第3話 荷物回収人
ある日、クローネに連れられて長老のエルドルフがやってきた。
「おおーっ、君が
「俺、村で噂になっているんですか?」
「皆が感謝しとるよ、君に荷物を預かってもらえて」
「いや、ただ部屋に居るだけなんですけどね」
「それがいいんじゃよ。誰にでもできることではない」
「いや、誰でも出来ますよ。ゴロゴロしているだけなんだから」
「これまでにも君の世界からこちらに飛ばされてきた者が何人もいたけどな。皆、すぐに文句を言い出すんじゃよ」
村人はいい人たちばかりだし、何をそんなに文句を言うことがあるのだろうか?
「ネットがないとか、テレビが
「なんだ、そんな事ですか。そういや俺も長いことスマホを見ていなかったですね」
「中にはパチンコ店がないとかいって怒っている奴もいたくらいだ」
異世界に飛ばされてまでパチンコをやるかね?
「こんな退屈な村は
「いやいや、パチンコ店なんかがこの村にあったら
「そうじゃろ。だからパチンコもネットもなくてゴロゴロしていられるというのは奇跡の人じゃ」
「いやいやいや、プロのニートを
エルドルフは
ヒッキーはふと思いついてエルドルフに尋ねてみる。
「ちょっとテレビの事で相談したいんですけどね」
「何じゃ?」
「使えないんだから処分したいと思っていまして」
そうするとクローネが言った。
「そりゃあ回収人のリュクスに頼んだらいいですよ。そこに置いてあるテレビだったら
「どうやって連絡したらいいの」
「彼の営業所は私の隣だから今日にでも伝えておきましょう」
「頼む」
というわけで、翌朝、クローネさんと一緒にリュクスがやってきた。
一見してヒッキーと同年代に見える。
「やあ、ここかい? ニートがゴロゴロしている部屋ってのは」
ちょっとイラッとさせられる物の言い方だ。
「いやリュクス。ヒッキーさんは皆の荷物を預かってくれているんだから、悪口を言うもんじゃないよ」
「
リュクスはクローネの忠告に耳を貸さない。
ヒッキーは思わずテレビを持ってリュクスに投げつけた。
ひょいとテレビを受け取ったリュクスは「おいおい、そんなに怒るなよ。事実を言っているだけじゃないか」と
「それとも『働け』と言われたらキレるスイッチでもついているのかな?」
そう言われて、今度は無意識のうちに目覚まし時計を投げつけてしまった。
「これも回収かい? 確かにニートには
「何だと!」
「荷物が2つで小銀貨2枚。毎度ありがとうごぜいやーす」
長老のエルドルフさんにはゴロゴロしている事を
でも、考えてみればリュクスの言うことにも一理ある。
他の村人が忙しく働いているのに俺はゴロゴロしているだけだ。
そして、「働け」と言われた
リュクスは
普通なら思っていても言わないような事が、つい口から出てしまうのだろう。
クローネによれば、長老のエルドルフさんに対しても「
でも、笑っちまう話だ。
確かにエルドルフさんは
むしろリュクスってのは現実を写す鏡みたいな存在かもしれない。
見たくない自分自身を見せつけられるわけだ。
そう考えるとむしろリュクスにアドバイスを求める方が得策なのか?
「なあリュクス。オレ、いつも引きこもってばかりで、村人たちに
「ほおー、ニートでも世間体を気にするのか?」
「村の一員として、ちょっとは好印象を持ってもらいたいだろ、そりゃ。何か改善すべき点があったら教えてくれないかな」
「返事だな、最初に改善すべきことは」
「返事?」
「他の人に何か言われたときに『ああ』とか『おお』とか……何あれ?」
「そうかな」
「『こんにちは』とか『はい!』とか、気持ちのいい返事はできないわけ?」
「オレ、そういうのが苦手だから」
これまで、気持ちのいい返事とか
「そりゃあ考え方が間違っているぞ」
「えっ?」
「まず返事の大切さを理解していないんじゃないか」
「そ、そうかな」
「2つめに……気持ちいい返事なんてものは単なるスキルだ」
「いや、でもオレ苦手なんだよ」
「努力しようとしない奴に限ってそういう事を言いがちだけど」
痛いところを突かれてしまった。
「そんな奴と
「ぐぬぬ」
「
なぜか翌日、
「ヒッキーさんは、よっぽどバナナが好きなんですか?」
そう言ってクローネは笑った。
明らかにリュクスの
「何だってバナナなんだよ。オレは
するといつの間にか
「怒る方向が違うだろ。ちゃんとした返事のできない自分に怒れ」
「うぐっ」
「爽やかな返事なんか、部屋で1人ででも練習できるじゃないか」
リュクスはヒッキーを見下ろしながら、軽く肩をすくめる。
「
その一言に、ヒッキーは思わず目を
「これまで通りの
リュクスの言葉は冷たい
何ひとつ言い返せなかった。
「いいか。毎日1本、バナナを食べては練習しろ。全部食べ終わる頃にはちょっとはマシな人間ができているはずだ」
というわけで部屋で挨拶の練習を始めたヒッキー。
確かにやってみると効果抜群だ。
明るい返事を
むしろ
「『これをやらない奴は馬鹿だな』とか思ったりしていないか?」
バナナの皮の回収にやってきたリュクスにそう言ってからかわれた。
「ありがとうリュクス。お
リュクスはちょっと驚いた表情になる。
「案外、
ヒッキーは少し気持ちが軽くなった気がした。
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