第4話 炸裂! ニートのスキル

 ある日の夕方。

 ヒッキーは椅子に座って銀貨を手で転がしながらひまをつぶしていた。

 ふとドアがノックされる。


 コンコン!


「はいはい、今開けるよ」


 ドアを開けると、クラリスが立っていた。

 上品な笑顔を浮かべ、手には包みを抱えている。


「こんにちは、ヒッキーくん。今日も荷物を預かってくれてありがとう。お礼を持ってきたの」

「ああ、どうも。いつも悪いね」


 ヒッキーは礼を言いながら包みを受け取った。

 中をのぞくと、焼きたてのパンのこうばしいにおいがただよってきた。


「こんなに立派なパン、いいのかい?」


 クラリスは軽く微笑ほほえむ。


「もちろん。それより、少しお話ししてもいい?」


 ヒッキーは一瞬戸惑とまどった表情を見せ、部屋の中を見回した。

 散乱した空き缶や、積み上がった本、あちこちに放置されたゴミ袋が目に入る。


「えっと、部屋がちょっと……散らかってるんだけど」


 クラリスは軽く首を振りながら言った。


「私の座る場所さえあれば十分よ」


 その言葉にヒッキーは思わず笑ってしまった。


「そんなに簡単でいいのか。まあ、好きな場所に座ってよ」


 クラリスは慎重に足元を避けながら、椅子を引いて腰掛けた。

 優雅な動作に、ヒッキーは少しだけ緊張を感じる。


「ヒッキーくん、この部屋、居心地がいいわね」

「……こんな散らかった場所が?」

「ええ。なんだか、ヒッキーくんの人柄がそのまま表れているみたいで、落ち着くのよ」


 ヒッキーは少し頬を赤らめながらパンを一口かじった。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、もう少し片付けた方がいいかもな……」


 二人はしばらく他愛ない話をしながら、部屋の中で穏やかな時間を過ごした。

 その空間には、ヒッキーがこれまで感じたことのない安心感が漂っていた。


「よかったら、少し外を散歩しない?」


 ヒッキーはクラリスに連れられて近くの川沿いを歩いた。

 クラリスが焼きたてのパンを差し出し、二人は並んで座りながら穏やかな時間を過ごす。


「ヒッキーくん、少しはこの村に慣れたかしら?」


 クラリスが問いかけると、ヒッキーはパンをかじりながら肩をすくめた。


「うーん、どうかな。少なくとも荷物預かりの仕事にはそこそこ馴染なじんできたけどな」


 クラリスは笑顔で空を見上げた。


「村のみんな、あなたに感謝してるわよ。だから頼み事をしてくるんだと思う」

「感謝、ねえ……。俺にはただ便利だから使われてるだけな気がするけどな」


 ヒッキーは苦笑しながら立ち上がり、周囲の草を払った。


「さあ、戻ろうか」


 二人は夕日を背にヒッキーの部屋へと足を向けた。



 帰り着いたヒッキーは、自分の部屋を見上げて驚いた。

 入口の上に、小さな木の看板がかかっている。

 手作てづくかんいっぱいのその看板には、大きな文字でこう書かれていた。


『ヒッキー荷物預かり所』


「これ……なんだ?」


 ヒッキーは看板を指さして立ち尽くす。


 クラリスは笑みを浮かべながら言った。


「さっき見かけた村の子供たちが持っていた木材、これを作るためだったのね。きっと村の誰かが感謝の気持ちを込めて作ってくれたんだわ」


 ヒッキーは額に手を当て、半ばあきれたように言った。


「いやいや、勝手にこんなもん作って……。俺に断りくらい入れろよ」

「嬉しくないの?」


 クラリスの問いかけに、ヒッキーはしばらく言葉を探す。

 そして、口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「まあ……悪い気はしない、かな」


 ヒッキーはしばらくの間、看板を見上げたまま立っていた。


「俺の荷物預かりがちゃんと認められてるってことか」


 つぶやく声は、どこか誇らしげだった。

 クラリスはそんなヒッキーを横目で見ながら、微笑んで部屋に入った。


「じゃあ、少し部屋を片付ける?」

「……そうだな」



 片付けが一段落し、クラリスが帰ろうと腰を上げたその時、外からあわただしい声が聞こえてきた。


「大変だ! 井戸に子供が落ちた!」


 叫び声に、ヒッキーとクラリスは驚いて顔を見合わせる。


 2人が外に出ると、近くの広場に人だかりができている。

 村の古い井戸の中に少年が落ちてしまい、木製のふたがその上に重くおおいかぶさっていたのだ。

 村人たちは必死に蓋を外そうとするが、湿気しっけ膨張ぼうちょうした木材はびくともしない。


「中に子供がいるんだ。このままじゃ酸欠になる!」


 誰かがあせった声を上げるが、解決策は見つからない。


 クラリスはヒッキーの腕をつかんだ。


「ヒッキーくん、何とかならないかしら?」


 ヒッキーは一瞬戸惑い、井戸の方を見つめた。

 人々が力を合わせても外れない木の蓋。

 それを見て、彼は何かを思い出したように目を見開いた。


「もしかして、俺が何とかできるかもしれない」


 彼はゆっくりと井戸のそばに歩み寄ると、村人たちに言った。


「全員、少し下がってくれ。蓋を破るから」

「破るって…そんなことできるのか?」


 誰かがつぶやいたが、ヒッキーは気にせず井戸の上に立った。


 ヒッキーは木の蓋をじっと見下ろし、深呼吸をした。

 そして、かつて母親を呼びつけるために使っていた「床ドン」の記憶がよみがえる。


「よし、やるぞ」


 両足をしっかりと構え、井戸の蓋を目がけて全力でジャンプする。

 そして……


 ドンッ!


 重い音とともに木の蓋がくだけた。

 湿った木片が飛び散り、井戸の中に新鮮な空気が流れ込む。


「やった!」


 村人たちの間から歓声が上がる。



 井戸の中にいた少年は、すぐに村人たちによって引き上げられた。

 少年は泥だらけでおびえていたが、大きな怪我はなかった。

 クラリスは少年を抱きしめ、涙ぐみながら言った。


「良かった、本当に良かった……」


 その場にいた村人たちは、ヒッキーを興奮気味に取り囲んだ。


「すごい力だな!」

「よほどの修練を積んでるに違いない」

「ただ者じゃないぞ、ヒッキーは!」


 ヒッキーは少しれくさそうに頭をいた。


「いや、別に修練とかじゃなくて……慣れ、みたいなもんかな」


 それを聞いたクラリスは微笑み、彼を見つめた。


「ヒッキーくん、やっぱりあなたはすごいわ」


 村人たちの尊敬の眼差まなざしがヒッキーに注がれる中、彼は初めて心の底から自分の力が役に立ったことを実感した。


 その夜、村人たちは井戸の蓋を修理し、少年の家族から感謝が伝えられた。



 そして翌日、「ヒッキー預かり所」の看板の横に、いつの間にか新たに書き足された言葉があった。


「床ドン、緊急対応可能」


 ヒッキーはその文字を見て苦笑しながらも、少しだけ誇らしい気持ちになったのだった。


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