第23話 大切な人材
「なによあの言い方……!」
怒りに任せ、ソファーの上においてあった薄いクッションを何度も殴りつける。
マンフレートの言い分は正論かもしれない。しかし、言い方というものがあるだろう。
「申し訳ありません、奥方様」
「アデルさんが謝ることじゃないわ。わたくしは彼に怒っているのよ」
「ですが、どうか……厳しい処罰は、ご遠慮くださいませ。マンフレートさんも、真剣に領地のことを考えていらっしゃるのです」
どうか、とアデルに頭を下げられると、怒り続けるわけにもいかない。
それに、腹は立ったものの、彼を処罰する気はないのだ。
「罰したりはしないわ。彼にもそう言ったもの。それに、むかつくけれど、彼は大切にしなきゃいけない人材よ」
「……それは、どうしてです?」
「わたくしにあんな言い方をできる人は、きっと滅多にいないもの」
ドロシーの言葉に、アデルがはっとした表情になる。そして、確かに……と頷いた。
ここの住民は皆、名門ベルガー侯爵家の令嬢であるドロシーに怯えている。主人であるベルンハルトですら、ドロシーに厳しくあたることはない。
そんな中、あれほどはっきりとドロシーを批判してきたのは彼が初めてだ。
腹が立つ。しかし、信頼に足る人物だと判断した。
「アデルさん、お願いがあるの」
「なんでしょう?」
ドロシーは赤い宝玉の埋め込まれた腕輪を外し、いきなりアデルに手渡した。いきなりのことに、アデルが目を見開く。
「……これは?」
「これを売りたいの。頼めるかしら?」
「こ、これをですか? こんなに立派ですのに」
「だからよ。これを売れば、かなりの額になるわ」
この腕輪は、確か三年前に宝石商から購入したものだ。当時のドロシーは今以上に自分の童顔を気にしていて、大人の女性が持つような装飾品を欲しがったのである。
ようやく、これに相応しい年齢になってきたと思っていたけれど……仕方ないわ。
「それを、公費にまわすよう、マンフレートさんに連絡をして。馬車より高値になるか分からないけれど、わたくしの誠意は伝わるはずだわ」
「そんな……! そんなことをすれば、きっとベルンハルト様がマンフレート様をお叱りになります」
「ベルンハルト様には、わたくしからきちんと話すわ」
アデルは困惑した表情を浮かべ続けていたが、はい、とか細い声で返事をした。
「それから、ベルンハルト様は今訓練所にいらっしゃるのよね。わたくし、着替えて様子を見に行くわ」
「奥方様!? 訓練所は、奥方様がいらっしゃるような場所では……!」
「あら。妻が旦那の仕事場へ行って、なにが悪いの? 差し入れを用意するよう、メイドに伝えておいて」
ドロシーはそう言い残し、応接室を後にした。そしてそのまま、自分の部屋へ向かう。
◆
クローゼットの中には、豪奢な服がこれでもかというほど入っている。どれも、実家から持ってきた物だ。
「これなら、あまり目立たないわね」
奥の方に入っていた、亜麻色のワンピースを取り出す。生地自体はそれなりに高価な物だが、デザインは極めてシンプルだ。
昨日、市場で服も買っていればよかったわね。
後悔しても遅い。今度、また買いに行けばいいだろう。
「ベルンハルト様の誤解を、ちゃんと解かなきゃ」
ベルンハルトはベルガー侯爵家にいた頃と変わらぬ暮らしを……! と強く思っているようだが、ドロシーはそんなもの求めていない。
そもそも、贅沢な暮らしを続けたいなら、平民上がりの下級貴族との結婚など受け入れなかった。
それにわたくしは今、華美な服を着てお茶会をするより、普段着で領内を見てまわりたいのよ。
ここで生きる人々の暮らしをちゃんと見て、どうするべきかを考えたいの。
頭の中に、コリーナの顔が浮かぶ。彼女は今日も重たい籠を背負って、両親のために働いているのだろうか。
彼女だけじゃない。きっとここには、そんな子供たちがたくさんいる。
着替え終わったところで、メイドが部屋に駆け込んできた。おそらく、アデルから話を聞いたのだろう。
「申し訳ありません、奥方様! 一人で着替えをさせてしまうなんて……!」
「大丈夫よ。よほど複雑な服でない限り、着替えくらい一人でできるから」
「ですが……!」
「じゃあ、髪を結い上げてくれない? 下ろしたままだと動きにくいの」
仕事を頼まれて、メイドは安心したらしい。かしこまりました! と威勢のいい返事をし、櫛を持ってくる。
「派手にしないで、地味に……とにかく、目立たないような髪型にして」
ドロシーの要望に首を傾げながらも、メイドは力強く頷いてくれた。
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