第9話 魔法騎士・ベルンハルト
がた、がたと馬車が時折揺れる。山道を通っているから仕方ないのだと、先程申し訳なさそうな顔をしたベルンハルトに言われた。
ベルンハルト様も馬車にいてくれたら、お話ができたのに。
馬車の窓から外を眺める。ベルンハルトは、馬車の隣を馬に乗って進んでいた。
彼がまたがっているのは、愛馬だという黒い馬だ。かなり立派だが、気性が少し荒く、ベルンハルト以外が乗ることを許してくれないらしい。
「……急に魔物が襲ってきたら危ない、なんて言うけど……」
ベルンハルト以外にも護衛は複数いる。ベルンハルトは主人なのだから、ゆっくり馬車内に座っていればいいのに……と思ってしまうのは、ドロシーの我儘だろうか。
仕方ないわよね。ベルンハルト様は魔法騎士で、護衛の兵士たちだって、ベルンハルト様よりは弱いんでしょうし。
魔法騎士は通常の騎士の上位役職である。優秀な騎士と国王から認められた者だけに与えられる称号で、爵位を与えられている魔法騎士も多い。
そして、ベルンハルトを魔法騎士として推薦したのが、ドロシーの父であるベルガー侯爵なのだ。
だからお父様に恩を感じていて、わたくしに求婚したんじゃない? なんて、ヨーゼフは言っていたわよね。
魔法騎士と騎士では、給料も地位もまるで違う。ベルンハルトにとって、父が大事な恩人であることは疑う余地もない。
「そういうことも、道中で聞こうと思っていたのに」
出発してからもう長い間、ベルンハルトの声を聞いていない。変わり映えのない景色も退屈で、なんだか眠くなってきた。
まだ到着しそうにないし……寝ちゃってもいいわよね。
頷くのと同時に、ドロシーはそっと目を閉じた。
◆
ガタッ! と馬車が激しく揺れ、ドロシーは目を覚ました。今までの心地よい揺れとは全く違う、異質な揺れだった。
「な、なに……?」
周囲を確認しようとすると、また激しく馬車が揺れる。馬が大きな泣き声を上げ、とうとう馬車が止まった。
なにかあったんだわ。
慌てて窓に近づく。すると、狼のような生き物の群れが馬車の前にとまっていた。
ような、と表現したのは、おそらく狼ではないからだ。
瞳は赤く、身体は狼の五倍はある。そして開いた口からは、やたらと大きな牙が見えた。
もしかして、これが魔物……?
魔物の存在は知っているが、実際に見たことは一度もない。怖くなって、身体が震え始めた。
しかも、一匹じゃなくて、何匹もいるわ。群れに遭遇しちゃうなんて、このあたりの防御装置は壊れちゃってるの!?
「ドロシー様!」
ベルンハルトが大声でドロシーの名を叫んだ。きっと、馬車の中にいても聞こえるように気を遣ってくれたのだ。
「絶対、馬車から出ないでください!」
そう叫ぶと、ベルンハルトは腰に帯びた剣を抜き、高く掲げた。月の光を浴びて、剣の鍔にはめ込まれた赤い石が光る。
あれが、ベルンハルト様の魔法武具……!
魔法武具の使用が認められているのは、魔法騎士だけだ。魔法防具や魔法装置はそれ以外の人間にも使用許可が下りるが、魔法武具だけは特別である。
確か武具によっていろんな効果があって、魔法騎士はそれぞれの能力に合った魔法武具を陛下からもらうのよね。
ベルンハルト様の魔法武具は、どんな物なのかしら?
いつの間にか身体の震えがおさまっていた。
「お前らは馬車から離れるな!」
部下たちに大声で命じ、ベルンハルトが前に出る。魔物たちがベルンハルトめがけて飛んだのと同時に、ベルンハルトの剣を炎が覆った。
いや、剣身が炎に変わった、と言うべきなのだろうか。
魔物たちが近寄ると、その炎はより大きくなっていく。
「すごい……」
そして、ベルンハルトの素早い剣技。大きな魔物たちをあっという間に切ってしまった。
しかも、ただ切っただけではない。魔物たちは皆、炎のせいで燃えている。
「え? 魔物たちが消えていく……?」
燃えれば物は灰になって消えてしまう。ドロシーだって、それくらいのことは分かっている。
けれど目の前の光景は、ドロシーの想像を超えていた。
燃えていた魔物たちが、ゆっくりと消えていくのだ。灰になったわけではなく、闇にとけるように消滅していった。
これも、魔法武具の効果なの?
ドロシーが呆然としていると、馬車の扉がわずかに開いた。
「ドロシー様」
「ベルンハルト様……」
「物騒なところをお見せしてしまい、すいません」
「い、いえ。守っていただいて、感謝しますわ」
「当然のことをしたまでです」
そう言って、ベルンハルトは馬車の扉を閉めた。
「おい! ここの責任者は誰だ!? 魔法装置が壊れてせいで襲われたんだぞ! すぐに役所に報告しろ!」
怒りに満ちた声だった。今まで、ベルンハルトのこんな声を聞いたことはない。
怒っているの? 魔物に襲われたから……わたくしがいたから?
ベルンハルトはあっという間に魔物を片付けてしまった。それなのにこれほど怒っているのは、ドロシーのためだろうか。
ドロシーに対する優しい態度とはまるで別人みたいだ。
わたくし……もっと、この人のことを知りたいわ。
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