第34話 妻として

「ベ、ベルンハルト様、それって……」

「プロポーズです。今度はもう、白い結婚なんて言いません」

「ベルンハルト様……!」


 あまりの嬉しさに抱き着こうとすると、そっと手で制された。


「言ったでしょう。あくまでも、俺が国で一番の魔法騎士になったら、です」

「……つまり?」

「それまでの間は、今まで通りです。ドロシー様に手を出すような真似は、絶対にしません」

「え!?」


 ベルンハルトが再びプロポーズをしてくれたことは、純粋にすごく嬉しい。ドロシーだけではなく、ベルンハルトもドロシーのことを恋愛対象として見てくれていたことが分かったから。

 問題は、ベルンハルトが提示した条件だ。


「く、国で一番の魔法騎士って……て、定義はなんですの?」


 ドロシーの言葉に、ベルンハルトは首を傾げた。

 現在存在している魔法騎士には、ベルンハルトのように実力で平民から成り上がった者もいれば、貴族の子弟もいる。中には、伯爵家の当主だっている。

 つまり、多種多様なのだ。


 国で一番、戦ったら強いってこと? それとも一番のお金持ちってこと? それとも、他の条件?


 一番、というのは存外曖昧な言葉だ。


「……それは、これから考えます」


 ベルンハルトは真剣な表情でそう言った。真面目な顔も格好いいが、今はそれどころではない。


「ベルンハルト様」

「はい?」

「とにかく、さっさと、わたくしに手を出してくださいませ!!」


 ドロシーの絶叫が屋敷中に響き渡る。当然ながらその声は、客室で休んでいた父と弟にも届いたのだった。





 夕食時、広間にやってきたベルガー侯爵家とヨーゼフは疲れきった顔をしていた。おそらく、長旅だけが原因ではないだろう。


「姉さん、あのさあ」


 ベルガー侯爵に促され、嫌そうな顔をしながらもヨーゼフが口を開く。


「姉さんとベルンハルト殿って、どういう関係なわけ? なんかさっき……大声で、すごいことが聞こえたんだけど」


 ヨーゼフの言葉に、ドロシーの頬は赤く染まった。年頃の娘らしい表情だが、先程の叫びは淑女からは程遠い。


 らぶらぶで仲良しの夫婦だという設定にしていましたのに、大声でベルンハルト様に迫っているところを聞かれてしまったわ……!


 痛恨のミスだ。二人が戸惑うのも無理はない。


「ちょ、ちょっとした夫婦喧嘩よ。旦那様が訓練ばかりで寂しかったから、ちょっとわたくしが拗ねちゃったの。ねえ、旦那様?」


 助けを求めるようにベルンハルトを見つめる。ベルンハルトは何度か瞬きを繰り返した後、ヨーゼフへ視線を移した。


「ドロシーの言う通りです。騒がしくしてしまい、申し訳ありません」

「……いや、それはいいんだけど……」


 コホン、とベルガー侯爵が咳払いした。その瞬間、広間に沈黙が訪れる。


「仲がいいのはよいことだ。だがドロシー、淑女としての振る舞いを心がけるように」

「……分かっていますわ、お父様」

「それから、シュルツ子爵。これは真剣な話だが……国王陛下から、北方の魔物を討伐する作戦を立てている最中だと聞いた」

「……北方の?」


 ベルンハルトの顔つきが急に鋭くなった。ドロシーの夫としての顔ではなく、魔法騎士としての顔になったのだ。


 ベルンハルト様、格好いいわ……!


「ああ。北方の山岳地帯の魔法装置が最近、かなり調子が悪いようでね。でも、あそこは隣国との境目で、山道は貿易にも重要な道だ」

「はい」

「だから、陛下は魔法装置の修復を魔法技師たちに依頼している。だが作業中、付近は無防備になってしまうだろう?」

「そこで、作業前に周辺の魔物を討伐、加えて作業中の護衛が必要……ということですか?」

「その通り」


 魔法技師はその名の通り、魔法装置を整備する職人だ。しかし魔法騎士と違って、自らが戦うわけではない。

 危険な場所での大規模な作業になるのなら、護衛は必要不可欠だろう。


「だが、危険を伴う作業で、その上北方は寒さも厳しい。その分報酬も弾むつもりだが、参加してくれる魔法騎士を探すのに苦労しそうでね」


 そこまで言い終わると、ベルガー侯爵は表情を崩した。


「なんて、持ってまわった言い方はやめよう。私は君を陛下に推薦したいと思っている。どうだい?」


 陛下直々の命を受けるのは、魔法騎士にとっては名誉なことだ。

 おそらく参加したがらない魔法騎士は、実務的な労働を厭う上級貴族たちだろう。


 だけど……。


「新婚の君に頼むのはどうかな、という気持ちもある。だから、君次第だよ」

「受けます」


 ベルンハルトは即答した。そして、ドロシーに視線を向ける。


「留守の間、妻として領地を守ってくれるか?」


 狡い人だ。こんな風に言われたら、嫌だなんて言えない。きっとベルンハルトは、ドロシーがそう感じることを知っている。


 ベルンハルト様が遠くへ行ってしまうのは悲しいわ。

 でもきっと、魔法騎士の妻として、仕方のないことなのよね。


「……分かりましたわ」


 けれど、寂しいものは寂しい。無意識のうちに俯いてしまうと、テーブルの下でそっとベルンハルトが手を繋いでくれた。

 慌てて顔を上げると、柔らかい微笑みを向けられる。


「ドロシーのために、立派にやり遂げてくる」

「……わたくしは、旦那様が無事に帰ってくれば、それだけで嬉しいですわ」


 紛れもない本音だ。ベルンハルトが優れた魔法騎士じゃなくたって、たとえこの先魔法騎士の資格を剥奪されたって、きっとベルンハルトのことが好きだと思う。


「姉さん。あんまり、二人だけの世界に入らないでくれない?」


 呆れたようなヨーゼフの声で、意識を引き戻された。


「つ、つい! わたくしたち、すっごく仲がいいから!」


 ねえ、とベルンハルトの顔を覗き込む。


「ああ、そうだな」


 そう言って笑ったベルンハルトは、本当に楽しそうだった。


 ちょっとずつだけど……ちゃんと、距離が縮まってる気がするわ。

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