第八話 暁に手を伸ばす悪魔の子
オリハル国オリハルコン・スライム用実験室。
魔科学超特殊合金製内壁。
横30メートル、縦30メートル、高さ30メートル。
最硬度の実験室は、さしもの巨大でも壊すことが不可能なように作られていた。
しかし、もうその中にはオリハルスライムはいなかった。
天井から吊るされた2本のロープは、床に平行な木の板に結ばれた。
つまりブランコ。
座るはピーコ。
「わ〜い。わ〜い」
体を揺らしてブランコを前後させる。
前に進むときは足を伸ばし、後に戻るときは足を曲げる。
ブランコを漕ぐ。
「あれが『悪魔』か。そうは見えんが」
「はい。ですが魔力計測器からは尋常ではない量の魔力を保有していることが分かります」
「我らの兵器から奪ったものか、忌々しい。だが、今はもうあれに頼るしかない」
元帥と技術班長が話す。
実験室の隣の部屋。
特殊なガラスによって、ピーコからは見えないようになっていた。
「こちらのマイクを通して会話ができます」
元帥に差し出す。
マイクを口に近づける。
「楽しんでいるかね? ピーコくん」
マイクに語りかけると----
『楽しんでいるかね? ピーコくん』
実験室にも鳴り響く。
「うん! すご〜い楽しいよこれ〜!」
『それはブランコと言ってな、評判が良い』
「もうそろそろで〜天井に足がつくよ!」
『ロープの長さは10メートル。到底子供の力で出来るようなことではないのだがな』
「でもさぁ〜、おじさん達は、なんでこんなに良くしてくれ〜るの?」
『協力して欲しいんだ』
「きょうりょく? ピーコは強〜力だよ」
『ああそうだ、君は強力だ。だが私たちは弱い。だから君に助けて欲しい』
「い〜よ〜」
『……協力して欲しいことは、セントラル王国を……驚かせてあげたいんだ』
「驚かせる?」
『例えば国中を包む大きな花火、地面が突然パックリ割れたり、空から滝が降ったり、そうやって驚かせてあげたいんだ』
「そ〜れはすごい〜ね!」
『君はそれをしてくれれば良い。ただそれだけで、セントラル王国は腰を抜かすほど驚くだろう』
つまり、驚異的な力を見せつけ、絶望させ、降伏させる。
子供向けにオブラートで包んだ言い方、というより騙していた。
「いい〜ねいい〜ね、それい〜いね!」
『頼まれてくれるかい?』
「うん! じゃあ〜行ってく〜るね」
ピーコが粒子化する。
『待ってくれ! もう少し話をしよう!』
慌てて引き溜める。
聞き入れ、元に戻るピーコ。
「な〜に?」
『まず、まずだ、人や建物は傷つけないようにしてくれ』
「分かってるよそれぐらい〜」
『その後は、セントラル王国を驚かせたら、他の国も驚かせてあげたいんだ』
「ん〜?」
『いつかは大陸の全ての人々を驚かせたい。そのためには、ずっと君にはここにいて欲しい』
「ず〜とって、どれく〜らい?」
『さあ、それは分からないけど、とにかく長い間だ。協力してくれるなら、私たちはなんでもあげよう。お菓子でも、人形でも、お家でも、洋服でも、お歌でも、なんでもあげるしなんでもさせてあげる。だから----』
「う〜っる〜っさ〜っい〜っ」
建物全体が揺れ出す。
大量の魔力の放出。
ビキビキと、不安な音が鳴り出したかと思うと、内壁が崩れ落ちていった。
特殊な合金がいとも容易く。
部屋がとても開放的になった。
ブランコから勢いよく吹っ跳び、元帥達の下に飛んできた。
「やっぱ〜り隣に居たん〜だね」
目の前に現れた化け物じみた少女に、元帥は動揺した姿も見せずに向き合った。
手に持っていたマイクを投げ捨てる。
「そうだな、失礼したよ。直接話し合おう」
「だ〜よね〜」
「で、君は何が気に入らなかった?」
「不自由」
声色が変わった。
真面目モード。
本性だとか正体だとか真のだとか裏のだとかではなく、本気で真剣で真摯で一心だった。
心から不自由が嫌いなようだった。
「対価は差し出したはずだ」
「けれど自由がない」
「自由以上に価値があると思うが」
「されど自由が欲しい」
「両立するというのか」
「この国を奪って手に入れる」
「我儘だな」
「私は世界最強だがら」
そう言って、元帥に向けて手を伸ばす。
殺害手順のワンステップ。
「やはり、『悪魔』だったか」
「あくま?」
「ピーコという名前、由来はなんだ」
「お母さんが、ピーピーうるさいからだって」
「では、新たな名をやろう」
「なまえ?」
「お前は世界最強を謳った、ならば相応しい名前が必要だ。アルナもそうしたように」
「……アルナ、アルナ、アルナ」
「憎いか? ならば敢えて同じ名を冠し----」
アルナとは、暁を意味する。
世界に希望の光を照らすことを望まれた名。
ならばそれと同位置に君臨しながら、世界を絶望に呑み込みかねない少女には相応しい名だった。
「貴様の名はルシファー。暁の子ルシファーだ」
「ありがとう。さよなら」
魔弾を放とうとする。
が、遅かった。
「発射ッ!」
元帥が言い放つ。
すでに少女は警備隊に包囲されていた。
名付けも会話もただの時間稼ぎ。
そして射殺許可は降りた。
魔弾の雨が降り注ぐ。
「伏せて!」
女性らしき声。
本来なら遅すぎるにも程があるその救いの声は、最強を救うには十分だった。
全ての魔弾が停止する。
空中に固定された。
「なるほど。今のは危なかった」
氷点下も超えた冷たい少女の声。
「お返しするぞ」
全魔弾が因果応報の円環へと乗り、逆再生が如く放った者へ----
「めッッッッッッッッッッッッッッッッッ」
め、らしい。
女は少女に迫り教える。
「ダメだよこんなことしちゃ、ルシファーちゃん」
「……へ?」
ルシファーを救いに来たのは、イヴだった。
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