第五話 最強を議論するだけなら自由だった

 ある酒場で酔った男が高らかに問いた。


「世界最強は誰だ⁉︎」


 近くにいた男が言う。


「そりゃあ勿論、世界最強の魔法使いアルナ様だろうよ!」

「おいおいそいつぁ殿堂入りだ」


 爆笑が起こる。


「じゃあ2番目の最強エルフ、キャサリル様だ!」

「それは違うと思うぜ」

「どう言うことだい?」

「キャサリル様は軍の指揮なんかで真の力を発揮する! 今は個人としての最強を論議しようぜ!」

「一理ある」


 段々、真剣に考え始める。


「それに『表』だけで最強を決めていいのか?」

「『裏』も含めるってことか」

「まあ裏表含めてもアルナ様が一番だろうが」

「魔王はどうだ⁉︎ 復活しかけたっていう魔王、キャサリル様でも倒せなかったという話だぜ」

「もういないんじゃあなあ」

「そういえば、世界最強というが海の向こうはどうだ?」

「おいやめろやめろ! そこまで行ったらもう決まらないぞ!」

「……ねぇねぇ」


 議論を始めた男の裾を引っ張る者がいた。

 薄汚れて黒くなったフードを羽織った子供。

 声は子供らしく高く、少女かも少年かも分からなかった。顔も見えなかった。

 

「最強ってなに〜?」


 イントネーションはおかしいが、純粋な問い。

 男は少し考え。


「最も強い奴のことさ」

「ふ〜ん、最強〜って、なにがいいの〜」

「そりゃあ、そりゃ……、自由だろうぜ!」

「自由〜?」

「最強だったら嫌いな奴全員ぶっ殺せて、好きな奴だけ生かせる、んだ」

「ふ〜ん」


 フードの中で、子供は目を輝かせた。

 

「世界最強を模倣すれば、世界最強になれるかな」


 アルナが自由になる、たった数年前のこと。














 模倣魔法には制限がある。

 一度に1つの魔法しか使えないこと。

 一度に1つの容姿しかなれないこと。

 

 故に----

 広大な平原。

 大きな畑。

 丸太小屋。

 そこを1人で歩くイヴ。

 2人の世界に入り込むピーコ。

 イヴとピーコは出会ってしまった。

 畑ではアルナが鼻歌混じりに水やりをしている。


「ふふんふんふふん、ふふんふんふふん」

「アルナっ、おにぎり持ってきましたよー」

「おお! ありがと!」


 おにぎり3つ、お茶一杯、運んできたのはイヴ----ではない、イヴに化けたピーコである。

 神権を模倣するためには、アルナに使用させるしかない、だがイヴ以外の者では警戒され、最悪の場合神権を目視する間もなくやられる可能性が高いからだ。


「休憩にしましょう」

「そうだな、いい頃合いだな」

「それじゃあ----」

「あっ、

「……」


 『いつもの』とは、『膝枕』のことである。

 ピーコは『いつもの』を知らない。

 だが、怪しまれるわけにもいかない。

 ので、さりげなく聞くしかないのだ。


「『いつもの』……はい。ええ、『いつもの』だね……うん、『いつもの』」

「どうした? もしかして嫌か?」

「そんなことないよ〜」

「なんかイントネーションおかしくないか?」

「……ここでですか?」


 探りを入れる。

 場所によって正体を探ろうと。

 

「いや、あっちの木の下、木陰だよ。畑だと汚れちゃうからな」

「畑だと、汚れる----」

「あれすごい気持ちいいんだよな。柔らかくて」

「『いつもの』『木陰』『汚れる』『すごい気持ちいい』『柔らかい』----」


 膝枕だ。

 アルナ目線では何もおかしいことを言っていない。

 『いつもの』だし、『木陰』は涼しいし、『畑』だと汚れるし、ぐっすり休めて『すごい気持ちいい』し、イヴの膝が『柔らかい』のは真実。

 が、ピーコはある別の行為を想像してしまった。

 

「うひゃ--------------------------------------------------------」


 叫んだ。


「どうした⁉︎」

「どうしたもこうしたもええ----⁉︎ お前らそんなことをいつも⁉︎ しかも外で⁉︎ 誰も見てないからって恥ずかしいよぉ----⁉︎ おかしいって⁉︎」

「そんなことないだろ⁉︎ そこらの恋人はやってるだろう⁉︎」

「やってるけど外ではやらねえって⁉︎ 恥ずかしいだろ普通⁉︎ お前らそこまでおかしかったのかよ⁉︎」

「どうしたんだイヴ? 今までは普通にやってきたことだろ⁉︎」

「あったまキタ! なんでこんな変態が世界最強なんだよ⁉︎ 気持ち悪いよ! ぶっ殺すぞ⁉︎」

「イヴ、俺のことをそんな風に思ってたのか?」

「多分思ってねえよ本物は! お前と同じでド変態だよ! 通りで胸も尻もでけえ女だと思ったよ!」

「本物……?」

「あれなのか⁉︎ 農業やってるのも新しい家族のためか⁉︎ 3人目の家族ってか⁉︎」

「3人目の家族ってそんな〜いやそりゃいつかは考えてるけど〜まだ早いっていうか〜」

「キモイんだよデレてんじゃあねえ‼︎」


 叫び切る。

 一時の感情で目的もかなぐり捨ててしまったことに、落ち着いて気づいた。


「クソ、キャラがブレてる。本性も表向きも偽物も設定的にも----」

「お前、イヴじゃないな?」


 案の定バレた。

 ピーコはしばらく黙り、キャラを整え、ギラギラ笑い始める。


「そうで〜す」

「!」


 アルナは神権を使おうと、ピーコへと手を向けた。


「おっと〜は聞かなくていいんですか〜?」

「なんだと、イヴをどこへやった⁉︎」

「教えて欲しいですか〜?」


 これはハッタリだった。

 以前に模倣した睡眠魔法で眠らせ、丸太小屋に置いてきたのだ。

 だが、そんなことをアルナは知る由もない。


「分かった。神権は使わない。何もしないから、イヴがどこにいるか教えてくれ!」

「違うんだよなぁ、神権を使って欲しいんですよこっちは〜」

「どういうことだ?」

「説明はしませんよ〜ほら早く、安全なやつを〜」


 早く早くと手を仰ぎ煽る。

 アルナは渋々と神権を行使する。

   

「神権『創造神』」

「なんか厨二くさい名前ですね」

「……」


 少し傷つきながらも行使する。

 先程まで撒いていた水をかき集める。少しずつ少しずつ、手のひらの上に水球を作る。


「……神権? これはただの水魔法----」

「そうだよ」


 ピーコが巨大な水球に呑み込まれた。

 溺れさせる、最も単純な必殺技。


「ッ----!」

「神権は全魔法を統合した1つの術式だが、別に魔法単体で使えないわけじゃない」

『ゴボッ、コポポッ』

「なんで神権を使わなかったって? なんていうかだなあ、、かな」


 それは正しかった。

 もし神権を使っていれば、模倣され、たとえ水球で捕えようと掻き消されていただろう。

 だが、模倣魔法のことをアルナは知らない。

 ピーコは魔法のことを誰にも言っていないし、知られたときは口封じをしている。

 知られるはず無いのだ。

 しかし勘で当てた。

 直感で最悪のシナリオを回避したのだ。

 まるで神に愛されているかのように。


『ああ、だからこいつは世界最強なのか』


 意識が消えかける中、ピーコはそう思った。
















『だからどうした?』

『そうだそうだ』

『神に愛されている? それがどうした?』

『そうだそうだ』

『私は自由になる』

『そうだそうだ』

『嫌いな奴をぶち殺す』

『嫌いなお野菜を残すようにね』

『好きな奴を生かせる』

『ケーキは苺から食べるようにね』

『誰かの顔を伺う人生はもう嫌だ』

『殴られたくもないもん』

『自由に生きたいんだ』

『ピーコもそうだよ』

『……誰だ?』

『ピーコだよ』

『違う、私がピーコだ』

『ピーコがピーコだよ』

『違う、俺がピーコだ』

『ピーコがピーコだよ』

『違う、僕がピーコだ』

『ピーコがピーコだよ』

『違う、わたくしが、われが、わしが、ぼかぁ、うぬが、ちんが、あたしが、みぃが、ピーコだ』

『ピーコはピーコで、あなた達はピーコの模倣コピー

『どういうことだ?』

『あなた達はピーコになる前までピーコじゃなくて、ピーコがあなた達を模倣コピーさせたの』

『どういうことだ?』

『模倣魔法は、模倣するだけじゃなくて、模倣させることもできるの』

『どういうことだ?』

『ピーコはまだ子供だから、あなた達をピーコにして、アルナ様に近づいてもらったの』

『どういうことだ?』

『えっと、あなた達はもう必要無くなったなったから、いなくなって欲しいの』

『どういうことだ?』

『世界に最強は2人もいらないってこと』

『どういうことだ?』

『さよなら、ピーコの可愛いコピーちゃんたち』

『どういうことだ?』

















「みーつけたっ、神権みーちゃった」

「は?」


 アルナはピーコが死んでいることに驚いていた。

 溺れさせたが、気絶させるだけで殺さないように扱ったはずだったのに。

 しかも、死因がおかしい。

 溺死ではない、まるで精神が消去されたよう。

 そして死んだはずなのに、模倣魔法が消えていない。模倣魔法はピーコのものではなく、他の誰かのものだということ。

 つまり、正体がいるはずだった。

 そんなことを考えているとき、少女が現れた。


「ピンポーン!」

「お前はなんだ?」


 どこから現れたのかも分からなかった。

 少女は白いワンピースに身を包んでおり、無邪気な顔をしていた。

 

「ピーコはオリジナル。その子はコピー」

「……なるほど、分かってきたぞ。お前が真の模倣魔法使いだ。こいつはお前の精神を転写されただけの他人、手駒ということだな」

「てごま?」

「操られている人間のことだ」

「違うよ。コピーちゃんは自分の意志でそうしたんだよ」

「……ものは言いようだな、クズが」

「口の聞き方をパパから教えてもらわなかったの? しかもピーコは世界最強だよ? だって、世界最強をコピーしたんだもん!」


 ピーコを名乗る少女は、小さなおててを天に突き出した。


「模倣神権『クリエイト』!」


 空に悠々と浮かぶ雲たちが1つになっていく。

 それは雨雲となり、畑に雨を降らす。

 

「風邪ひいちゃうだろ、このクソガキ」

「雨の日って楽しいよね〜」


 2人の間に暴風が吹き荒れる。

 神権と神権のぶつかり合い、打ち消し合い、生み出せば壊され、壊せば生み出される。

 同レベルの戦いに有利も不利もない。

 よって最後にものを言うのは---- 

 

「魔力量が違えんだよ!」

「きゃあっ」


 少女の手に切り傷が生まれる。


「いたいよぉっ」

「どうせ人殺しもやってきたんだろ! もう子供だからでは済ませられない! さあ殺されたくなければ早くイヴの居場所を吐くんだ!」

「いや! いや! いや!」

「いやいや期か!」

「もっともっと魔力があれば勝てるもん!」

「その魔力が無いんだよ!」

「探すもん!」

 

 少女の体が粒子化していく。


「瞬間移動か! どこへ行く気だ!」

「教えないもん!」


 死力を尽くして押し切ろうとするが、間に合わない。

 消えてしまえば、探すのは困難になる。


「----どこへ行こうとお前を見つけ出し、必ず罰を与える! 少しでも罰を減らしたければイヴに優しくするんだぞ!」

「べーだっ」


 少女が消失する。


 脅し文句と捨て台詞。

 世界最強の魔法使いと世界最強のコピー。

 自由を求める男と自由を求める少女。

 似て非なる者同士の泥試合が火蓋を切った。

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