第十二話 デバックの大変さを知らないのか

 巨大要塞はてんてこ舞いだった。

 張り巡らされた伝声管で情報が飛び交う。


「爆発したぞ!」「悪魔はどこだ!?」「兵器保管室に何か突っ込んでくるのが見えた!」「捕虜もいない!?」「屋上から8階までがぶっ壊れてる!」「元帥と悪魔が出口前で戦ってる!」「吹き抜けだ!」「どっちに行けばいい!?」「侵入者がいる!」「少女と!」「デカ女と!」「露出狂美女と!」「服のセンスが良い、椅子に座ったチャーミングな女性です!」「俺そっちに行く!」


 てんやわんや。

 要塞に埋まったノアズアークの上、キャサリル、セラフィム、ケルビム、椅子に座っているソロネがいた。


「良かったなセラフィム。モテモテだぞ」

「う、嬉しい」

「嬉しいんだ……」

「きゃっちゃん。もしかして悪魔って」

「おそらくピーコだ」

「軍人たちはどうしますか?」

「ケルビムとセラフィムが相手しろ、わしとソロネがピーコを狙う。手分けだ」


 3人が「了解」と短く言う。

 

「餞別だ。恋愛魔法『ドーパミンアップ』」

「それじゃ不穏ですよ。守護魔法『エターナルエンジェルウィング』」


 肉体強化と最高の防御が2人につく。

 ビフォーが子供だろうが女だろうが関係なく、アフターはエネルギッシュな力持ちになる。

 ムキムキになるわけではないので安心して欲しい。未だ可愛い少女とお嬢さんだ。


「座席再臨『レボリューションチェア』」


 車椅子が出てきた。

 アンティークな椅子から座り変える。

 軍人チームと悪魔チームは背を向け合い。


「ここは任せて先に行け!」

「お前の死は無駄にしない!」


 仲良いなこいつら。

 2人の背が見えなくなる

 軍人たちが続々と駆けつけてきた。


「頭のおかしい格好をした奴らめ!」

「頭かち割って本当に頭がおかしいことを科学的に証明してやるぅ!」

 

「百人見合いだ、かかって来い!」

「今すぐ投降すれば切腹させてあげます!」


 2人がまたも死にそうな台詞を言ってるとき。

 出口へ向かうキャサリルとソロネ。

 出口がどこか分からないので手当たり次第に走り回っていた。


「なんか懐かしいな、きゃっちゃん」

「そうじゃな、ねろねろ」

「昔から一緒にいると、こういうことばっかあったよなぁ」

「ねろねろが闇堕ちして、世界征服しようとしてたのを食い止めたのが出会いだったよのう」

「お、おいっ、若気の至りは忘れてくれよ」

「椅子に跪けとか言ってたのー」

「もーちょっとーやめろよー」


 2人の世界を作っていた。

 数十人の軍人をきゃっきゃっうふふと話しながら伸していた。

 やがて出口前に辿り着く。


「どけ小娘!」

「ダメですから! ダメですから!」

「ぶち〜殺したい〜」


 元帥とルシファーの間に挟まるイヴ。

 状況から察するに、元帥とルシファーが再び殺し合いを始めるのを止めているらしい。

 ルシファーは渋々我慢して、元帥は殺そうとしながらも勝てる隙を探しているようだった。


「イヴ様!」

「あ、キャサリルさん、良いところに来ましたね、この2人を止めてください!」

「分かりました、息の根をですね!」

「え?」


 キャサリルが元帥にドロップキック。

 ソロネが車椅子に付いていたジェットエンジンでルシファーに突撃。

 どっかに飛んで行く人たちに置いてかれたイヴ。

 どこからか叫び声、破壊音、発砲音、エトセトラエトセトラが聞こえる。


「……あ、これ、出来ることないな、役立たずは安全な場所に逃げるに限るからね。殺し合いを止めようとして間に入り込んで死んじゃうなんていう、主人公覚醒の礎みたいになっちゃうからね」

 

 ドライな事を言いながら、巨大要塞を後にする。

 数十分後に要塞は崩壊するので正しい判断だった。














 巨大要塞内、ノアズアークの船上。

 セラフィム&ケルビムVSオリハル国軍人共


「恋愛魔法『ラヴ&ピース』」


 襲いかかる軍人たちにかける。

 しかし、何故か効かない。


「俺たちの愛国心舐めんじゃあねえ!」「あと妻いるから浮気になっちゃう!」「僕はロリコンでぇええええす!」


 恋愛魔法は幻覚系であり精神系、強靭な精神力があればある程度までは耐えられる。

 

「中々見込みのある男たちじゃないか! ならばスキンシップしかあるまい!」


 黄金の鎧を脱ぎ捨て、大剣を放り投げた。

 落ちたその2つが床にめり込む。

 推定10トン、化け物だ。

 

「恋愛魔法『スキンシップノック』」


 触れ合うことで惚れさせるスキンシップを、えげつないぐらい強力にする魔法。

 つまり、ぶん殴って惚れさせる暴力女キャラ。


「おらぁ! 気ぃ失うか、惚れるかだ!」

「ぶちのめすんだよ、てめえを!」


 銃剣を突き刺そうとするが、肌なのに歯が立たない。魔弾が当たっても跳ね返される。ケルビムの守護魔法はすごい。

 一方的にぶん殴る。


「ぐはぁ! 食欲が湧かない!」「ゲホォ! 脳裏から離れない!」「ひでぶ! 好きだぁ!」


 言葉の掛け合いより、筋肉の触れ合い。

 どんどんと惚れさせられる軍人たち、ドーパミンに支配されたマリオネットは、セラフィムを守る親衛隊と化す。

 数万の軍勢に1人で挑み、ぶん殴って親衛隊を増やすことで戦況をひっくり返す最悪の恋将軍とはセラフィムのこと。


「相も変わらず滅茶苦茶な人です」


 ノアズアークの見張り台から戦いを見下ろすケルビム。彼女も守護魔法で完全防御。見張り台には扉があり、船は壊せないので安心。

 優雅なティータイムが可能だ。


「お前ら、これ持ってデカ女の周りを走れ! 自分たちで絡まないようにな!」

「ん?」

 

 軍人たちがどこからか、いくつも鎖を持ってきた。

 それを皆んなに配って、二人一組で端を持ち合い、言う通りセラフィムの周りを走りだす。すると当然、鎖がセラフィムに巻き付く。


「こんなもの……なっ!?」

「気づいたか! これは我が国が誇る魔科学によって作られた反魔の鎖だ!」


 反魔によって魔法の効果が切れ始め、親衛隊が正気を取り戻す。


「ケルビム、全然守護出来てないぞ!」

「それは攻撃ではなく拘束です、守護の預かり知らぬところです、はい」

「先に言っとけ! 無敵だと思っちゃうだろ!」

「魔法無しで、精一杯頑張ってください」

「流石に無理だぞ!」

「では切腹ですね、ついに来ましたかこのときが」

「私は恋人と一緒に戦場で添い遂げたいの!」

「そんなんだから、いつまで経っても結婚できないんですよ行く遅れデカ女さん」


 丁寧語を使っているだけですごい悪口。

 

「あと、反魔で私の守護魔法も切れてます」

「嫁に行かないまま死んでたまるかぁ!」

 

 一歩踏み出す。

 数十人が鎖ごと抑えていながら、それでも動き出す巨体。


「モテモテで結構嬉しいんだよ! 文字通り引っ張りだこだ!」

「お断りだお前なんかぁああああ!」


 四方八方の綱引きが始まる。

 しかし、いくら2メートル以上の巨躯を持つセラフィムでも、この数相手に魔法なしでは勝ち目がなかった。

 それを早々に理解し、ケルビムが翼から『黒い粉』を取り出す。


「拘束は守護範囲外ですが、自爆は守護対象なんですよね」


 上から『黒い粉』を撒く。

 誰もそれに気づかない。

 

「遠方から取り寄せた爆発する粉です。守護魔法をかけています。絶対防御と絶対自爆、矛盾するこれらが実際に起こるとどうなると思います?」


 空を舞う火薬に向かって火をつけたマッチを投げ入れる。

 火薬は勿論爆発する。しかし守護魔法がそれを許さない、だが爆発しないということはそれはもう火薬としてのルールに反する。

 それは世界の禁忌、バグであった。


「守護理外『エンジェルブラックホール』」


 観測不能。

 解析不能。

 理解不能。

 不可能。

 非存在。

 再起動完了。


 巨大要塞が4階まで消失していた。

 消失というより粉々のさらさらの砂になっていたと言った方が正しい。

 後に残っているのは気絶している軍人たちとセラフィム、ケルビムだけだった。

 何が起こったかは誰も分からない。

 これを技としているケルビムもあれだが、この矛盾が修正されるのは一体いつなのだろう。 















 三階。

 元帥VSキャサリル。

 激しい攻防が繰り広げられていた。

 魔弾を放つ元帥、わざと喰らうキャサリル。

 元帥の魔弾に、守護魔法を超える力は無かった。

 次は剣を突き刺す。

 やはり通じない。


「なるほど。ホーリー王国のケルビムか、ここまでとはな」

「勘か? 経験則か? よく分かったな若造」

「見た目に合わない喋り方、尖った耳、貴様はキャサリルだな----」

「子供相手はやりにくいか? んなわけねぇよなぁ、さっきピーコを殺そうとしてたもんなぁ」

「先程の悪魔のことか、あれは子供などではない。当然、貴様もだ!」


 置かれていた壺を投げ当てる。

 直撃したが、これもまたノーダメージ。

 しかし、真の目的は中身にあった。

 濃い蜂蜜色のヌルヌル液。


「我が国が誇る鉱物油脂だ」

「こんな少女にヌルヌル液とは、このすけべ!」


 効かないと分かっていながら銃剣を構えて走り出す元帥。安い挑発に乗ったのだろうか。

 違った。

 剣先が床を走る。

 刃と鉄製床。

 散るは火花。

 火花と鉱物油脂。

 上がるは火の手。

 少女の火柱が顕現する。

 キャサリルには守護魔法がある。

 当然、火に対しても有効だ。

 だが、火は酸素を喰らい尽くす。

 酸素不足を引き起こす。

 ケルビムに言わせれば、酸素不足は守護の預かり知らぬところだった。


「さぁ、命じるがよい、キャサリルよ」


 元帥が煽る。

 キャサリルには特殊な『声』がある。

 『火を消せ』と言えば、空気中の魔力は言う通り火消しをするだろう。

 だから、キャサリルはやはり言うのだ。


「火を」

「黙れぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」


 咆哮。

 もしくは、喝。

 それに類似する何かである。

 それは良いとして、もう一度説明しよう。

 キャサリルの『声』は特殊である、声とは振動、空気の震え。

 空気の震えならば、それ以上の振動をぶつけて打ち消せばいい。

 魔力に命令は届かない。


「元」

「シャぁああああラぁああああああップぅうううううううううううううう」


 シャラップ。

 黙れの意。

 キャサリルは思った。


『これヤバくね』


 じわじわと死が擦り寄ってくる。溺れているかのような苦しさ。

 火の中なので真逆かも知れないが。

 死が近づくほど、焦って、考えられなくなる。


「貴様の声は最強に最も近いだろう。だからこそ貴様は慢心した。魔力も少なく、魔法もまともに使えないような私が相手だったことも、それに拍車を掛けたのだろうな」

「……」


 黙るキャサリル。

 

「私も慢心はしない。貴様が死んだと確信できるまで私はお前の側にいる」


 キャサリルの口は一向に動かない。

 元帥の言う通りだった。

 キャサリルはオリハル国を舐めいていたのだ。少数精鋭だとか言いながらも、たった4人で要塞を制圧できると油断していた。

 オリハル国は彼らの想像をはるかに超えていた。

 魔法が使えずとも、魔力さえあれば魔弾が打てる魔弾発射機や、オリハルコンスライム、そして良く訓練された軍隊。

 今までの大陸の戦争は、強力な魔法使いが何人居るかで決まっていると言っても過言ではなかった。

 しかし、彼らの兵器はそれを変えた、兵器さえあれば誰でも対等に強くなれる。

 人が戦わずともいい。

 世界の戦争に変革を起こしていた。

 だからセラフィムとケルビムは軍人たちに追い込まれた、そして相打ちに等しい結果を選ばざるおえなかった。

 彼らは強かった。

 だが、それでもキャサリルは負ける訳にはいかなかった。

 国の敵、世界の敵、全てを倒して、いつか平和な世界を作ることを託されたから。

 初代国王から託された思いのため。

 数百年を無駄に生きている訳ではなかった。

 

「火を消せ」

「なっ!?」


 口は動いていなかった。

 目の前で見ていた元帥ですら分からなかった。

 神様でさえ分からなかった。

 

「どう言うことだ?」

「まあ、こんな下らない技術を知ってる訳ないからのぉ」


 尚も口は動いていない。

 腹話術。

 口を動かさないで声を出す技術。

 娯楽として使い始められたのは西暦1600年代。それ以前にもあったが、魔法や呪いの類だと思われていた。

 大陸では娯楽がない訳ではないが、腹話術の認知度はゼロに等しい、物好きが話に聞いたことがある程度。

 キャサリルは腹話術を独学で身につけた。

 誰に教わった訳でも、聞いた訳でもない、数百年、誰もいない部屋で奇声を上げ続け、いつか来る危機に備えていた隠し芸。

 ラップ、韻、ダジャレ、歌、高音、低音、デスボイス、ミックスボイス、アニメ声、モスキート音、音声催眠、森羅万象の声真似、新しい言語体系、『声』の技術を星の数ほど習得していた。

 弟子とラップバトルをして練習もした。

 元帥は錯覚する、歴史の教科書が少女の形をしているのかと、はたまた古代の遺跡が語りかけてきているのかと。

 思い知った、目の前にいるのは歴史だと。


「あれ、声が、遅れて、聞こえるよ----

なんつってね」

「----侮っていたのは私もか、年長者は敬わなくてはな」


 両者、酸素を限界まで吸い上げる。

 酸素と二酸化炭素。

 恐怖と勇気。

 老獪と狡猾。

 言葉と咆哮。

 技術と器物。

 魔法と科学。

 使命と覚悟。

 銃と剣。

 音と声。

 師と帥。

 生と殺。

 勝と敗。

 やがて、決着は、勝者の歴史となる。


「ぶち殺す!」


 第一声が、両者ともそれだった。

 


 

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