第2話 世界一可愛い

「……はい? 今、なんと?」

「ですから、俺と結婚してくれませんか?」


 騎士は、先程と全く同じ言葉を繰り返した。何度瞬きをしてみても、過去は変わらない。


 わたくし、プロポーズされたの?

 婚約破棄された直後に?


 あまりの急展開についていけず、くらくらしてしまう。バランスを崩して倒れそうになったところを、騎士が片手で支えてくれた。

 さすがのたくましさである。


「あの……そもそも、貴方は……」


 誰なんですか、と直接的な言葉を口にしなくても、騎士はドロシーの問いかけに気づいてくれたらしい。


「ベルンハルト・フォン・シュルツと申します」


 騎士がそう答えた瞬間、意地の悪い笑みを浮かべたのはエドウィンである。


「平民上がりの騎士がフォンを名乗るとは! 辺境の領地を少しもらっただけで、調子に乗っているんじゃないか?」


 名前にフォンが入るのは貴族の証だ。エドウィンの言葉から察するに、この騎士……ベルンハルトは、功績が認められて貴族になれたのだろう。


 貴族に成り上がった平民。

 エドウィンのような由緒ある家に生まれた貴族が見下し、馬鹿にする存在である。


 わたくしからすれば、自分の才能や功績が認められた、凄い人だと思うけど。


 エドウィンに失礼なことを言われても、ベルンハルトは何も言わない。返事を待っているのか、じっとドロシーを見つめている。


 年は、20代後半といったところだろうか。鎧を着ていても、体格のよさがはっきりと分かる。

 そして、かなり背が高い。


 エドウィンみたいに甘い貴公子顔じゃないけど、凛々しくて、顔立ちだって整っているわ。ちょっとだけ目つきが鋭いところも、男らしくて素敵ね。


 見れば見るほど、いい男だ。少なくともドロシーにとっては、エドウィンよりかなり好ましい顔立ちである。


 そもそもわたくし、エドウィンのことは好きでもなんでもなかったもの。

 お父様が必死に成立させた婚約だったから、従っていただけで。


「ドロシー様、お返事は」


 痺れを切らしたのか、ベルンハルトがそう言った。


「えーっと……」


 広間中の視線がドロシーたちに集まっている。面白くなさそうな顔をしながらも、エドウィンですら黙ってドロシーを見つめているのだ。


「じゃあ……はい」


 勢いで、ドロシーはそう返事をした。

 ベルンハルトのことはほとんど知らない。しかしだからこそ、断る理由がないのだ。


 それに、わたくしはたった今エドウィンから婚約破棄されたわ。そんなわたくしに結婚を申し込んでくれる人なんて、きっと簡単には見つからない。


「ははっ! お似合いだな!」


 エドウィンが大笑いし、馬鹿にしたような声でドロシーの名前を呼ぶ。


「哀れだな、ドロシー。平民上がりの野蛮な男の求婚を受けるとは。性悪なお前にはぴったりの相手だろう」

「……そんな言い方……」


 言い返そうとしたが、父の立場を考えると強く言えない。エドウィンだって、それが分かっているからこそ、ここまで横柄な態度をとっているのだろう。


「そもそも俺は、お前みたいなちんちくりんが婚約者だなんて嫌だったんだ。お前みたいな女は俺に相応しくない」


 そう言いながら、エドウィンがカロリーネの腰に手を回す。悔しいけれど、美男美女の二人はお似合いだ。


 ドロシーだって、醜い見た目をしているわけじゃない。ただカロリーネに比べると、女性的魅力に欠けるのは事実である。

 要するに、超絶子供体型なのだ。そして、おまけに童顔でもある。


 エドウィンに相応しくない、なんて、数えきれないほど言われてきたわ。

 だけど、こんなに多くの人の前で、本人から言われるなんて。


「エドウィン殿」


 口を開いたのはベルンハルトだった。ベルンハルトに名前を呼ばれ、エドウィンが一歩後ろへ下がる。

 おそらく、あまりの威圧感にたじろいでしまったのだろう。


 エドウィンだって、この人と並ぶと子供みたいね。まったく体格が違うんだもの。


「なんだ? 平民上がりが、この俺に文句でもあるのか?」


 それでもなおこんなことを言うのは、怯えていると周りに思われたくないからだろう。


「……俺のことは、どう言われても別に、いいです」


 低い声だ。どこか艶があって、色っぽい声をしている。大きな声を出しているわけではないのに、ベルンハルトの声はよく通った。


「ただ、ドロシー様のことは別です」

「はあ?」

「間違いなくドロシー様は、世界で一番可愛らしいので」


 真剣な顔でそんなことを言うものだから、会場中の人々がぽかんとした。もちろん、ドロシーだって例外ではない。


 ど、どういうことなの?

 わたくしが世界一可愛いって……この人、本気で言ってるの? っていうかそもそも、なんでわたくしに求婚してきたの!?


 訳が分からない。訳が分からないのに、鼓動はどんどん速くなっていく。


「み、皆様……きょ、今日のところはこれで、そろそろお引き取り願えませんか……!」


 混沌とした状態に陥っていたパーティーは、父のこの言葉によって幕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄されたら、わたくしを「世界一可愛い」と言う辺境の魔法騎士にプロポーズされました。~なのに白い結婚って、どういうことですか!?~ 八星 こはく @kohaku__08

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画