第十三話 ゴポポゴボゴボゴポゴボボ

 ルシファーは拘束されていた。

 椅子で。

 肘掛けと前脚の鎖で四肢を縛られていた。

 

「座席再臨『プロヒビティドチェア』」

「すご〜いね、何も出来〜ない」

「そうだろうそうだろう、抵抗できまい」

「お互〜い様」


 ソロネも拘束されていた。

 椅子で。


「だが、すぐにキャサリルが来てくれる、それまでの辛抱だ」

「プロヒビティドチェアってな〜に?」

「13脚の座が1つ、拘束される椅子だ。再臨させたボクも拘束されるのが難点だがな」

「さいり〜ん?」

「再臨だ。座はかつてこの大陸にあった、それを呼び戻してるから再臨」

「今〜はどこにあるの?」

「ボクが知りたいくらいさ」


 ソロネはめんどくさそうに応対する。

 対してルシファーは愉快そう。


「ねぇ〜ねぇ、しりとり〜しよ」

「しりとりか、きゃっちゃん以外には久しぶりだ。あいつは発音の研究のためにやっていたがな」


 部屋の外に耳を傾ける。

 怒号、咆哮、破壊音、爆発音、発砲音、斬撃音。

 

「苦戦しているのか、きゃっちゃん」


 死闘を繰り広げる旧友に思いを馳せる。
















 キャサリルと元帥は、あの宣言の後、様々な攻防を済ませてお互い一進一退の戦いをしていた。

 一進一退とは展開のことではなく、物理的な距離の話だった。

 『声』には射程距離がある。

 10メートル、それが言葉の射程距離。

 音を轟かせるだけならそれ以上は楽々だ。しかし、言葉の形を保てるのはそれが限界。

 命令は届かない。


 銃には射程距離がある。

 約100メートル、それが必殺の射程距離。

 

 その結果、元帥は一定の距離を保ちながら隙を疑うという戦い方を選ばざるおえない。

 巨大要塞というフィールドも、それには都合が良かった。

 さらに守護魔法の効果ももう無い。

 ケルビムがこのタイミングで気絶したので、今ではキャサリルの柔肌を、魔弾で撃ち抜くのは用意。

 それをどちらも理解した上での戦いだった。

 

「----ッ!」


 言葉にならない声が聞こえる。

 キャサリルのものだ。

 いつか元帥が声の範囲に入り込むことを期待しているのか、キャサリルは一定の時間間隔で絶叫を上げていた。

 『元帥を殺せ』とでも言っているのだろう。

 相手がいないのに命令される魔力も困ったものだろう。


「どういう策だ? キャサリル」


 元帥は唸った。

 元帥はキャサリルをしかとその目で捉え続けていた。キャサリルからは死角となる位置を常として動いている。完璧な立ち回り。

 2人の距離は20メートル。

 銃の達人と呼ばれるほどに研鑽を積んだ元帥には、楽々と言っていい、近々と言っていい。

 恋愛なら同棲だ。

 少女とおじ様の恋模様も悪くない。

 元帥はこの状況を疑問視していた。

 キャサリルの行動は、自分の居場所を相手に知らせているに等しい。そんなことをする危険性は重々承知であるはず、その結果がこの完璧な立ち回りでもあった。

 まるで遠くにいる恋人に会いたいと叫ぶように。

 

「罠か? 策か?」


 考えられる時間は少ない。いつ相手の援軍が来るのか、元帥には予測できないのだから。

 少女はベストポイントに足を踏み入れた。

 元帥は撃った。

 魔弾は美しい軌道を描いて脳天へと着地する----その寸前、少女は言葉を吐く。


「魔弾よ帰れ」


 元帥の右肩が軽く抉れた。

 逆再生を見せられているのかと思うほど、魔弾は全く同じ軌道を通って回帰した。

 回避したが、僅かに間に合わず負傷。

 一体、どうやって?

 そんなことを考える暇もなく逃走。

 位置が把握されている状況は非常に不味い。


「ちっ、軽傷か----」

 

 キャサリルは悪態を吐く。

 どうやって位置を把握したのか、それを元帥が理解することはこの戦いにおいてはもう無い。

 簡単に言えばソナー。

 人間ソナー。

 絶叫することで階層全体に音を響かせ、その反響を、エルフ特有の長い耳で聞き取ったのだ。

 数百年で身につけたキャサリルの隠し芸。

 それがまたもや炸裂。

 位置さえ特定すれば後はもう誘い出すだけ、わざとベストポジションに踏み込み、狙撃のタイミングを操作した。

 元帥の確実性を重視する性格が災いする。


「今ので決めたかっのじゃがな」


 キャサリルにも時間はない。

 早くルシファーを処理しなければ、どんな惨事が巻き起こされるか分かったものではない。

 キャサリルは最終手段を採る。

 限界まで肺に酸素を溜め込み、吐き出した。


「浸水させろ----ッ!」


 周囲半径10メートルから大量の水が生成される。

 階層がどんどん水で埋まっていく、下の階層にまで流れていく。

 またも深呼吸を行い、水中に潜るキャサリル。

 水を吸って重くなった服を脱ぎ捨て、泳ぎ出す。下にはなんと競泳水着。バトルフィールドが要塞であることから、こうなる可能性を考慮していたのだ。

 かつて湖の主にも勝利した遊泳技術と息止め技術が遺憾無く発揮される。

 しかし、水中に元帥を引き込んだのはそれだけの理由ではない。

 水中には『声』が伝わりやすいという性質がある。その差は4倍。めんつゆ級。

 しかし、吐き出せるのは1発だけ、無駄撃ちはできない、酸素たま切れは溺死を意味する。

 だがそれが、キャサリルに熊を目の前にしたマタギが如き驚異の集中力を与えた。

 背水の陣どころじゃあない。


『バーン』


 遠くからでもよく響く銃声。

 元帥の魔弾の発砲音。

 当てる気ではない発砲、誘っているのだ。

 元帥も望んでいる、短期決戦を。

 生死不明では終われない、死闘の果てを。

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