第十話 幼いまま、弱いまま、なってしまった

 オリハル国国境付近巨大要塞。

 イヴとルシファーは要塞のほぼ中央の一室に閉じ込められていた。


「むー、イヴお姉〜ちゃんが邪魔しなかった〜ら、みんなやっつけれたの〜に」

「ダメって言ってるでしょルシファーちゃん」

「そのせ〜いで、こんなのつけられちゃったし〜」


 そう言って右手につけられた禍々しい光を放つ腕輪を見せる。

 反魔の腕輪。

 同じ反魔の性質を持つが、アルナにつけられたものに比べればとても弱いものだった。

 オリハル国の魔科学によって作られた人工の反魔。


「ルシファーちゃん、外せるのそれ?」

「わっかん〜ない。けどちょっとな〜ら魔法使え〜るよ」

「そっか、あのときはどうやって壊したんだろう」

「あ〜のとき?」

「私の好きな人がね、ちょっと前にそれをつけられたんだけど、壊せたんだよね。ほら見て、これがその時の、粉々だけど持ち歩いてるんだ」

「すごいね〜」


 パチパチと拍手する。

 保育園じみている。


「騙されてつけちゃったんだけど、渡されたときもあからさまに禍々しく光ってたんだよね。まあ大丈夫だろうってほっといた私も私なんだけど、つけてからもなんら違和感を感じずに生活してたのは流石におかしいよね」

「頭〜おかしいよその人〜。ルシファーはすごい気持ち〜悪いのに」

「そうなのよ! その人おかしいの! 半日で、魔法なしで、広い平原を耕したの! 後のもう半日で大木を切って、丸太小屋を1人で建てたの!」

「魔法なし〜は不可能だよ」

「魔法使いって呼ばれてるけどステゴロでも普通に強いし、一度見たり聞いたりしたことは大体できるようになるし、ポテンシャルがえげつないほど高いの。まあそのせいで子供っぽいけど」


 ちなみにルシファーはイヴを見たことがあるが、忘れている。子供の興味は移りが早い。

 ものの数秒で仲良くもなる。

 

「ルシファーた〜ちこれからどうなる〜のかな」

「私は捕虜だから殺されないとは思うけど、ルシファーちゃんは戦争に利用されるかも」

「自由じゃない〜のは嫌なの」

「大丈夫、そんなことは私がさせないから」

「イ〜ヴお姉ちゃん大好き」

「イ〜ヴじゃないよ、イヴだよ。----この子イントネーションがイかれてる」

「な〜にか言っ〜た?」

「なんにもー」


 仲良しこよし。

 

「もう脱走しちゃおっかなー、なんちゃって」

「ぐ〜どアイディ〜アだよ!」

「え?」


 ルシファーは扉の前まで向かい。


「せいっ」


 掛け声とともに鉄の扉をぶん殴って吹っ飛ばす。

 扉の前に立っていた軍人が気絶してしまっていた。


「……魔法はちょっとしか使えないんじゃ」

「そうだ〜よ。ワープもビームもできないも〜ん」

「……なるほど。アルナと最初に会ったときを思い出しちゃうなあ」


 しみじみと思い出に浸ることもできず、部屋を出ていったルシファーを追いかける。















 ところ変わって同時刻のセントラル王国西部のとある元スラム街。

 黒いフードを纏った男がいた。


「久しぶりだな、ここに来るのも」


 男は呟く。


 トボトボと街道を歩く。

 俯き、綺麗なレンガの羅列が流れていくのをただ見る。


「この街も変わったな」


 男は追憶する。

 少女が少年にあげた言葉を。


『違うよ、最強って言うのは----』


 しかし、肝心のところが思い出せない。

 延々に辿り着けない先の言葉。


「イヴ。お前はあの時、なんで言ったんだ?」


 フードを下ろした男の顔は、アルナだった。













「止まれぇええええ!」

「やだ〜」

「待って、ちょっと、待ってぇ」


 要塞を縦横無尽に駆け回るルシファー。

 捕えようと追い回す軍人たち。

 全然追いつけないイヴ。


「もう遅い〜よイヴお姉ちゃん〜」

「ぜぇ、ぜぇ、はぁはぁはっ」

「運動した〜ら?」

「体力がないわけじゃなくて、追っかけられてるのが問題でぇ」

「そっか〜、じゃあ〜もう殺っちゃう?」

「え?」


 後ろから追いかけてくる軍人たちに手を向け、魔弾を放っ----


「めッッッッッッッッッッッッッッ」

「また〜?」

「人は基本的に殺しちゃダメなの!」

「なんで〜? ルシファーあの〜人たち嫌い! 嫌いだか〜ら殺すの! だって最強だもん!」

「……最強は関係ないでしょ」

「だって最強は好き〜な人を生かせて、嫌いな〜人を殺せるんでしょ」

「それは……ああ、なるほど。君もなんだね」

「?」

「ごめんね。なんでもない。とりあえずどうにかする方法を考えよ」

「うん!」


 ルシファーは考える。

 そして思いつく。


「ルシファーの十〜八〜番!」


 イヴに飛びつき、


「模倣魔法『フラッシュモブ』」


 空中からイヴが出現する。

 しかも数十人。


「なにこれ!?」

「模倣魔法で〜分身を作っ〜たの! 行〜け!」


 偽イヴたちは四方八方に走り出していく。

 

「分身を魔法で動かして〜どれが本物か〜分からないようにしたの」

「い、良いアイデアだけど、生きてないよねあれ? 人体錬成ではないよね?」

「そこまでのことは今、出来ないよお」

「今、今かぁ、つまり反魔の腕輪がなければできちゃうのかぁ」


 呆れを通り越して恐怖も感じるイヴ。

 対照的に元気に笑うルシファー。

 

「で〜も、こんな〜に探しても出口が見つかんな〜いね」

「大丈夫、この要塞の構造なら、途中で図面見て全部覚えてるから」

「はは〜お姉ちゃんも大概だ〜ね」


 最短距離で出口へ向かう。

 その道中でも何人か軍人と鉢合わせた。


「見つけたぞ! 観念しやがれ!」


 と言っていた軍人はルシファーに腹パンされて呻くことになった。


「年貢の納め時だ! 喰らえ軍人流格闘術!」


 と言っていた軍人はルシファーに足蹴りされて奇声を上げることになった。


「アチョー! 4000年のヒストリー!」


 と言っていた軍人かもわからない奴は興味が湧かなかったので素通りした。


「遅刻遅刻ー」


 どこに行くのか分からないやつは曲がり角でぶつかってしまい、壁に埋まってしまった。

 やがて、出口まであと少しというところで、


「また会ったな、悪魔」

「あっ、おじちゃ〜ん」


 元帥。

 魔弾発射機の先に剣が加えられた----銃剣を携えていた。


「まさか反魔の腕輪も効かないとはな」

「いやぁ、すごい効いてるよ」


 銃剣を構える。


「もう一度聞く、我が国のために働く気はないか」

「無〜駄!」


 魔弾を放つルシファー。

 最小限に体をずらし回避する元帥。

 剣先を向けてルシファーへと突き進む。

 ルシファーは敢えて剣を手で掴み止める。貫かれた手と剣の間から赤い液体が溢れた。

 元帥もそのまま引き鉄を引くが、銃口の向きを貫かれている手で僅かに変えられ床を傷つけるだけに終わる。

 ルシファーが空いている手で頭部を鷲掴み。

 手のひらから放たれる魔弾は、元帥の顔面を焼き抉るだろう。


「さよなら」

「待って!」


 イヴがそれを止めようとするが、もう間に合わない----はずだった。

 爆発音。

 地震のように要塞が大きく揺れる。

 その衝撃でアイアンクローが解除され、魔弾も外れる。


「も〜、せっかく良いと〜ころだったのに」

 

 爆発音のした方を振り向いてしまう。

 それを見逃す元帥ではない。

 

「さらばだ、哀れな悪魔よ」


 剣身がルシファーの後頭部に突き刺さった。

 少女の体が銃剣ごと持ち上がる。

 浮かんだ小さな体、力無く四肢がぶらぶらと振れ動く。

 構わず走り出す元帥。

 その先は壁。

 ルシファーの顔面が我先にと壁に衝突。頭蓋骨が鈍く割れる音、顔の皮が破け、血が滴る。

 剣身がズプズプと埋まっていく。

 

「ルシファーちゃん!」 


 数秒の出来事を遅れて理解し叫ぶイヴ。

 元帥はそれを無視。

 魔弾を発射。

 1発。

 後頭部が焼き抉れる。

 血肉が吹き飛び顔にかかる。

 ひび割れた頭蓋骨が見えた。

 2発。

 粉々になる頭蓋骨。

 爆発によって骨が脳に押し当てらる。

 かき混ぜられたゼリーが如き脳みそ。

 3発。

 頭が全て吹っ飛ぶ。

 気づけばあたりは血肉絨毯が敷かれていた。

 少女の体が床に落ちる。

 

「あ、ああっ、きゃあああああッ!」 


 イヴの悲鳴。

 膝をつき、床を殴る。

 泣き叫ぶ。

 悲惨な死体にショックを受けている訳ではない。

 イヴは重ねていたのだ。

 不自由を嫌う強いだけで弱いアルナと、不自由を嫌う強いだけで弱い女の子を。

 幼いままで大人になってしまう、弱いままで強くなってしまう、その果てにある崩壊を止めたかったのだ。

 アルナがそうなりかけているように、少女がそうなりかけているように、イヴは防ぎたかった。

 世界の敵を救おうとしていた。


「ダメだった! 私には何も出来なかった!」

「そんなことないよ。だってルシファー、お姉ちゃんと居ると楽し〜いもん!」

 

 顔を上げる。

 光の粒子が舞っていた。

 血肉はもうどこにも無い。

 全ては粒子と化し、そして一塊になり、やがて。

 ルシファーが出来た。


「ふっ〜かっ〜つ〜」

 

 確実に脳が崩壊していた。

 反魔の腕輪でこのレベルの魔法は使えないはずだった。

 復活なんて不可能なはずだった。


「不死身か貴様」


 元帥の額に、汗が滲む。

 

「ちが〜うよ。ルシファーは最強! で〜も、本当に、やばかっ〜た」

「どう、やって?」

「えっと、壁に〜ぶつけられた後、1発当てられちゃった〜でしょ? そのときに、首の骨? 脊髄? 分かんないけどそこら〜辺が切れちゃって、脳と体が〜別れたの、反魔の腕輪は腕にあるでしょ? 腕輪だからね。効果がそこで脳にはなくなっ〜て、2発目がく〜るまでに間に合ったの〜」


 とんでもない理論だった。

 魔法が使えていたとしても、一度脳が完全に崩壊したのは事実だ。

 一度確かに死んだのだ。

 故に復活。

 悪魔は無邪気に笑っていた。


「さよならは、まだ〜だよ」

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