏やかで、大人しくて、静かで、緩やかで、柔らかで、素っ気なくて、はにかんでいて、にこやかで、柔和で、たおやかで、しなやかで、所在無げだった。
どこか、不安を抱えたココロの隙間にスーッと風が入ってきては、通り抜けていく。
寒いっ。っと感じるちょっと前のあの感覚にどこか似ていた。
また、雨が降っていた。
「ドライブにはちょうど良いんじゃない。」
カノジョはそう言って、満足気だった。
オープンカーは閉めたままだし、その天井のホロから手のひらに伝わる雨の感覚は優しくて、冷んやりしていて、シトシトしていて、独特のリズムでワタシの鼓動を穏やかに刺激した。程よい硬さのホロから、適度な冷たさの雨の雫。じんわり広がる音と感覚。
一定の規則的、不規則的な、雨のリズムに踊り出しそうになりながら、じっとココロを沈めていた。
また、いつ、あの高波が襲ってくるのかと思うと、恐ろしくて、運転中も集中できなくなりそうで、ワタシは雨に身を委ねた。
帰り道、またしても大きな大きな過ちを、重大な出来事を起こす前の出来事を起こしてしまった。
大量に買い物をできるショッピングセンターがあると知っていて、カノジョは今日の目的地を選んでいたのだった。そんなことは夢にも思っていない。でも現実ではしっかりとわかっていたワタシは、やっぱりね。と笑みを浮かべた。
2人はまたしても始めてしまうつもりなのか。カレが後ろで何やら呟いていた。カノジョとワタシは、カレが一緒だったことをすっかり忘れていた。
「だって、いいじゃない。私たち、別に悪いことしていないんだから。」
カレがカノジョを止める前にワタシがカレを止めていた。
結局、大量の飲み込みたくないと予測されるモノたち、つまり大量の食糧を買い込んで帰路についた。
家に着くといつの間にか、カレは夕食の準備をすると言って、キッチンにへばりついていた。
「やれやれ。」
いつものことだが、沢山の美味しいお料理を作ってくれるのは、カレ。
一口もいただかずに、ワイン片手にナッツだけ。
ナッツ以外からも栄養を補給した方が良いと思うけれど、カレがそれで良いのなら、
「まぁ、それはそれでよしとしましょう。」
今のところワタシとカノジョに特に有害なコトは1つもないので。いい香りがしてきているキッチンの横で、いつの間にか、カノジョは、くるまっていた。勿論、いつものように裸のまま、いつもの毛布に、大量の飲み込みたくなかったはずのモノたち、食糧を両脇に抱えて。
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