第21話 厄介な来訪者

 外から聞こえてくる小鳥の囁き……ではなく、扉を叩く大きな音でドロシーは目を覚ました。

 慌てて飛び起き、乱れた髪を雑に整える。


 いろいろと考えていたのに、結局ぐっすり寝てしまったわ!


 昨晩、訓練に戻ったベルンハルトは、夜になっても屋敷に帰ってこなかった。ぎりぎりまで起きて待っていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。


 ベルンハルト様が帰ってきたら起こしてくれと、メイドたちにはお願いしていたはずだけれど。


 メイドを責める気はない。おそらく、その必要はないと言ったのはベルンハルトだろうから。


 扉がゆっくりと開き、中に入ってきたのはアデルだった。昨日のような訓練着姿ではなく、淡い水色のブラウスに、白いスカートという服装だ。

 シンプルではあるが、かえってそれが彼女の美貌を引き立てている。


「おはようございます、ドロシー様」

「おはよう。アデルさんがきてくれるとは思わなかったわ」


 アデルはドロシーの護衛であって、メイドではない。しかし、ドロシーを起こすというメイドのような仕事を嫌がっている素振りはなかった。


「実は、メイドやベルンハルト様の反対を押しきってきたんですよ」

「まあ、どういうことなの?」

「ベルンハルト様は、ドロシー様が起きてくるまで無理に起こすな、と厳しくメイドに命じたんです。疲れているのだから、無理をさせるなと」

「……そうだったのね」

「ですが今日、ドロシー様と面会するためにマンフレートさん……領地経営を任されている方を呼んでいますから、そろそろ起きなくては準備が間に合わないかと」


 昨日、ベルンハルトが言っていた人物だろう。言葉通りベルンハルトは、すぐにドロシーの希望を叶えてくれたのだ。


「ありがとう、アデルさん。助かったわ。それにしても、客人がいらっしゃるのだから、起こしてくれたらよかったのに」

「約束の時間を過ぎようが、ドロシー様の準備が終わるまでマンフレートさんを待たせればいいと、ベルンハルト様はそうおっしゃっていましたから」


 呆れたようにアデルが溜息を吐いた。


 マンフレートさんという人は、ベルンハルト様の部下なのよね。

 だからきっと、わたくしが相手を待たせてもいいとベルンハルト様は思ったのだわ。


 おそらく、マンフレートは平民だろう。だとすれば、ドロシーの我儘で待たせたところで、問題のある相手ではない。

 しかし、マンフレート個人がどう思うかはまた別問題だ。


「ドロシー様の性格上、マンフレートさんを待たせるのをよしとしないのではないかと思ったんです」

「その通りよ。初めて会うのに、時間も守れない我儘な女だと思われたくないもの」

「だと思いました。それに、マンフレートさんは少々気難しい方なので、遅れない方がいいかと」


 本当にありがとう、とドロシーはアデルの手をぎゅっと握った。彼女がいてくれなかったら、マンフレートに嫌われていたかもしれない。


 ベルンハルト様は、わたくしに甘すぎるわ。


「そういえば、貴女が訓練着でないのも、マンフレートさんがいらっしゃるから?」


 何気なく口にしただけの質問だったのだが、アデルが動揺しているように見えた。はい、とか、そんなことは……という真逆の意味を持つ言葉を繰り返し、下を向く。


「……マンフレートさんはいつも家にいて、屋敷を訪ねてはきますが、ベルンハルト様とお話しするだけで、騎士団員と関わる機会はあまりなく」

「つまり、滅多に会えない人ってこと?」

「……そうです」


 頷いたアデルの耳はわずかに赤くなっていて、もしかしたら! とドロシーは楽しい気持ちになった。


 だったらなおさら、わたくしがマンフレートさんに悪い印象を与えるわけにはいかないわ。

 アデルさんまで巻き添えをくらってしまうかもしれないもの。





 ドロシーが身支度を終え、軽い食事を済ませた時に、マンフレートの来訪をメイドが伝えてくれた。

 応接室へ招くように伝え、ドロシーもアデルを従えて応接室へ入る。


 応接室は、寝室や広間と比べ、かなり質素だった。正直、人を招くような部屋には見えない。


 絵画の一つも飾られていないなんて、質素な部屋ね。

 時間がなくて応接室まで手が回らなかったのかしら。それとも、わたくしが使うと思わなかった?


 そんなことを考えていると、応接室の扉が開いた。そして、一人の男が中へ入ってくる。


 灰色の髪に、栗色の瞳。身長はかなり高いが、身体は薄い。肌も青白く、冬の枯木を思わせるような見た目だ。

 しかし栗色の瞳だけは鋭く、見る者を緊張させる雰囲気がある。


 なんだか、ちょっと意外だわ。

 アデルさんが気にしている男性なら、もっと朗らかで明るい人かと思っていたのに。


「奥方様、お初にお目にかかります。マンフレートと申します。苗字はありませんので、ご容赦を」


 そう言って、マンフレートは深々と頭を下げる。文句のつけどころがない丁寧なお辞儀ではあったものの、どう贔屓目に見ても、真心が込められているようには思えなかった。

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