第19話 自分の居場所
とりあえず二人で話してください、とアデルとデトルフの姉弟に半ば強引に寝室へ入れられた。
夫婦の寝室は広間と同様急ごしらえ感は拭えないものの、温かみのある色合いで統一されている。
「ご安心ください。表向きは夫婦の寝室になっていますが、俺は元々の寝室で眠るので」
寝室に入るなり、ベルンハルトはまずそう言った。先程の気恥ずかしさが消えないのか、ドロシーと目を合わせてはくれない。
わたくし、大勢の前でとんでもないことを言ってしまった気がするわ。
穴があったら入りたいような気持ちになるが、ベッドはあっても穴なんてない。軽く息を吐いて、ドロシーはベッドの傍にある椅子へ腰を下ろした。
「……さっきの話ですが」
ベルンハルトはゆっくりと口を開くと、ようやくドロシーを見つめた。ドロシーに目線を合わせるために、椅子ではなく床に腰を下ろす。
「俺の見た目は、ドロシー様にとって不快ではないという認識でいいのでしょうか?」
「不快だなんて! それどころか目の保養ですわ!」
とっさに叫び返すと、再びベルンハルトの頬が赤く染まった。
「……ドロシー様は、変わった好みをしていらっしゃるんですね」
「そんなことはないと思うけれど」
「貴族の令嬢には、怖がられてばかりですので」
確かに、ベルンハルトの見た目には威圧感がある。丹精な顔立ちをしているものの、怯えてしまう令嬢は多いだろう。
しかし、ドロシーはそうは思わない。
だってベルンハルト様は、すごく優しい目でわたくしを見るんだもの。
「ではドロシー様。話というのは、離縁したいという話ではないのですか?」
「当たり前ですわ。まだ、結婚式もしていませんのに」
「だからです。白い結婚とはいえ、こんな男と結婚式をあげるのが嫌になったのかと」
そう言って、ベルンハルトは少し安心したように笑った。
少なくとも、彼も離縁を望んでいるわけではないのだと分かってドロシーも安心する。
「わたくしが話したいのは、その白い結婚に関してですわ」
「白い結婚に関して?」
「ええ。子供は期待するなと言われたと、アデルさんから聞きました。それにベルンハルト様は……その、わたくしが領内を視察するのを、あまりよく思っていないようでしたわ」
「……過剰に子供を期待されては困るかと、あらかじめ言っておいたのです。そこばかりは、誤魔化せませんから」
仲がいい夫婦を演じることも、閨を共にしていると演じることもできる。けれど子供だけは別だ。二人の間に本当の関係がない限り、生まれてくることはない。
ベルンハルト様がアデルさんにそんなことを言ったのも、きっと優しさなんだわ。
子はまだかと言われ、わたくしが困らないようにするための。
分かっている。しかし、だからといって納得したわけではない。
「視察に関しては、ただ危ないと思ったからです。馬車に乗って、護衛をつけてまわるなら、反対はしません」
「危ないって、なにがですの? 領内は安全だと聞きましたわ」
「あらゆるものがです。確かに安全ですが、貴方に近づく者が皆善人とは限りません」
「……だけど」
「俺は、ドロシー様が心配なんです」
金色の瞳に射抜かれ、ドロシーは一瞬固まってしまった。
だめよ。これで話を終わらせたら、また後からもやもやすることになるんだから。
「わたくしは……わたくしは、妻として領地のことも、領民のことも知りたいの。そして、子爵夫人としての務めを果たしたいの」
「そんなことをしなくても、ドロシー様は好きなようにお過ごしになっていいんですよ」
「貴方の妻として過ごすことが、わたくしのやりたいことよ」
はっきりと断言すると、ベルンハルトは困惑したような表情を浮かべた。やはり彼は、ドロシーに何の役割も求めていなかったのだ。
「何もしないで、ただいればいいだなんて……わたくしにとってそれは、嬉しくありませんわ。だって、いてもいなくても同じ、と言われているようなものだもの」
「そんなことない!」
ベルンハルトは急に叫ぶと立ち上がった。両手でドロシーの肩をぎゅっと掴み、言葉を続ける。
「ドロシー様がいてくれるだけで俺がどんなに……!」
言いかけて、ベルンハルトは口を閉ざした。そして、慌てたようにドロシーの肩から手を離す。
「申し訳ありません。痛かったでしょう」
「い、いえ」
正直、かなり痛かった。けれど今は、そんなことはどうでもいい。
「ベルンハルト様は、わたくしがここにいると、嬉しいの?」
「……そうじゃなきゃ、求婚なんてしてません」
ずっと、どうして求婚してくれたのだろうと思っていた。ドロシーにとって都合のいい条件ばかりを並べられ、ベルンハルトの意図が分からなかった。
今だって、完全に分かったわけじゃない。
でも……ベルンハルト様は、わたくしがここにいることを喜んでくれている。
わたくしに傍にいてほしいから、プロポーズをしてくれたってことよね。
胸の奥がじわりと温かくなった。自分は今、彼に望まれてここにいる。それだけで急に、慣れない土地が自分の居場所なのだと思えた。
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