第2話 魔王が倒されてからが本番

 ナナ姫はこれまで休憩……という名のサボりを散々していたので、城の現場視察に切り換えた(やっていることは変わらない)。


「コナン、進捗状況は、どうかしら?」

「……」


 ナナ姫の問いに、コナンは沈黙した(よく沈黙するなこいつは!)。

「どうして進んでいないの!?」


 作業音があまり聞こえない。あっちこっちに人が座り込んでいるが、彼女と同じくしているのか。足場が組み立てられているが、城の基礎が出来上がった程度。床や壁を構成するはずの石材は、積み上がってはいるが、組み上がっていない状態だ。

 そんな時、大きな石の塊が荷馬車によって運ばれてくる。丘の上の城から解体した石材を、荷馬車に載せてきた。同じ場所の往復であるから、馬車鉄道が牽かれていた。しかし、馬車鉄道というわりに、馬が曳いていない。人間が荷馬車を牽いているのだ。

 まあ、いつお給料が払われるか……本当に払われるのか分からない仕事に、効率が上がるはずがない。今回の建築費だとて、今までの人望などで借金しているようなものだ。


「なんで馬がいないの?」


 ナナ姫の質問は当然である。それをコナンは、

「実は……馬車馬が足りません」

「馬が足りないなんて、どういうこと?」


 アゴに左手を当て(右手は肘に)、首をチョコッとかしげる姫様(なんかカワイイのがムカつく)。


「それがですねぇ。馬の値段が高騰しています。飼い葉の値段も上がっているんです」


 コナンは説明したのは……いうなれば、人間同士の不信感だ。

 これは魔王軍の現れた所為である。そして、魔王が倒された所為でもある。

 世界の各国の予算は、魔王率いる魔物に怯え、軍事力へ偏っていた。勇者に魔王が倒されて、世界の危機はお終い……とは行かなかった。勇者の活躍の裏では、各国はそれぞれ魔物の大規模な群れと戦って、多くの命が失われた。しかも失ったのは、働き手などの男手がほとんどだ。農村から「腕っ節で出世する」と出て行って、帰らなかったことが多いことか……その勇気のツケで、農地を耕すものがいなくなったのだ。

 残されたものは、生きていくために土地を耕し、穀物を育てなければならない。しかも迅速かつ大量に……各国は魔王軍に怯え、すっかり食料庫の底が見え始めているというに、気が付くのが遅かった。

 というわけで、世界中がフル回転で食料生産を開始した。だが、動力源となる馬や牛などの家畜が、魔王軍の襲撃等で市場には不足していた。人々が魔王軍に襲われるかどうかで、家畜まで助けるという事ができなかったのだから、仕方がない……仕方がないとはいっても市場は冷酷だ。ということで、家畜市場では高値が続いていた。しかも、家畜と人間は食べるものは別。生産する食物の優先順位を決めると、指示するのは当然、人間のものを先にとなるだろう。その結果、家畜用の農地が人間用に転換されている。当然、飼い葉等の家畜のエサも高騰して行く。これでは折角の家畜が、生きていけない。

 多くの政策を司る役人は、この件に関して、時間がバランスを取るだろうと放置した。そして、市場はすぐに気付いたが、それに付け込んでいる商人もいる(賄賂も握らされている)。

 そんなわけで、この世界での家畜市場は高騰したまま放置され、ナナ姫の国に回ってくるのも減ったわけだ。


「それに……我が国が戦争を企んでいると、もっぱらのウワサで――」

「コナン、何をいっているの!」

「私が言っているわけではありません。馬をかき集めているので、隣国に警戒されているそうなんです」

「軍馬じゃなくて、馬車馬よ!」

「正面から戦わなくても、輜重しちょうに使えますから」

「補給任務に使えるって事?」

「はい。我が国は魔法使いの国です。正面に騎兵を立てずとも、魔法使いを並べて――」


 と、コナンは一軍の将が、まるで軍隊を動かすかのように腕を振り回した。


 彼のいうとおり、ナナ姫の国は、王家が魔法使いという魔法をよく研究し、理解している指折りの国だ。得意なのは、水や氷といった魔法。王も大魔法使いであるが、ナナ姫はからっきし駄目であった(彼女は劣性遺伝でしょう)。


「コナン!」


 ナナ姫は彼の首根っこを捕まえると、力任せに地面に叩きつけた。

 コナンは後頭部をぶつけ、目から火が出ている最中である。


「なっ、なんにするんですか、姫様!?」


 それが収まると、目をつり上げた彼女の顔が目の前にあった。ナナ姫に覗かれて顔が真っ赤になった。急に美人に顔を近づけられて、ドキマキしない若い男なんていない(主従関係なはずだ)。


「――れるの? 隣は大国よ。殺るときは相手に気付かれず素早く動かないと――」


 ナナ姫は押し殺したドスを利かせた声で、そう問いかけた。

 隣の国は……豊であった。対岸の大国で、肥えた土地が広がっているのを、その目で見てきた彼女。まあ隣の芝生は青く見えるのは、どこでも同じ。実際は国民の数が多くて、内情はナナ姫の国同様、火の車だ。彼女の国が適当な理由を付けて侵攻する……なんて、ウワサは隣国からきたものだ。


「えっ、ああ……」


 コナンとしては返事に迷った。話の後半は本当に冗談で言ったはずなのに、彼女の目は真剣だった。


「――じっ、冗談ですよねぇ……姫様?」


 コナンは、顔を真っ赤にしながら震え声でそう答えるのが精一杯。


「冗談だと思う?」


 と、言っているナナ姫はドレス姿でヤンキー座り屈んでをしているので、端から見ると……コナン書記官をしばいているように見える(数年前、王宮でよく見られた光景だ)。


 そして、しばらく睨み付けられていたら突然、巨大な音が聞こえた。雷や噴火の音でではない。金属音のような……楽器にしては音量はデカい。耳を貫くような轟音だ。


「冗談よ!」


 コナンの目線がその音に目線を外した途端、ナナ姫が思いっきり蹴飛ばした。これでコナンはようやく解放された。

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