第七話 森羅万象は兵器かエロ目的に使える

 オリハル国偵察部隊。

 彼らは信じられない光景を目撃していた。


「ちゅーちゅー」


 少女が、吸っていた。


「なんだこれは……なんなんだあれは?」

「分かりません、あの少女は、人間なのでしょうか? それとも、悪魔なのでしょうか?」


 唖然とする。

 度し難い真実に。


「ちゅーちゅー」


 吸っていたのだ。ストローで。

 オリハルコンスライムに、ストローを刺して、口をつけて、吸っていたのだ、魔力を。

 大量の魔力を吸って、完全に我が物としていた。

 魔力を吸われたスライムは、どんどんと小さくなっていき、やがて消滅する。


「我々の最強の兵器が、少女に----」

「まさか、あれが『アルナ』なのか?」

「そんなわけがない、あれは少女だ」


 呆然と見ているしかなかった。

 惨状と言ってもいい。

 少女は次のスライムを探しているのか、周りを見渡す。そして、偵察部隊は見つけられた。そのときの少女の目は、新しいおもちゃを見つけた子供のよう。

 否、ようではなかった。

 おもちゃに映っているのだろう、少女の目には。


「やっほー」

「わあっ」


 少女は偵察部隊の前に瞬間移動する。

 突然近づいた少女に、偵察部隊は魔弾発射器----魔力さえあればどんな人間でも魔力の球を放てる遠距離武器----の発射口を向ける。

 隊長が最前線に立ち、対応する。

 

「なにそれぇ?」

「き、君は一体なんだ!?」

「ピーコはピーコだよ!」

「……君は、『アルナ』ではないのか?」


 思わず聞いてしまう。


「アルナ……アルナ……」

「どう、したんだい?」

「もっと、魔力がなくちゃ」

「魔力? 魔力が欲しいのかい?」

「うん。魔力があれば、アルナを倒せるの!」


 部隊は慄く。

 普通なら子供の戯言だと笑えるだろう。しかし、この少女に対し、嫌な確信があったのだ。


『この少女は最強だ』


 絶対的にそう思わせる強さがあった。

 実際に、世界最強を模倣しているのだから当たり前だが。

 

「君、私の国に来ないか?」

「隊長!?」

「『これ』しかない、もうオリハルコンスライムの多くが消えた。だが、この少女に全ての魔力が還元されているとすれば、あのアルナさえ倒せるぞ!」

「ですがあまりにも危険すぎます!」

「だとして『これ』を放置するのもまた危険だ!」

「ピーコはこれじゃないよ! ピーコだよ!」


 隊長も、隊員も、誰もが少女を少女として見ていなかった。人間とすら見ていなかった。

 話し合い、そして決定した。


「ピーコちゃん。魔力ならうちにあるよ。来る?」


 逃れられないのだ、最強は。

 責任から、義務から、世界から、縛られる。

 それは模造品でさえも同じだった。












「ふわぁ〜」


 イヴが起きる。伸びをする。

 睡眠魔法の効果が切れたのだ。


「あれ? なんで私、ベットで寝てるの?」


 イヴは意識がなくなる前の記憶を探る。


「確か、シャフトさんに会って、その後、シャフトさんが私になって、私は驚いて----」


 イヴは考える。

 深く深く考える。


「眠らされた、もしくは記憶を消されたかの2択」


 起き上がり、丸太小屋の外に出る。

 空を見上げた。


「太陽の角度からして今は午後の4時。最後の記憶は午前11時。約5、6時間眠ってたのかな」


 日を跨いでいないことは、体がどれほど気怠いかで判断できた。

 イヴはシャフト----シャフトの姿をしたピーコ----と出会った現場に着いた。

  

「黒いフード、シャフトさんが着てたやつだ」


 現場にはそれしか残っていなかった。

 

「ん? きゃっ!」


 イヴは気づき、ついフードを投げ捨ててしまう。


「黒いフードじゃない、すごい汚れてる。汗とか垢とか、埃とかドブ水とかで」


 イヴは知らないことだったが、それはオリジナルのピーコが小さな頃からずっと着用していたものだった。

 気に入っていたわけではなく、それしかなかっただけだが。


「……洗ってみるか」


 勘ではなかった。

 世界最強のように神に愛されているわけではない、ただの経験則だった。


「うわー、水がすごい勢いで汚れていく」


 桶に水を入れ、石鹸を使って洗う。

 数年洗われなかった汚れが、吹き出るように落ちていく。

 何度も水を入れ換えて、石鹸1つを使い切る。

 それでやっと、フードの模様が見えるようになった。


「これは……」


 フードにはロゴが大きく入っていた。

 薔薇を模した刺繍だった。


「確かこれ、セントラル王国の東南部にある大手ファッション企業のやつだ」


 王女の頭の中には、有り得ないほどの情報量が詰め込まれていた。


「シャフトさんは東南部出身じゃないはず。……別に東南部以外でも手に入る方法はあるけど----一考の余地ありかな」


 考える。

 先程よりも長く深く考える。


「東南部出身の、もしくは関係者ががいる人物----千人はいる。政府関係者と非政府関係者で分けて、その中で睡眠魔法、記憶魔法を持っている人物----数人いるけど、正直なんでこんなことするかわからないし----」


 分かろうはずがなかった。

 ピーコが模倣魔法を持っていることなど誰も知らない。


「あ、そういえば他人を模倣できる魔法を持ってる人がいたような。確かキャサリルさんのお弟子さんの----『ピーコ』。東南部出身だし、黒いフードを纏っているって話」


 訂正しよう、知っていた。

 いや、知っていない方がおかしいのだ。彼女はセントラル王国王女、あらゆる界隈に精通している。

 ピーコがどれほど隠そうと口封じしようと、どこまで行こうと子供の浅知恵、情報が全く残らないなんてことは不可能である。

 

「……畑に行ってみよう」


 まだ保留にした。

 早とちりをしないのも彼女の有能さ。

 畑にやってくると、イヴに化けたピーコの死体があった。


「まあそりゃ、アルナが負ける訳ないもんね」 


 全幅の信頼。愛である。


「でも、死んでいるのになんでまだ私のままなんだろう----」


 辺りを見渡す。


「敵がいるのになんでアルナが私のとこに来てないんだろう? 普通なら大急ぎで来てくれるのに」


 イヴはさらに現場をよく見る。

 そして見つけた。微かで小さな足跡を。


「子供? 敵は2人? 子供が模倣魔法使い? ピーコさんは仮の姿? 神権を模倣した? アルナは負けた? だから私のところに来ない?」


 疑問を上げたら枚挙にいとまがないが。

 最終的な彼女の結論は。


「待ってよ」


 正しかった。

 何も分からない内に移動しても、余計事態を混乱させる恐れの方が高い。

 

「新婚生活早々、夫を信じて家で待つというそれっぽいことが出来るだなんて、いやぁ私は運が良い」


 なんて、わざと茶化してみるイヴ。

 丸太小屋へと帰る。

 イヴは全てにおいて正しい行動していると言っても良かったが、それでも彼女は、世界最強のように神にまでは愛されていなかった。

 

「両手を挙げろ、振り向くな。従わなければ射殺する。大人しくするんだ」


 オリハル国の部隊。

 偶然ではなく、こんな国境間での農地がいつまでも見つからないわけもない。


「連行させてもらう。オリハル国にな」


 イヴは返した。


「数泊分の着替えを準備させてください」


 宿泊を見越していた。

 図太かった。

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