第十一話 蝶の羽ばたきと爆発は多分同義語
「いや違うんじゃが」
と言ったのはキャサリル。
何に対して言ったのかというと、
『つまり、アルナをぶち殺すと言うわけだ』
である。
つまり、アルナをぶち殺さないと言うわけだ。
「……え、違うの?」
戸惑った風に聞くのはソロネ。
椅子に座っている。
セラフィムもケルビムも首を傾げていた。
「いや、あながち間違っていないのかも」
「はぁ? どういうことだよきゃっちゃん」
「きゃっちゃん!?」
驚きのあまり声が裏返るセラフィム。
「ソロネ殿。キャサリルのことをきゃっちゃんと呼んだのか?」
「それがどうしたんだよ?」
「どうしたと言われれば返す言葉はないが、なんと言うか、あまりにも馴れ馴れしいというか」
「そりゃ数百年来の友人だからな」
「……エルフでもないのに長生き過ぎる」
「ふふふ、お前らとは座ってる椅子が違うんだよ」
意味の分からない戯言を気持ち悪く自信ありげにニヤけながら言う。
キャサリルが咳を鳴らし、
「話を戻そう」
全員の表情が引き締まる。
「ピーコと呼ばれる弟子がいたんじゃが、そいつの模倣魔法でアルナの神権をコピーしたやつがいる」
「なるほど。確かにそれは恐ろしいです。けど、アルナの真に恐ろしいところは強大な魔力量であるはず、ただ神権を模倣しただけではアルナに匹敵するとは言えません」
セラフィムとソロネもそれに頷く。
「本来ならそうだ。だが、ピーコは今、オリハル国にいる。そう宣戦布告された。巨大スライムの件は説明したな、そのスライムが溜めていた魔力を全て吸収したという話じゃ」
「ボクの計算だと、それの合計は大陸の三分の一を焦土にできるほどの量だ。アルナの魔力量よりも多い」
「なんと、それはつまり、アルナよりも強敵ということではないか」
「ピーコはまだ子供。隙は多いはずじゃ」
「子供ゆえの無邪気な凶悪さもあります。ご油断はなさらぬように」
「分かっておる」
場の空気が重くなる。
そこでセラフィムが問う。
「だがキャサリル、此度は我々が想定していたケースとは違う」
「と言うと?」
「アルナがいる。どんなにピーコとやらが世界最強だろうと、こちらにも世界最強がいる、加えてあたし達もだ。絶望的ではない」
「アルナは今いない」
「はぁ!?」
またもや驚愕。
これには他2人も同じ。
「いやな、巨大スライムの消失が連絡があったとき、『じゃあイヴ探そう!』というアルナをわしが『バカ弟子、まだ安心はできない』といなすと『もういいよ1人で探す!』と言って出て行った」
「ガキか!?」
「ガキなんじゃよ、アルナは」
窓の外を見るキャサリル。
はるか遠くを見ていた。
「あいつにはイヴしかいないんじゃ。イヴだけがアルナを救おうとしていた。それに比べわしらは頼ったり危険視するばかりで何もあいつにしてやれなかった。今思えば、国王があんなことをせずとも、いつかはこの国を出ていたのかもな」
少女の見た目とは裏腹に、哀愁漂う小さな背中。
数百年の歴史を感じる。
「捜索に回す人員も惜しい。ピーコがいつ侵攻してくるかも分からんのじゃ、帰ってくるかも分からないやつを待っていられる時間はない」
遠くを見据えるのを止め、近くの3人に目を向ける。
「少数精鋭でオリハル国に突っ込む。場所はオリハル国国境付近巨大要塞! 『舟』を作るぞ!」
元スラム街の広場。
そこには銅像が2つ建っていた。
1つは、熊や狼を混ぜたみたいなデザインの凶悪な化け物。もう1つは、女神みたいに美しくて優しそうな幼い王女様。
黒いフードを纏ったアルナは、それを懐かしむような目で見つめていた。
「これはイヴ王女とアルナ様なんですよ」
車椅子に乗った老人が、そう話しかけてきた。
老人には片足が無かった。
「驚かれるんですよ、遠くから来た人にはね。アルナ様はこの国の英雄ですので、こんな風に造られた像は他にありませんから」
老人は化け物の銅像を指差す。
「もちろん、この街の者たちがアルナ様を嫌っているわけではありません。これは、十数年前の当時に建てられたものなのです」
「……」
アルナは黙って話を聞く。
老人は懐かしそうに、されどつい最近のことのように話す。
「まだアルナ様が10歳ぐらいの頃、この街がスラムだった頃の話です。アルナ様は当時この国で大暴れしており、それはそれは恐れられていました。こいつは嫌いだからと言って、人を傷つけ、こいつは好きだからと言って、人から奪い、自分は最強だからと言って、自分勝手に----アルナ様がこのスラムに住んでいたとき、まだ幼かったイヴ王女が現れました」
老人の話と共に、アルナの失われた記憶が蘇る。
キャサリルには魔力がない。
魔力を持たない者がたまに生まれてくることがある。だが、魔力がなくても生きてはいけるもので、そこまで問題視されるようなものではなかった。
しかし、生まれつき魔力量の高いエルフでは話が違った、魔力や魔法において優れていることを誇りにしているエルフには、魔力を持たないエルフは唾棄すべき存在だった。
キャサリルはエルフの里から追放された。
そこをいい感じに説得して自分の従者にしたのが、セントラル王国を造った初代国王だった。
やがて、キャサリルは自分の特殊な力に気づく。
それは『声』だ。
キャサリルの声は魔力を操る。
原理は未だ不明だが、キャサリルの声の振動が魔力に変化をもたらすと推測された。
魔力はどこにでもある。
キャサリルが命じれば、魔力はそれを成す。
つまり、キャサリルは世界中の魔力を保有しているとも言える。
故に元世界最強。
キャサリルは自分の声を研究し、魔法に『名前』をつけるという革命を起こした。その技術は、エルフ以外の種族にも魔法を使いやすくしたという。
キャサリル曰く、
『この世界では名前が大きな力を持つ』
という。
そんなキャサリルが作る舟とはなんなのか。
「舟を作るぞ! 『ノアの方舟』じゃ!」
名はキャサリルが
帆はケルビムが
竜骨はセラフィムが。
その他はソロネが。
出来上がるはノアの方舟だ。
「超融合魔法『ノアズアーク』 発進!」
ノアズアークは空を飛ぶ。
飛ぶと言っても、原理としては飛行機と同じなので超高速移動だった。
そしてその高速移動に耐えることができるのも守護魔法の帆のおかげである。
帆船の形にする必要はなかったが、形から入るのが大事なのだと、後にキャサリルは語る。
「もうすぐで巨大要塞に突っ込むぞ!」
「新たな恋があるかもしれない!」
「これが失敗すれば切腹ですね!」
「高いとこ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
ノアズアークが巨大要塞に突っ込んだ。
んで爆発した。
ドーンと。
「いやー重いなこれ、何が入ってんの?」
「はぁ? お前それ知らねぇで運んでんたの?」
「なんだってんだよ?」
「オリハルコンスライムだよ」
「あんなデカいのがこの箱に入るわけないだろ?」
「いや小型のやつだよ」
「なんで要るんだよそんなの?」
「さぁ」
「で、ここが保管室か?」
「そうだ」
「危なくねぇかこんなに集めて」
「危ねえって何が?」
「もしここに超高速移動で空を飛んでる帆船が突っ込んで来たらどうする」
「んなことあるわけねぇだろ」
「まあそうだよな」
「あれ、窓の外に何か」
「こっちに近づいてきてるぞ。舟みたいな形だ」
「どんどん大きくなってる」
「4人ぐらい乗ってる」
「ここに来るまでに2秒ってとこだな」
「そんなこと言ってるうちに2秒経っち----」
んで爆発した。
ドーンと。
この爆発音によって、ルシファーの頭はぐちゃぐちゃになるので、間接的に先制攻撃となった。
「いてて----いや痛くないな」
「無事か皆のもの!」
「ふふふ、切腹はお預けですね」
「怖かったよう、ボク怖かったよう」
オリハル国軍VS対世界最強同盟。
始まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます