第4話 蒸気機関がほしいです

 イソルデ二世号は、両舷に添え付けられた水車を回し、海上を走り始めた。マストは備えてあるが、帆は張っていない(帆があるのは補助と緊急時のためだ)。しかも風向きとは反対に進んでいる事を、向かい風が教えてくれる。


「いかがですか? イソルデ二世号の乗り心地は?」


 タルーンは営業スマイルを崩さずに、ナナ姫を案内している。現在位置は、船首から1番目のマストのところ。もう少し進めば、巨大と思える蒸気機関の煙突を拝めるはずなのだが、底にどうしても行かせたくないらしい。動力伝達としての水車も、その根元がどうなっているかも、企業秘密といったところか。


 ナナ姫は、

「風向きを気にしなくて進めるなんて、これからの海運は一変するでしょうね」

「そうでしょうとも――」


 タルーンは、ふたりでニコニコと顔を合わせて笑い合っているだけだ(ふたりとも何か企んでいるのか?)。

「どうぞ、父から丁重に接待するようにと、異国のおもてなしをご用意しておりますので、こちらへどうぞ!」


 と、案内しようとしているのは、やはり船首前側のマスト下の客室だった。


 さながら宮殿の接待室だ。高級な絨毯がひかれ、テーブルには菓子などの甘いものが並んでいる。


「遠慮なく、いただきましょう。コナン」

「……あっ、そう、そうですね!」


 彼女に急かされ、それまで呆気に取られて黙っていたコナンが、ようやく我に返った。

 ふたりが席に、タルーンが続いて付こうとすると、ひとりの船員が走ってきた。そして、彼の元に耳打ちをする。ナナ姫は聞き耳を立てていたが、聞き取れなかった。


「失礼。ちょっと、席を外させていただきます。おふたりでごゆっくりと――」


 と、部屋を出たことを確認すると、ナナ姫はコナンに小声で、


「蒸気機関がほしいわ……」

「……」

「コナン、聞いている? 蒸気機関がほしいのよ。私は……」

「えっ……ああ、あの機械はスゴそうです。ですが、我が国にはお金がありません!」


 彼は船の性能に驚かされて、上の空だったようだ。そして、彼女の提案に思案する事もなく即答した。確かに、彼女の国には金がない。城の建築費、職人の給料も借りているようなものだ。そこにきて、コナンにしたら未知の「蒸気機関がほしい」といわれて、「はい、そうですか」とはいえない。


「……姫様、いくらするというのですか。しかも、世界に存在するものが、何台もない蒸気機関など……いったい何に使うおつもりなんですか?」


 目をパチクリさせながら、コナンは抗議した。


「大丈夫。私に任せて……」


 と、ナナ姫はウインクを送ると、タルーンが丁度戻ってきた(実にタイミングよく)。


「お待たせしました――」

「タルーン。蒸気機関を売ってほしいのよ」


 彼が座るなり、彼女は切り出した。


「これはこれは……早速、お気に召したようですが、この船の蒸気機関と同じものは――」

「そうね。私の国では払えないわよね」

「いえいえ、そういう事では――」

「いいのよ。分かっているから、あなたが私の国にきた理由。蒸気機関を自慢しに来たんじゃないですよ! あのウワサを確かめに来たんでしょ?」

「姫様、あのウワサというのは?」


 と、聞くコナンだったが、彼の口にしていたウワサのこと。彼女の国が戦争に……とかなんとか。その真偽の確認のため、このタルーン少年が派遣されてきたのだ。そして、その調査の過程で、彼女の国の台所事情を知ったようである。


「別に、この船の機関のような大きいものでなくていいの。そうねぇ……私たちを迎えに来たカッターボート。あれ一式まるごとくれない?

 もちろん、タダとは言わないわ!

 北方で砂金に似た鉱物が見つかったそうなのだけど、試掘の権利をあげるは!」

「えっ、ああ――」


 急に申し出にタルーン少年は返事に困っていた。それにコナンも……自国の鉱物資源の権利を、しかも外国人に渡すなど言語道断だ。試掘の結果次第では、彼女の国は損をすることになる。だが、ふっかけられたタルーンにとっても掛けだが、頭の中では、カッターボートの値段と天秤に掛けているであろう。


「どう? 損はないと思うけど?」

「いけません。姫様、撤回をしてください!」

「コナンは黙っていて、国を左右する大事な商談よ!」

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