婚約破棄されたら、わたくしを「世界一可愛い」と言う辺境の魔法騎士にプロポーズされました。~なのに白い結婚って、どういうことですか!?~

八星 こはく

第1話 婚約破棄……そしてプロポーズ!?

「お前との婚約を破棄する」


 一瞬、ドロシーは何を言われたのかを理解することができなかった。騒がしい周囲の声は聞こえているけれど、頭には入ってこない。


 ドロシーが何も言えずにいると、目の前にいるエドウィンが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 幼い頃から、ドロシーの婚約者だったケルステン公爵家の長男である。


「あ、え……えっと……」


 なにか喋らなきゃと思うのに、口から意味のある言葉が出てきてくれない。ついさっきまで、美味しい食事を楽しんでいたというのに。


 今日は、ドロシーの誕生日パーティーだ。女学校を先月卒業し、今日で18歳になった。そして、来月にはエドウィンと結婚する……はずだった。


 どういうことなの?


 先月まで毎日女学校へ通っていたから、エドウィンと顔を合わせた回数はそれほど多くない。だから、親しいというわけではない。

 けれど8歳の時に親同士が婚約を決めて以来、喧嘩をしたことだって一度もないのだ。


 それなのになんで、わたくしは今、みんなの前でこんなことを言われてるの……?


 全身から血の気が引いていく。震える手を隠すために、ぎゅっと拳を握り締めた。


「学校でのお前の様子を聞いたぞ。侯爵家の娘という立場を利用し、下級貴族の娘を散々虐げてきたらしいな」

「えっ!? わ、わたくしはそんなこと……!」

「言い訳するな。見苦しいぞ」


 決めつけるように言いきって、エドウィンは冷酷に笑った。


 本当に何が起こっているの?

 女学校ではあんまり周りに馴染めなくて、一人でいることの方が多かったくらいなのに……!


 侯爵家の娘だからこそ、周囲から媚びを売られることが多かった。それを居心地悪く感じて人を避け始めると、お高くとまっている、なんて悪口を言われた。

 挙句の果てにはダサいだの子供っぽいだのと、流行を愛する同級生たちに散々悪口を言われまくった。


 うちにはお母様がいなくて、わたくしも流行に疎いから……。


 母はドロシーが幼い時に病死したが、跡継ぎである弟が生まれていたこともあり、父は新しい妻を娶らなかった。

 そのため、どうしてもベルガー侯爵家は流行から縁遠くなってしまいがちなのだ。


「特にお前は、カロリーネの美貌に嫉妬し、彼女をいじめたらしいな」


 言いながら、エドウィンが指を鳴らした。するとどこに控えていたのか、部屋の端からフードをかぶった女が近づいてくる。

 そして、女は勢いよくフードを脱いだ。


「カロリーネ……!?」


 赤毛に金色の瞳、そしてなにより華奢でありながら豊満な身体つき。

 魔性の女、と呼ぶのが相応しい彼女は、ドロシーの同級生である。


 カロリーネは甘えるようにエドウィンの腕をぎゅっと掴み、ドロシーを見つめた。目は伏せているが、勝ち誇った顔をしているのがドロシーには分かる。


「ち、違いますわ、むしろ彼女がわたくしを……!」

「まあ! 酷いわ! 侯爵家の貴女に、男爵の娘であるわたくしが何かできるわけないのに!」


 そう叫ぶと、カロリーネは声を上げて泣き始めた。招待客の何人かが、彼女に対して同情的な言葉をかけ始める。


「エドウィン殿、これはいったい……!」


 焦って駆けてきたのは、ドロシーの父親である。今日のパーティーのために、父は国中から美味しい食事や有名な演奏家を集めてくれた。


 それも全部、ドロシーの誕生日を祝うためだ。

 なのに今、パーティーはエドウィンによってぐちゃぐちゃにされている。


「聞いていなかったのか? 貴方の娘はとんだ性悪だ。こんな娘とは結婚できない」

「エドウィン殿! そんなはずはありません! ドロシーほど優しい子はいないと、胸を張って断言できます!」


 必死に叫ぶ父を嘲笑い、エドウィンはカロリーネの手をぎゅっと握った。


「彼女が……カロリーネが、真実を教えてくれた。俺は今ここで、カロリーネとの婚約を宣言する!」


 エドウィンの声が広間中に響く。真っ先に拍手をし始めたのは、エドウィンの取り巻きたちだ。


 こんなの……公開処刑じゃない。


 招待客のほとんどは、ドロシーとカロリーネのどちらが本当のことを言っているかなんて分からないだろう。

 だからこそ彼らは皆、カロリーネを信じたふりをするはずだ。なぜなら、エドウィンに嫌われるわけにはいかないから。


 ケルステン公爵家は国内でも有数の上級貴族で、エドウィンは王家とも血縁関係がある。ここに、彼に逆らえる者は存在しない。


 エドウィンがドロシーを悪く言い続け、その隣でカロリーネが気弱な少女のふりをする。

 そんな時間が永久に続くかと思われた時、広間の扉が開いた。


 そして、黒い鎧を纏った騎士が入ってくる。


「申し訳ありません、ベルガー侯爵。遅れてしまいました!」


 日に焼けた肌に、逞しい身体つき。かなりの偉丈夫だが、温室育ちの貴族ばかりの会場ではかなり目立つ。

 会場の異様な雰囲気にも気づかないのか、騎士はすぐにドロシーの父であるベルガー侯爵のところまで走ってきた。


「侯爵? なにかあったのですか?」


 顔を真っ青にしたベルガー侯爵を見て、ようやく異変に気づいたらしい。


「たった今、その性悪娘に婚約破棄を伝えてやったところだ」


 ワイングラスを片手に、エドウィンが上機嫌に言う。するとすぐに騎士はドロシーを見つめた。


 綺麗な瞳……。


 こんな状況なのに、そんなことを考えてしまった。

 黒い髪や日に焼けた肌とは雰囲気が違う、黄金の瞳が印象的だったから。


 確かこの人、お父様の知り合いの魔法騎士の人……よね?


「そうだったのですね。……では」


 騎士は唐突にドロシーの前で跪いた。混乱してドロシーが何も言えずにいると、騎士は驚きの言葉を口にする。


「ドロシー様。俺と、結婚してくれませんか」

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