第33話 2度目のプロポーズ
「まあ……どうして?」
「領主が私財を投げうって領民に施しをすることは、美談にはなるけど正しいとは思わない。特殊な状況なら別だけど、それが当たり前になっちゃだめだ」
ヨーゼフは真剣な表情で言葉を続けた。
ごくり、と唾を飲み込んで弟の話を聞く。
「困っていれば、領主様がなんとかしてくれる。そう思うことは、領民たちにとっても悪いことだよ。一人ひとりのそういう気持ちが、領地全体の発展を妨げることもある」
「……それは」
ヨーゼフの言っていることは、なんとなくだけど分かる。
物乞いに毎日金や食料を渡しても、物乞いが職を見つけ、自立することは稀だろう。誰かが助けてくれるという状況に満足し、努力を放棄する物乞いも多いはずだ。
きっとヨーゼフは、そういうことを言ってるんだわ。
「だけど、台車があれば、生産性はかなりよくなるだろうね」
そう言って、ヨーゼフはにっこりと笑った。
「だから、台車は僕からプレゼントしよう。姉さんの結婚祝いとして。どう?」
「えっ?」
「結婚祝いなら、特別なものだ。領民たちも、ずっと誰かが助けてくれるなんて思わない。それに、領民たちはベルガー家にも姉さんにも感謝するだろうね」
「……いいの?」
「いいよ。僕からすれば、たいしたお金じゃないし。いいでしょう、父上?」
ヨーゼフに声をかけられ、今まで黙っていた父がゆっくりと口を開いた。
「構わないよ。まあ、結婚祝いとして、他のものもいろいろと送るつもりだが」
「ヨーゼフ、お父様……!」
厳しいことを言っていたヨーゼフだったけれど、彼もコリーナを見てなんとかしてやりたいと思ったに違いない。
だって、ヨーゼフは優しい子だもの。
「よかったですわね、旦那様! これでみんなも喜んでくれるわ!」
ああ、と満面の笑みで頷いてくれるに違いない……ドロシーはそう思っていた。
しかし実際は違った。
「……ああ、そうだな」
表情を変えずに頷いたベルンハルトは、どこか悔しそうに見えた。
◆
「ベルンハルト様。ヨーゼフからの申し出、あまりよく思わっていませんの?」
屋敷に戻り、二人きりになってから尋ねる。
領内を見終わった後、ヨーゼフはすぐに台車の手配を済ませてくれた。数日中に、農業を営む領民たちへ一家に一台配れる数の台車が届くそうだ。
「……いえ。そうではありません。とてもありがたい申し出だと思っています。ただでさえ多額の持参金もいただいているのに、結婚祝いのプレゼントまで……」
「でも、ベルンハルト様、あまり嬉しそうじゃありませんわ」
「……分かりますか?」
「だってわたくし、ベルンハルト様の妻ですもの!」
にっこりと笑って、ベルンハルトの隣に腰を下ろす。
「情けないと思ったんです」
「まあ、なぜ?」
「……ベルガー侯爵家の力を借りなければできないことでした。俺は、ドロシー様を助けたくて結婚を申し込んだのに、助けられてばかりだと」
「そんな……」
ベルンハルトがこんなことを考えていたなんて、知らなかった。それに、ベルンハルトは自分を情けないと言ったが、ドロシーはそうは思わない。
「助け合うのが夫婦ですわ」
「……妻の実家からの援助に頼る夫など、情けないでしょう」
「そんなことありませんわよ」
そもそも貴族の結婚は、お互いの家に利があって成り立つものだ。妻の実家が夫に援助しているのも珍しい話じゃない。
しかも今回は援助ではなく、あくまでも結婚祝いだ。
「情けないです。俺は……ドロシー様にふさわしくない」
「そんなこと、誰が決めましたの!?」
いきなり大声を出したドロシーにベルンハルトが目を見開く。
「わたくしはそうは思いませんわ。ベルンハルト様は、わたくしよりも周りからの目を気にしますの?」
ドロシーは大貴族の令嬢で、ベルンハルトは平民上がりの子爵。
確かに傍から見れば、かなり不釣り合いの結婚に見えるだろう。だが、ドロシーはそうは思わない。
「わたくしはベルンハルト様が大好きなのに、どうしてベルンハルト様はそんなに自信がないの!?」
「……ですが俺は、平民出身で……その中でも、かなり貧しい家の出ですよ。口減らしで捨てられて、親の顔だって覚えてません」
「それがなんですの? わたくしは、今のベルンハルト様の話をしているのに!」
気持ちが伝わらないことがもどかしい。どうしてこの人は、もっと自分を認めてあげないのだろう。
「ドロシー様……」
「わたくしが大好きになるくらい、ベルンハルト様は素敵な殿方ですわ」
じっとベルンハルトを見つめる。無言のまま、ベルンハルトはドロシーを見つめ返した。
沈黙が部屋を満たす。ドロシーがゆっくりとベルンハルトの顔に自分の顔を近づけると、肩をそっと押された。
「……わたくし、キスがしたかったのに」
「だめです」
「どうして?」
「今そんなことをしたら、我慢できなくなる」
それってどういうことですの!? とドロシーが叫ぶより先に、ベルンハルトが勢いよく立ち上がった。
「ありがとうございます、ドロシー様。そこまで言ってくださるなんて光栄です。それに俺も、覚悟が決まりました」
「……覚悟って?」
「俺は、貴女にふさわしい男になってみせます」
「え?」
「国で一番の魔法騎士になってみせます。その時は、俺と本物の夫婦になってください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます