第九話 世界最強をぶち殺すぞぉおおお!
元ピーコ、現ルシファーになったあの少女が持つ他人を模倣する魔法、模倣魔法には、秘められた力があった。
他人に自分を模倣させる。
精神の転写。
完全なるものではなかったが、思想は確かにルシファーと同じになるという恐るべき魔法。
さしものアルナも使わないようにしている魔法だった。生まれたときから全ての魔法を使えたアルナには、模倣する魔法など変身にしか使えないが。
その魔法の犠牲者が、キャサリルの弟子になったのだが、ルシファーはたった1人にしか転写しなかった訳ではない。
むしろ転写しまくっていた。
その数、204人。
彼ら彼女らは、ルシファーから模倣魔法を貸し与えられていた、だが、そのルシファーに見捨てられたコピーたちはどうなるのだろうか。
答えは暴走だった。
「抑えろぉおおおお!」
兵士長が喝を入れる。
城門は堅く閉ざされ、様々な防衛魔法で強固に守られている。
それでも複製ピーコの軍勢にはこれ以上耐え切ることはできそうにもなかった。
模倣魔法の加護もなくなったが、本人たちが元から持っていた魔法が使われている。
「キャサリル様から傷つけるなとのご命令だ! 彼らは被害者だ!」
それに加えこの条件。
強力な魔法使いたちはスライムの件で駆り出され、今すぐに応援には来れなかった。
持ってあと数分。
誰もがもうダメかと思ったそのとき----
「ここから始まる恋もあるはず」
「守ります、護ります、できなきゃ切腹します」
「取り敢えずクソども着席しやがれ電気椅子にな」
イかれた女たちが現れた。
「あ、あれはぁあああ!」
口をあんぐり開けた兵士長がまず指差したのは、大の大人も子供扱いにしてしまう2メートル以上の巨体を黄金の西洋甲冑で隠している巨人の女。その眼に映っているメラメラな恋の炎。
「同盟国であるセイクリッド王国の騎士長! セラフィム様! 今年で30になるが結婚はしておらず、結婚願望がないのではなく理想が高すぎるあまり相手がいない! 恋に恋する戦乙女!」
その隣は一矢纏わない露出狂美女。魔法なのか知らないが見えちゃいけない部分は全て謎の天使的な翼か何かで秘匿されたダイナマイトボディを所有するど変態。大きな大きな胸の前で合掌。
「またもや同盟国であるホーリー王国の大賢者! ケルビム様! 親が子供に見せたくない魔法使いランキング堂々1位! 胸の前での合掌は切腹のイメージトレーニングだと言われるほどの切腹ラヴ!」
2人の前でアンティークな椅子に座るレディ。
身長は女性の平均だが長い美脚に目が収束。
ピンクのセーターにニットのロングスカートが似合ってる。暖色本革のローファーが可愛らしい。
まんまるメガネの奥にはパッチリおめめが暗黒微笑。チャーミングな目の下のほくろが大人の階段登らせる。
今日のコーディネートはこれに決めた。
「誰だぁああああ! 他に比べると圧倒的に見た目の印象が薄い! なぜこの状況で優雅に座ってられるのかが理解できない! どこの国のどの役職のどんな逸話の誰だぁああああ!」
「ソロネだよ! 無所属の椅子オタクだよ! てめぇ後でイバラの椅子に正座で座らせてやっからなぁあ!」
「理想が高すぎるとか言うなあ!」
「全年齢安心に見れます!」
反論したところで、彼女らは複製ピーコ軍勢に向き直る。
「暴徒か、キャサリルの苦手なタイプだ」
「でも、まさかこの程度の些事で呼んだわけではないでしょう」
「事情は関係ねえ、とにかく救うぞ」
「では、私から」
最初に動いたのはケルビム。
「守護しましょう。できなきゃ切腹」
なんかニヤけながら言う。
「守護魔法『エンジェルウィングエンチャント』」
ボロボロになった門に、天使の翼マークが現れる。すると、ピーコたちの魔法にびくともしないどころか『今、何かしたか?』と言わんばかりに堅く固く硬く守り護られた。
「さすがケルビム様、かの守護魔法はあのアルナ様ですら傷つけることが出来なくなるという世界最硬の防御魔法!」
「では次はあたしだ」
セラフィムが軍勢に剣を向ける。
「恋愛魔法『ラヴ&ピース』」
暴れ回っていた複製ピーコたちが突如止まり、セラフィムへと目が釘付けに。
さらに様子がおかしい。
「胸が苦しい」「ため息が止まらない」「頭から離れない」「何も喉に通らない」
典型的な恋の症状だった。
一生治らないかもしれない幸福な病。
素敵。
「さすがセラフィム様! 幻覚タイプの中でも特異な恋愛魔法を使いこなしている! あのイヴ王女一筋のアルナ様さえ! もじもじさせたという!」
最後にソロネが、アンティークな椅子から立ち上が----らない。
「座席再臨『エデンズチェア』」
何もない空間から多量の----ではない、ちょうど204脚の安楽椅子が出現する。
複製ピーコたちは不思議と安楽椅子に吸い込まれていき、やがて楽園にいるかのように清々しい表情で眠りに落ちていった。
「あれは……なんだ?」
「座席とは、科学でも魔法でもない世界の神秘。座席とは位置であり時間であり存在であり、13の座に座るものたちこそが----」
「それ長くなりますかね?」
「お前がなんだって聞くから答えたんだろうがよぉ!」
「なぜいちいちアルナを引き合いに出すのだ!」
「切腹のとき介錯してあげませんよ!」
こうして、複製ピーコの件は片付いた。
残すは----たくさんあった。
セントラル王国第二会議室。
世界で2番目に最強なキャサリル、世界を色恋で傾かせた恋愛脳のセラフィム、いつか切腹したいがために世界の守護者となったケルビム、座席が好き過ぎてこの世の真理に気づいたソロネ、アルナさえいなければ誰もが世界最強を名乗ることが許される世界最高峰たちだった。
「10年前結ばれた、あたし達『対世界最強同盟』が集ったと言うことは----」
セラフィムが苦々しい顔で言う。
「アルナが世界の敵になったとき、そのための私たちが呼ばれたと言うことは----」
ケルビムがうつむきながら言う。
「世界最強に唯一対抗しうるボクたちが揃いも揃ってこの座にいると言うことは----」
ソロネが椅子に座りながら言う。
「つまり、アルナをぶち殺すと言うわけだ」
3人の声と殺意が1つとなった。
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