第3話 荷物回収人

 ある日、クローネに連れられて長老のエルドルフがやってきた。


「おおーっ、君がうわさのヒッキーくんか」

「俺、村で噂になっているんですか?」

「皆が感謝しとるよ、君に荷物を預かってもらえて」

「いや、ただ部屋に居るだけなんですけどね」

「それがいいんじゃよ。誰にでもできることではない」

「いや、誰でも出来ますよ。ゴロゴロしているだけなんだから」

「これまでにも君の世界からこちらに飛ばされてきた者が何人もいたけどな。皆、すぐに文句を言い出すんじゃよ」


 村人はいい人たちばかりだし、何をそんなに文句を言うことがあるのだろうか?


「ネットがないとか、テレビがうつらないとか。色々言われてな」

「なんだ、そんな事ですか。そういや俺も長いことスマホを見ていなかったですね」

「中にはパチンコ店がないとかいって怒っている奴もいたくらいだ」


 異世界に飛ばされてまでパチンコをやるかね?


「こんな退屈な村はぴらだと言って、ある者はパチンコ店を探しに、ある者はWiFiワイファイを求めて村を出ていきおったわい」

「いやいや、パチンコ店なんかがこの村にあったらきょうざめじゃないですか」

「そうじゃろ。だからパチンコもネットもなくてゴロゴロしていられるというのは奇跡の人じゃ」

「いやいやいや、プロのニートをめてもらったら困りますよ。これまで7年間もゴロゴロしてきたんですから」


 エルドルフはしきりに感心していた。

 ヒッキーはふと思いついてエルドルフに尋ねてみる。


「ちょっとテレビの事で相談したいんですけどね」

「何じゃ?」

「使えないんだから処分したいと思っていまして」


 そうするとクローネが言った。


「そりゃあ回収人のリュクスに頼んだらいいですよ。そこに置いてあるテレビだったら小銀貨しょうぎんか1枚で引き取ってくれます」

「どうやって連絡したらいいの」

「彼の営業所は私の隣だから今日にでも伝えておきましょう」

「頼む」



 というわけで、翌朝、クローネさんと一緒にリュクスがやってきた。

 一見してヒッキーと同年代に見える。


「やあ、ここかい? ニートがゴロゴロしている部屋ってのは」


 ちょっとイラッとさせられる物の言い方だ。


「いやリュクス。ヒッキーさんは皆の荷物を預かってくれているんだから、悪口を言うもんじゃないよ」

きこもりのヒッキー、外に出て働く気はないわけ?」


 リュクスはクローネの忠告に耳を貸さない。


 ヒッキーは思わずテレビを持ってリュクスに投げつけた。

 ひょいとテレビを受け取ったリュクスは「おいおい、そんなに怒るなよ。事実を言っているだけじゃないか」とあおる。


「それとも『働け』と言われたらキレるスイッチでもついているのかな?」


 そう言われて、今度は無意識のうちに目覚まし時計を投げつけてしまった。


「これも回収かい? 確かにニートには無用むよう長物ちょうぶつだな」

「何だと!」

「荷物が2つで小銀貨2枚。毎度ありがとうごぜいやーす」


 長老のエルドルフさんにはゴロゴロしている事をめられたが、リュクスには散々な言われようだ。

 でも、考えてみればリュクスの言うことにも一理ある。


 他の村人が忙しく働いているのに俺はゴロゴロしているだけだ。

 そして、「働け」と言われた途端とたんにヘンなスイッチが入ってしまう。

 リュクスはたくみに俺の弱点を突いてくるが、悪気わるぎはなさそうだ。

 普通なら思っていても言わないような事が、つい口から出てしまうのだろう。


 クローネによれば、長老のエルドルフさんに対しても「思慮深しりょぶかそうな事を言ってるけど、結構けっこうはずしてるじゃん」とか言って周囲から大顰蹙だいひんしゅくをかったことがあるのだとか。


 でも、笑っちまう話だ。


 確かにエルドルフさんは有難ありがたそうに見えるけど、ズレた発言も多い。


 むしろリュクスってのは現実を写す鏡みたいな存在かもしれない。

 見たくない自分自身を見せつけられるわけだ。


 そう考えるとむしろリュクスにアドバイスを求める方が得策なのか?


「なあリュクス。オレ、いつも引きこもってばかりで、村人たちに変人へんじんと思われているんじゃないかな」

「ほおー、ニートでも世間体を気にするのか?」

「村の一員として、ちょっとは好印象を持ってもらいたいだろ、そりゃ。何か改善すべき点があったら教えてくれないかな」

「返事だな、最初に改善すべきことは」

「返事?」

「他の人に何か言われたときに『ああ』とか『おお』とか……何あれ?」

「そうかな」

「『こんにちは』とか『はい!』とか、気持ちのいい返事はできないわけ?」

「オレ、そういうのが苦手だから」


 これまで、気持ちのいい返事とかさわやかな対応とか、そういうものとは最も縁遠えんどおい世界で生きて来た。


「そりゃあ考え方が間違っているぞ」

「えっ?」

「まず返事の大切さを理解していないんじゃないか」

「そ、そうかな」

「2つめに……気持ちいい返事なんてものは単なるスキルだ」

「いや、でもオレ苦手なんだよ」

「努力しようとしない奴に限ってそういう事を言いがちだけど」


 痛いところを突かれてしまった。


「そんな奴と猿公えてこうとの間に何の違いがあるわけ?」

「ぐぬぬ」

猿公えてこうはバナナでも食っとけ!」



 なぜか翌日、一房ひとふさのバナナが届いた。


「ヒッキーさんは、よっぽどバナナが好きなんですか?」


 そう言ってクローネは笑った。


 明らかにリュクスのがねだ。


「何だってバナナなんだよ。オレはさるかよ!」


 するといつの間にかそばに来ていたリュクスが平然と答える。


「怒る方向が違うだろ。ちゃんとした返事のできない自分に怒れ」

「うぐっ」

「爽やかな返事なんか、部屋で1人ででも練習できるじゃないか」


 リュクスはヒッキーを見下ろしながら、軽く肩をすくめる。


何故なぜやらん?」


 その一言に、ヒッキーは思わず目をせた。


「これまで通りのわけ人生を続けるのか?」


 リュクスの言葉は冷たいやいばのように、ヒッキーの胸を突き刺した。


 何ひとつ言い返せなかった。


「いいか。毎日1本、バナナを食べては練習しろ。全部食べ終わる頃にはちょっとはマシな人間ができているはずだ」



 というわけで部屋で挨拶の練習を始めたヒッキー。

 確かにやってみると効果抜群だ。


 明るい返事を心掛こころがけていると、相手だけでなく自分まで気持ち良くなる。

 むしろさわやか対応しか出来なくなってしまった。



「『これをやらない奴は馬鹿だな』とか思ったりしていないか?」


 バナナの皮の回収にやってきたリュクスにそう言ってからかわれた。


「ありがとうリュクス。おかげで少しだけ成長した気になったよ」


 リュクスはちょっと驚いた表情になる。


「案外、素直すなおに礼を言えるんだな。オレの予想をえちまったぞ。あんた素質そしつあるかもよ」


 められるとうれしいのは一般人もニートも同じだ。

 ヒッキーは少し気持ちが軽くなった気がした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る