第31話(ヨーゼフ(弟)視点)ご期待くださいませ!

「姉さん、上手くやっていますかね」


 馬車に揺られながら、不安な気持ちを吐き出す。真正面に座る父は、心配そうな表情で首を傾げた。


「どうだろうね。彼はいい人だけど、だからといって、結婚生活が上手くいくとは限らない」

「白い結婚、ですしね」

「……そうなんだよ」


 数日前、姉が結婚するために実家を出ていった。しかもただの結婚ではなく、白い結婚だ。

 姉にとって悪い条件ではなかったと思うものの、心配にはなる。


 だって、約束を反故にされない保証はない。

 彼はいい人そうだ。でももし、ベルンハルト殿が姉さんを無理やり手籠めにするようなことがあれば?


 そんなことはないと思うから、この結婚に賛成した。

 姉だって、辺境の騎士との白い結婚を喜んでいた。

 しかし。


「……不安だ……」

「ヨーゼフは本当に、ドロシーのことが好きだな」

「……心配なだけです。姉さんは頼りないところもありますし、お人よしなところもありますし、素直過ぎるというか……」


 ベルガー侯爵家令嬢という地位があれば、姉はもっと社交界で目立つ立場を手に入れることもできたはずだ。

 それなのに姉は、男爵家の令嬢にすら馬鹿にされることもあった。


「……姉さん、ちゃんとやれてるのかな。王都から旅行以外で出たこともないのに」


 姉は気が強い方ではない。偏見かもしれないが、騎士団の団員は荒くれ者が多そうだし、そんな中で姉がやっていけるのだろうか。

 他にいい相手がいれば離縁してもよいと言っていたが、そもそも田舎でいい相手に出会える機会があるのか。


 考えれば考えるほど、姉の現状が心配になってしまう。


「安心していい、ヨーゼフ」

「父上……」

「ドロシーが辛い思いをしているなら、式の前に連れ帰る。向こうの対応によっては、シュルツ子爵家の未来も潰す」

「……父上も本当に、姉さんが好きですね」

「私はヨーゼフのことも大好きだぞ」


 父が胸を張って笑う。ありがたいが、16歳のヨーゼフにとっては少々照れくさい。


 母親が死んだことで寂しい思いをさせないようにと、父は過剰なまでにヨーゼフたち姉弟を大切にしてくれているのだ。


 だから姉になにかあれば、父が黙っていない。もちろんヨーゼフも。


 とはいえ、姉には幸せでいてほしい。

 せめて穏やかに過ごしていますように……とヨーゼフは祈るような気持ちで窓外の景色を眺めた。





「お待ちしてましたわ、お父様、ヨーゼフ!」


 シュルツ子爵家の屋敷に到着すると、玄関の扉を開けてドロシーが出てきた。

 以前と変わらない明るい笑顔に安心すると同時に、ヨーゼフと父は揃って固まってしまう。


 なぜなら、ドロシーがベルンハルトの腕をがっしりと掴み、密着していたからである。


「お久しぶりですわね。こちら、わたくしの旦那様のベルンハルト様ですわ。ねえ、旦那様!」


 旦那様、と甘えるような声で呼ばれ、ベルンハルトは困惑した様子である。

 頭を下げるためにドロシーの手を腕から外そうとするが、ドロシーは頑として手を離さない。


 渋々、といった体で、ベルンハルトはそのまま頭を下げた。


「お久しぶりです。ベルガー侯爵、ヨーゼフ様」


 ヨーゼフと父はつい返礼を忘れ、顔を見合わせてしまった。


 姉さん……?

 白い結婚って言ってたはずだけど、姉さんのこの態度はなに?

 っていうか、旦那様、なんて呼んでなかったはずだよね?


「では、屋敷へどうぞ。わたくしのために、旦那様がいろいろと整えてくださったの。ねえ、旦那様?」

「……ドロシー様。その、人前ですし、このような態度は……」

「まあ、あなた! いつものように、ドロシーと呼んで?」

「……ドロシー」


 にっこりと笑い、ドロシーが今まで以上にベルンハルトの腕を強く握る。

 いったい何を見せられているのかと頭が痛くなった。


 仲がいいのはいいことだ。それは分かる。けれど、今見せられているものはなんなのだろう。


 恋愛結婚した夫婦だって、ここまで人前でいちゃつかないでしょ。


「姉さん、その、ずいぶんベルンハルト殿と親しくなったようだけど……」

「当たり前じゃない。わたくしたち、夫婦になるんだもの」


 ちら、と父親の顔を盗み見る。顔を赤くしたり青くしたりしていて、感情が読めない。


 姉さんが楽しそうなのはいいけど、さすがにこの状況は想像してなかった……って感じかな。いや、僕としてもそうなんだけど。


「あ、そうだわ、お父様」


 ドロシーに呼ばれ、父はわずかに姿勢を正した。


「な、なんだい、ドロシー?」


 いつも通りの穏やかな微笑を作ったつもりだろうが、父の顔はあからさまにひきつっている。

 そんな父に対して、ドロシーはとどめを刺すようなことを言った。


「すぐに孫の顔を見せられるかと思いますので、ご期待くださいませ!」

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