第20話 夫婦として

「ベルンハルト様」


 名前を呼んで立ち上がり、そっとベルンハルトの手を握る。戸惑ったベルンハルトに、ドロシーはとびきりの笑顔を向けた。


 ベルンハルト様の心をわたくしが分からなかったように、ベルンハルト様だってきっと、わたくしの心が分からないのだわ。


 だとすれば向き合って、話して、お互いの気持ちを伝え合うべきだ。

 それが、夫婦というものだろう。


「わたくしは、ベルンハルト様にプロポーズをしてもらえて、とても嬉しかったの」


 ドロシーの言葉に、ベルンハルトが目を見開く。


「みんなの前で婚約破棄されて、あのまま王都にいれば、わたくしはいい笑い者になっていたわ。ベルンハルト様が求婚してくれて、わたくしを連れ出してくれて、救われたの」

「……ドロシー様」

「でも、嬉しかったのは、それだけじゃないわ」


 タイミングよく求婚してくれたおかげで助かった、というのはもちろんある。

 けれど、望ましくない相手からのプロポーズであれば、ドロシーは頷こうとは思わなかっただろう。


 とっさに求婚に応じた。

 それは、ベルンハルトとなら、結婚してもいいと思えたからだ。


「ベルンハルト様だから、嬉しかったの」


 その理由を上手く説明することはできない。だけど、気持ちは今も変わっていない。


「わたくしは別に、白い結婚なんかじゃなくたっていいの」


 ドロシーの直接的な言葉に、ベルンハルトが固まってしまう。


「本気で言ってるんですか」


 ようやく絞り出したのであろうベルンハルトの声はわずかに震えていた。眼差しの鋭さに、目を逸らしそうになってしまう。


 でも、だめよ。ちゃんと目を見て話さなきゃ。


「ええ。ですからわたくしは、夫婦としてベルンハルト様と交流を深めていきたいと思っていますし、シュルツ子爵家の夫人として、この領地を守っていきたいと思っていますの」


 ここの領主はベルンハルトだが、魔法騎士である彼は領地を留守にすることだって多いだろう。

 夫が留守の間、領地を守るのは妻の役目だ。


「夫婦として交流を深めたいなんて、何を言っているのか分かってるんですか?」


 呆れたように呟いて、ベルンハルトがドロシーの手首をぎゅっと掴んだ。当然全力ではないだろうが、それでも痛い。


 金色の瞳に見下ろされ、どくん、と心臓が飛び跳ねた。


「夫婦が何をするのか、本当に分かっているんですか?」

「……え」


 もちろん分かっている。ドロシーは物を知らぬ幼女ではなく、貴族の令嬢として育てられた18歳の娘だ。


 貴族の妻として求められる役割はいろいろある。

 けれど一番は、跡継ぎとなる男児を産むこと。

 そして、どうすれば子供ができるかも、もちろん分かっている。


 だが、実際にベルンハルトにそのことを口にされると、恥ずかしくて目を見れなくなる。

 何も言えなくなったドロシーを見て、ベルンハルトは深々と溜息を吐いた。


「……その気がないなら、男を挑発するようなことは言わない方がいい。これは、男としての忠告ですよ」


 あっさりとドロシーの手を離し、ベルンハルトがそのまま部屋を出ていこうとする。待って! と咄嗟に大声で呼び止めると、ベルンハルトはゆっくり振り返った。


「べ、ベルンハルト様はどうですの!? わ、わたくしと、本当の夫婦になってもいいと、そう思っていますの!?」


 ベルンハルトは少しだけドロシーに近づく。そして、表情を変えないまま言った。


「ドロシー様は、どう答えてほしいのですか?」

「……それは」

「俺が今、貴方を抱きたいと言ったら、どうするつもりなんです?」


 あまりにも露骨な言葉に、どう応じていいか分からない。ベルンハルトが視線をベッドへ向けた瞬間に、身体が硬くなってしまった。

 そんなドロシーを見て、ベルンハルトが再び溜息を吐く。


 しまった、と思った時にはもう遅い。


「じゃあ俺は、訓練に戻ります。……領地の経営に関しては、部下に任せている部分も多いので。明日にでも、そいつを屋敷へ呼びましょう」

「……わたくしが、シュルツ子爵家の夫人として振る舞ってもいいの?」

「実際、そうでしょう」


 白い結婚なのに? とは言わない。ベルンハルトは、ドロシーの希望を叶えようとしてくれているのだから。


「ですがくれぐれも危ないことはしないように。出歩く時は必ず護衛を連れていき、極力馬車で移動してください」

「……分かりましたわ」


 ドロシーが返事をすると、ベルンハルトは部屋を出ていってしまった。

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