第十四話 策は弄せど溺れるな

 オリハル国軍元帥。

 いや、もう、いつまでも元帥というのはあれなので、彼の本名、プラウド・マーシャルと呼ぼう。

 プラウドは憂いていた。 

 国の未来を。

 オリハル国は豊富な鉱山資源によって繁栄を成し、大陸中を見渡そうと希有な魔科学の発展が進んでいた。

 が、予測から鉱山資源はあと100年もしないうちに枯渇することが決定していた。

 そうなればオリハル国には何もなくなる。繁栄も、発展も、栄光も、明日さえ生きることが出来なくなる。

 プラウドは考えた、奪わなければと。

 土地を、人間を、技術を、他の国から。

 覚悟を決めたのは13の時だったという。彼は軍部を成り上がり、魔科学を用いた兵器の強化を促した。

 やがてオリハルコンスライムを生み出した。

 ついに母国を救えると思った。弱く、貧しく、攻めやすく、御し易い国、セントラル王国に目をつけた。

 キャサリルはその頃もいたが、オリハルスライムには敵わないと考えた。

 しかし、イレギュラーが現れた。

 アルナ・カーベルト、世界最強の魔法使い。

 大陸の三分の一の領土がセントラル王国となるまで、という脅迫を大陸中に向けた。

 その要求は果たされた。

 アルナに対抗しうる者のいる国とは同盟を結び、大陸から国同士の戦争が激減した。

 アルナ宣言と後に呼ばれたそれは、オリハル国には絶望でしかなかった、戦争をした場合、調和を乱したとされ潰されるという暗黙の了解が生まれていた。

 プラウドは悩んだ、属国するか、戦争をするか、そしてどちらも選ばずに十数年が経った。

 チャンスが来た。

 アルナがセントラル王国を見捨てた。

 だから、戦争を始めた。

 しかし、またもやイレギュラーが現れた。

 ピーコ、もしくは悪魔、やがてルシファー。

 プラウドは考えた、どうにかこの悪魔を従えることが出来ないかと、そうすれば、オリハル国が第二のセントラル王国となれると。

 失敗だったが。

 プラウドは思った、圧倒的な力が欲しいと、それこそが母国を救う唯一のものだと。











 


 走馬灯に呑まれそうだった意識を、無理矢理引っ張り上げた。

 プラウドは水中で床に立っている。

 プラウドは泳げない。カナヅチではなく、泳いだことがない、川での水遊びなら経験はあったが、水中での戦闘など想定していない。

 内陸国なのだから当たり前だ。

 ではどうやって、水中で地に足つけて銃を構えることが出来るのか。

 答えは単純、浮くものがないのだ。

 プラウドの肉体に脂肪は無く、プラウドの肺に酸素はもう無い。

 彼の後ろに道はない、行き止まり。

 キャサリルを待ち構えている。

 逃げ道はない、キャサリルが言葉を紡ぐ前に撃ち殺す気であった。

 脳が握り潰されかのような、肺は裏返りそうになるほど酸素を求め、目の端は黒く染まり、霞んでいた。

 やがて曲がり角から、少女が現れる。

 少女が元帥を見つけるよりも先、魔弾を発つ。

 魔弾は少女の脇の間を通って彼方へ行く。  

 外した。

 外してしまった。

 キャサリルに気づかれた。

 逃げ場はない、打ち消すこともできない、声の有効範囲内に包まれている。

 キャサリルはプラウドをしかと見つめ、そして叫ぶ、必殺の言葉を----


「----ッ!」


 言葉は届かなかった。

 何を言ったのかも分からなかった。

 水中では声が伝わりやすい、なのに。

 プラウドはもう声を出せない、なのに。

 声は全て、

 キャサリルが後ろに流されてゆく、『波』ができていた、激しい波が。キャサリルにとっては向かい波、プラウドにとっては追い波。

 『波』は全てを押し流す。

 音でさえも例外ではない。

 強風で声が聞き取り辛くなるように、大波は声までをも押し流していった。

 

『何故だ!? 波は何故突然現れた!?』 

『教えてやろう。だが、勝負としてならこの戦い、お前の勝ちだ、誇れ----』


 声は出ないが、口は動かせる、2人は読唇術で話しだした。


『お前がこの要塞に来た時、爆発が起こったな、あれは我が国の小型オリハルスライムが大量に保管されていた部屋だったのだ。そこに突っ込んで来たから爆発したのだ』

『……まさか』

『運搬途中で爆発しなかったオリハルスライムが、どういう経緯かは分からないが、流れてきたのだ、ここに、この戦いに』

。当てていたんだ、わしの背後にいたスライムに』


 キャサリルは振り向く。

 そこには、大穴が空いた壁があった。

 滝のように外へと水が流れていく。

 お風呂から栓を抜かれて、逃れられる湯はないように。

 浸水は終わり、呼吸も可能になる。一石二鳥の作戦。生存と打倒の両立、それを成した。

 やがてキャサリルは外へ投げ出されるだろう。

 その前にと、プラウドを見る。


『お前のような気高き戦士は、わしの長き人生でも指で数えれるほどしかいない。お前こそ誇れ、これは運ではなく、お前が引き寄せた勝利だ』

『私など、プライドのせいでいつまでも属国に反対し続けた愚かな老害だ。母国のまま栄えて欲しいと望み、国民を蔑ろにしようとしたな----』


 キャサリルは波に流されていった。

 残ったのは、負傷した壮年の男。

 たが、まだ老兵ではない、去ることは出来ない。


「討たなければ、あの悪魔を」


 呼吸も安定しないまま、彼はまた歩き始めた。水を含んだ軍服が重い。


「違う、これは水ではない、国だ。私は国を背負っている、故に、この軍服は重い----何も背負っていない者には分からない重さだ」


 脳に酸素が回っていないのか、幻聴が聞こえているようだった。

 それでも歩き続ける。

 階段へ辿り着く。

 

「誰か、誰か応援を! 出口前にすぐ!」


 階段にあった伝声管から、男の声がする。

 プラウドは助けを求める仲間に、今すぐ行くと伝えるため、伝声管の前に立つ。


「すぐに----」

「元帥を眠らせろ」


 それは少女の声だった。

 プラウドの意識は、闇に飲まれていく。

 キャサリルVSプラウドの決着は、安らかな眠りにて終わった。














 要塞出口前、ではなく、要塞入口に、キャサリルはいた。中にいるか、外にいるかの差異だったが。

 キャサリルは外に流し出された後、入口へ向かった。入口の伝声管に向け、軍人風成人男性の声で助けを求めながら、プラウドを待ち構えていた。

 

「……本当、誇っていいよお前----」


 キャサリルは信じていたのだ。

 プラウドがまた歩き出すと、そしてルシファーを討ちに向かうと、その途中で救援を求められたら、確実に受けてしまうと。

 プラウドの戦士としての気高さを信じていたのだ。

 『元帥を眠らせろ』と最後の最後に言ったのは、この戦いで生まれた友情によるものだろう。

 お互いに国を思う者同士、通じるものがあったのだ。

 

「それは違う。というか、ずっと聞こえていなかっただけで、わしは『殺せ』と言ったことは一度としてない、あの男には敗戦処理をして貰うつもりじゃったからな----トップが死んでは責任問題も面倒じゃ、あやつには死ぬ気で頑張って貰おうかのぉ」


 キャサリルもまた脳に酸素が回っていないせいで、幻聴を聞いたようだ。どんな内容だったのだろう。


「幻聴ではな----」

「キャサリル!」

 

 イヴが駆け寄ってくる。


「イヴ様ご無事でしたか」

「ええ、あの元帥さんは?」

「安らかに眠っております、いえ、死んではいません」


 キャサリルは微笑する。

 安堵の笑みだ。


「それとイヴ様、この度はどんなに謝ろうと済まされないわしの失敗によってこんなことになってしまい申し訳ございません」

「失敗?」

「イヴ様からピーコが模倣魔法使いであることは分かっていたというのに」

「ああ、なるほど。でもしょうがないわよ、まさか反逆するとは私だって思いもしなかったわ」

「事態はあやつのせいで悪化----」

「そうでもないよ」

「はい?」


 さしものキャサリルも意味が分からず困惑する。

 

「あの子が----今はルシファーと名乗っているんだけど、ルシファーちゃんが何もしなくても戦争は起こったし、ルシファーちゃんがいなきゃスライムの件だってどうしようも無かったわ」

「……まあ、そう言われればそうですが」

「私ね、あの子は第二のアルナじゃないかと思うのよ」

「第二のアルナ?」

「そう、ルシファーちゃんは、最初に会ったときのアルナにそっくり、強すぎる力に溺れて振り回されてたアルナに」


 イヴは優しく笑う。

 女神のような、聖母のような、なんであろうと慈愛が人の形をしたような笑み。


「そう言えばソロネさんわ? 一緒じゃないの?」

「忘れてた」

「ちょっとー」


 2人は思いもしていなかった。

 悪魔がまた1人、殺めたことに----

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る