第13話 聞きたいこと

 食事が終わると、ベルンハルトはドロシーとアデルだけを残し、騎士団員たちと訓練所へ向かってしまった。

 ドロシーを迎えにくる間訓練に参加できなかったため、夜まで訓練をするのだという。


「花嫁がきた日に放って訓練だなんて、酷い人ですよね」


 笑いながらアデルに言われ、ドロシーは曖昧な笑みで応じる。

 寂しくないと言えば嘘になるが、仕方がないことだ。


 それに、訓練を休んでまでわたくしを迎えにきてくれたってことだものね。


 ベルンハルトが直接迎えにこずとも、使いの者を寄越せばそれで済んだ話だ。

 それなのにわざわざきてくれたのは、ドロシーを思っての行動だろう。


「アデルさんはわたくしのせいで訓練に参加できないのよね? 申し訳ありませんわ」


 ドロシーが軽く頭を下げると、アデルがいえいえ! と首を横に振った。


「護衛も立派な仕事ですし、正直なところ、厳しい訓練に参加せずに済んで一安心です」


 わざとらしくおどけたような笑みを浮かべた後、アデルはそうだ! と両手を叩いた。


「屋敷内でも領内でも、気になるところをご案内しますよ。もちろん疲れているのでしたら、休むのが一番だと思いますが」

「まあ、いいの!?」


 疲れていないわけじゃない。しかし、道中はずっと馬車で座っていたのだ。体力はまだ残っている。


 それに、早くここのことを知りたいわ。


「ぜひ案内してほしいわ。あ、あとそれから、できたらでいいのだけれど、他にもいろいろ教えてほしいの」

「いろいろ、とは?」

「ベルンハルト様のこととか、騎士団のこととか……それからもちろん、アデルさんのことも!」


 私も? とアデルは目を丸くした後、もちろんです、と笑顔で頷いた。


 アデルさん、笑うとすごく可愛らしいわ。

 一見、クールで近寄りがたい美人って感じだけど。


「ではまず、僭越ながら私の自己紹介からさせていただきます。私は実は、ベルンハルト様とは幼馴染なんですよ。正確に言えば、私の弟が、ですかね」

「そうなんですの!?」


 ベルンハルトとアデルの弟・デトルフはかなり親しげに見えた。しかし、幼馴染だなんて思ってもみなかった。


 でも考えてみれば、ベルンハルト様は平民出身なのだし、平民の幼馴染がいるのは普通だわ。

 だとすれば、騎士団員とも単なる主従関係ではなく、友人同士のような絆もあるのかしら。


「はい。弟がベルンハルト様と同じ28歳で、私は29歳です」

「29歳……とても見えないわ。肌だって凄く綺麗だもの」

「ありがとうございます、奥方様」


 年上だろうとは思っていたが、30歳近いとは思わなかった。


「ベルンハルト様が結婚すると聞いた時は、私たちも驚いて、大盛り上がりだったんですよ」

「その話、詳しく聞きたいわ!」


 ドロシーが急に大声を出したせいで、アデルは驚いて一歩後ろへ下がってしまった。

 申し訳ないと思いつつも、一歩前に出て距離を詰める。


「ベルンハルト様、わたくしとの結婚について、どう言っていましたの!?」


 ベルンハルトが何を考えているのか、なぜ白い結婚などと言い出したのかを知りたい。

 アデルの話を聞くことは、それを知るヒントになるはずだ。


「急だが結婚することになった……と」

「アデルさん、それはベルンハルト様の真似なの?」


 アデルが急に声を低くし、仏頂面になったものだから、つい笑ってしまう。

 似てました? なんて笑いながら、物真似をやめてアデルが話を続ける。


「奥方様の家柄や年齢についての説明と、後はくれぐれも失礼がないように、どんな我儘も聞くように……と」

「そんなことを?」

「ええ。ですから私たちは、どんな我儘なご令嬢がくるのかと思っていたんですよ」

「そうなんですね」

「はい。でも、手紙のやりとりをしている姿を見て、その不安はなくなりました」


 くすっと笑って、アデルがドロシーを見つめる。


「だって、我儘なご令嬢が、ろくに字も書けないベルンハルト様との文通を望むとは思えませんから」

「し、知ってましたの?」

「はい。私は字は分かりませんが、騎士団で唯一の女ですので。どんな言葉遣いがいいかなど、相談されましたよ」


 ベルンハルトがアデルに相談している姿を想像しただけで、なんだかどきどきしてしまう。

 ドロシーがあれこれと悩みながら手紙を書いたように、ベルンハルトだっていろいろと考えてくれていたのだ。


「ただ、一つだけ注意されていたことがありまして」

「な、なんですの?」

「気分を害してしまったら申し訳ありません。……子供は期待するな、と。奥方様は、なにかご病気をお持ちなのでしょうか?」

「わたくしはすっごく健康ですわ!」


 思わず大声で返事をしてしまった。その勢いに、再びアデルがたじろく。


 ベルンハルト様は、白い結婚のことをそんな風に伝えていたのね。


「あの、アデルさん」

「はい」

「わたくし、貴女に聞きたいことがあるの!」


 少しの間話しただけだが、アデルが信頼できる人物だということは分かった。それに、話していて楽しい。


 なにより、ベルンハルト様とも親しいわ。


「ベルンハルト様は、わたくしのことをどう思っているのかしら!?」

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