第14話 領地案内

「えーっと、一言で伝えるのは難しいので、領内を歩きながらお話しませんか?」


 ドロシーの勢いにたじろぎつつ、アデルはそう言った。もちろん、ドロシーに反対意見はない。


「ぜひ、お願いしたいわ」


 屋敷を出ると、日差しが眩しかった。ドロシーが思わず目をつぶると、アデルがさっと日傘を差し出してくる。

 持ち手の部分に宝石が埋め込まれた、やけに派手な日傘だ。


「アデルさん、これは?」

「奥方様専用の日傘です。用意しておけとベルンハルト様がおっしゃっていたので」

「派手な日傘ね」


 ドロシーがそう言うと、アデルが苦笑する。


「ベルンハルト様がおっしゃったんです。ドロシー様には、豪華で派手すぎる物を用意しろと」

「どうして?」

「ドロシー様に、不自由な思いはさせてはならぬと」


 ベルンハルトの気遣いはありがたい。

 しかしドロシーは別に、日傘が質素だったからといって、不自由を感じたりはしない。


「見ての通り、ここはかなり田舎で……まあ、地味なところです」


 話しながら、アデルが四方にゆっくりと視線を向ける。ドロシーも同じように周りを見た。


 点在する民家と大きな畑。

 ここには、それ以外のものはほとんどないわね。


「名産品は葡萄です。ワインやジャムに加工できるのでそれなりに利益が出ていますが、裕福とは言い難いですね」

「……そうなのね」

「でも、ご心配なく。ベルンハルト様が国王陛下からたっぷりと褒美をもらっていますから、奥方様がお金に困ることはありませんよ」


 通常、貴族の主な財源となるのは領民からの税だ。栄えている領地を持つ貴族ほど羽振りがいい。


 けれどここは、あまり税収は期待できなそうね。


「ベルンハルト様は元々平民ですし、贅沢をする方じゃありません。貴族になってからも、暮らしぶりは質素そのものでした」

「そうなの?」

「はい。無欲というか、あまり物に関心がないというか……騎士団に支給する防具や武具に関してだけは、お金を惜しまない方ですが」


 ベルンハルトは、金はあまり使わずに貯めていると言っていた。その言葉は事実だったのだ。


「ですが奥方様がいらっしゃるとのことで、大金をはたいて調度品を買いかえていました」

「……わたくしのために?」

「はい。お金が全てとは思いませんが、奥方様を大切に思っているのは事実かと」


 わたくしを心配して迎えにきてくれて、わたくしのためにお金を使ってくれて……確かに、わたくしを大事にしてくれているのは確かだわ。

 問題はそれがどうしてか、ってことよね。


「でも、それはどうしてかしら?」

「それは……結婚なさったのですし」

「そもそもどうして、ベルンハルト様はわたくしなんかに求婚を?」

「なんか、とおっしゃいますが、奥方様は名門ベルガー侯爵家のご令嬢で、しかもお若く、美しいではありませんか」


 アデルの言う通り、エドウィンから婚約破棄されたとはいえ、ドロシーが結婚相手として優良物件であることは間違いない。

 だがだとすれば、白い結婚をする必要などないだろう。


 わたくしが子を産んだ方がベルガー侯爵家との繋がりが深まって、ベルンハルト様としては都合がいいはずだもの。


 ドロシーが黙り込んでしまうと、アデルが心配そうな顔で顔を覗き込んでくる。

 気にしないで、と言おうとした瞬間、視界の端に小さな少女が入った。


「……アデルさん、あの子は?」


 少女は大きな籠を背負って歩いている。籠が重いのか、少女の背中はかなり曲がっていた。

 それに、着ている服は薄汚れているし、髪の毛もぼさぼさだ。


「確か、近くにある葡萄畑の娘ですよ。両親が病弱だとかで、よく仕事を手伝っているんです」

「そうなのね」

「気になりますか?」

「ええ、だって……あんなに小さいのに」


 少女の年齢は、10歳になるかどうかというところだろう。にも関わらず、昼間からこんな風に働いているのだ。


「アデルさん、ここには学校はないの?」


 ドロシーの問いかけに、アデルは一瞬ぽかんとした顔をした。


「学校、ですか?」


 そんなものあるわけない、とでも言いたげな返事だった。


 わたくしは当たり前のように学校へ通っていたし、王都にも学校があって、平民の子も通っていると聞いていたわ。


 でもそれはあくまでも、ドロシーの耳に入ってくる平民の話でしかなかったのだ。そのことに、今気づいた。


 あの子、学校にも行けず、実家の仕事を手伝ってるのよね。しかも、両親は病弱って……もし両親がいなくなってしまったら、どうなるのかしら。


「ねえ、貴女!」


 気づいたらドロシーは、大声で少女に話しかけていた。

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