第12話 食事はみんなで

 大勢で食事をすることを想定しているのか、広間はそれなりに広い。部屋の中央には長テーブルと椅子が置かれている。


 とはいえ、パーティーを開くのには向かないかしら?


 華美とは言えない内装で、華やかさには欠ける。長テーブルがかなりの面積を占めているせいで、ダンスをするのにはかなり邪魔だろう。


 パーティーを想定するとちょっと狭いわね。いや、それほど大勢を招くことはないのかしら?


 ドロシーの常識は、あくまでもベルガー侯爵家の常識だ。

 ベルガー侯爵家令嬢ではなくシュルツ子爵夫人になるのだから、実家の常識を引きずってはいられない。


「ドロシー様。どうかしましたか? ドロシー様がいらっしゃる前に、絨毯と椅子を買いかえたのですが……気に入らないようでしたら、すぐにまた新しい物を用意しましょう」

「い、いえ、大丈夫ですわ!」


 そう言われて、改めて絨毯と椅子を観察する。絨毯は薄桃色のふわふわとした物で、可愛らしいが汚れが目立ってしまいそうだ。

 それに正直なところ、部屋の雰囲気と合ってはいない。


 椅子もふわふわとした座り心地がよさそうなものだが、こちらは真っ赤である。


 テーブルや壁紙は灰色だから、部屋の調度品に統一感は全くない。


 もしかしてベルンハルト様って、あまりそういうことは意識しないのかしら?

 それとも、慌てて用意したから?


 分からない。分からないけれど、ベルンハルトが不安そうにドロシーの反応を窺っていることは分かる。


 わたくしはもう、それだけで十分ですのよ……!


「わたくしのために、ありがとうございます」

「いえ。当然です。……こいつらは礼儀がなっていないかもしれません。本当に一緒に食事をしてよかったのですか?」

「もちろんですわ。この方たちは、ベルンハルト様の部下ですの?」

「ええ。シュルツ騎士団……なんて呼ばれるようになったのは最近ですが。皆働き者です。その代わり、マナーや礼儀とは縁遠い奴らが多いんです」


 そう言いながらも、ベルンハルトの眼差しは優しい。彼らのことを大切に思っているのが伝わってくる。


 騎士団ってことは、一緒に戦う仲間なのよね。そりゃあ、絆も強いはずだわ。


「アデルさんも、一緒に戦いますの?」

「はい。彼女は騎士団の中でも、かなり戦えますよ」


 ベルンハルトがそう言ったタイミングで、アデルが大皿を運んできた。皿には、焼き立ての肉がたっぷりと盛られている。


「一番脂がのったところをどうぞ、奥方様」


 歯を見せて、アデルはにかっと笑った。気持ちのいい笑顔である。


「アデル。ドロシー様はもっと脂の少ない、ヘルシーな部位がいいだろう」

「ベルンハルト様。女性が脂身を好まないなんて言うのは幻想です。女性だからって、サラダばかり食べてるわけじゃないんですよ」


 呆れたようにアデルが笑い、ですよね、とドロシーを見つめてきた。


「……はい。わたくし、脂たっぷりのお肉も大好きですわ」


 ほら、と勝ち誇ったような笑みをアデルが浮かべる。ベルンハルトはバツが悪そうな顔をして目を逸らしてしまった。


 なんだか騎士団の人といると、ベルンハルト様がいつもと違う人みたいだわ。

 いや、きっと、こっちが素なのよね?


「奥方様、お酒は飲まれますか!?」

「奥方様、パンは!?」

「奥方様、サラダもありますよ!」


 団員たちが口々に大声で叫ぶ。いちいち返事をしていられないほどだ。


「お前ら、騒ぐな! うるさいぞ!」


 ドロシーが上手く答えられずにいると、ベルンハルトがそう怒鳴った。しかし主に一喝されても皆口を閉ざさず、あはは、と大声で笑い始める。


「怒りっぽい男は嫌われますよ、団長!」

「そうだそうだ。アンタが貴族の令嬢と結婚するなんて、未だに信じられねえよ!」


 団員たちの言葉に、ベルンハルトが溜息を吐く。そして立ち上がると、思いっきり彼らを怒鳴りつけた。


「いい加減にしろ、お前ら! 明日の訓練を倍にしてやるぞ!」


 怒鳴った直後に、慌てた顔でベルンハルトがドロシーを見た。


「すいません、大声を出してしまって。ドロシー様、あの、えーっと……」


 ベルンハルトに視線を向けられ、苦笑しながらアデルが話し始める。


「奥方様。団長はやや粗野なところがありますが、優しい方ですよ。それにもし団長が怖くなったら、私が守ってさしあげます」

「そんな、怖いだなんて……少し驚いただけですわ」


 王都で見たベルンハルトより、今の彼の方がずっと生き生きして見える。


「ねえ、ベルンハルト様」

「……はい」

「大勢の食事って、とても楽しいですわね」

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