第40話 その夜、二発の銃声が響いた

 次郎は上目遣いに麗華を見やり、視線を逸らして言った。

「でも、あんたがやっぱり一番だった」

呻きとも叫びともつかぬ声を上げて麗華が言った。

「それじゃ、あの時、お風呂場の窓下にやって来た時には、その団栗橋からの帰りだったのね」

次郎は頷いた、が、次の瞬間、銃を構え直した麗華の気配に、初めて恐怖の色を貌に浮かべた。

「な、なにをするんだ!」

彼女はゆっくり右へ動きながら言った。

「私は真実に撃つわよ。あなたはわたしを騙したんだから」

「騙してなんかいないよ」

「いえ、騙したわ!」

麗華は笑った。

「騙されたのは私で、騙したのも私かも知れないが、でも・・・」

「止せ、止してくれ!」

次郎が叫んだ。

「だけど、私はあなたを許すことが出来ない!」

「た、たのむ!」

「許すんじゃない。みんな嘘なのよね」

降る雨が庭木を濡らす音が聞こえ、玄関の外で柴犬が唸った。

「そうだ、嘘なんだ。俺はやっぱりあんたが好きだったんだ。真実はあんたのことが一番好きなんだ」

次郎は硬い笑いを無理に浮かべて、手で制しながら左の隅へ立って行った。麗華がゆっくりと近づいて行った。

「そうよ、あなたは私が好きだったのよ。いえ、結局、私しか居なかったのよ。でも、もう良いわ。結局はこうなるんだわ」

引き攣りに似た影が次郎の口元を過ぎり、彼はじりじりと退りながら後ろ手に探り当てた小物を麗華に投げつけた。それは一瞬たじろいだ麗華の眉間に当り、瞬間、彼は彼女の手許に飛び込んだ。猟銃はテーブルと椅子の間に叩き落され、二人は暫く組み合ったままその上を転げ回った。組んず解れて二人の間に隙間が出来、二人は同時にまた猟銃に跳び付いた。次郎が筒先を握り麗華が台の辺りを掴んだ。銃を奪い合って争う内、麗華の指が引き金に触れ、筒先を握った次郎が力いっぱいそれを胸元に引っ手繰って、次の瞬間、銃は暴発した。散弾に胸を撃たれ肩と顎を吹き飛ばされた次郎は床に倒れて転がった。

「そうか、畜生・・・」

眼を剥いて麗華を睨み付けた彼はそれだけ言って絶息した。

膝を着いて見下ろしていた彼女は徐に立ち上がって言った。

「そうよ、そういうことよ」

壁に凭れて肩で息をしながら、彼女はもう一度呟いた。

「そうよ、そうだったのよ」

その夜、近在の人々は、大きな広い屋敷から、間隔を置いて、二発の銃声がするのを聞いた。

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