第四話 余計なことしか知らない

 オリハル国軍事会議室。

 シャフトとピーコが出発したのとほぼ同時。

 隊長格に位置する軍人たちが集まっていた。


「やはり攻め込むには今しかありません。アルナのいないセントラル王国など我らの敵にございません!」


 1人が宣言する。

 机を叩き、会議室中に轟くように。


「しかし、まだ真偽のほども定かでは----」

「セントラル王国で潜入任務をしている部下からの確かな情報です。かの国はアルナの逆鱗に触れ、加護を逃したのです」

「ですがまだ3、4日しか経っていません。もしかしたら心変わりをするかも」

「そんなことを言っていれば、いつまでも出撃できぬではありませんか。いつかは成さなければならないことを、今成すだけです。今こそが唯一無二のチャンスなのです」


 賛成する者、否定する者、まだその時では無いとする者、ただ黙る者。

 各々が考え、その最後に、全ての視線がたった1人に集まった。

 軍帥は語り出す。


「この国の始まりは小さな村からだった。高低の激しい山岳地帯、採鉱によって大きくなっていき、やがて魔法ではない『魔科学』が他国よりも発展した」


 その語りに慎重な面持ちで聞き入った。


「魔力を個人の感覚ではなく、確固たる『法則』によって見出す魔科学。この国にはそれがある。他の国にはそれがない。そして我々は作り出した」


 心臓の鼓動が早まっていくのを感じていた。

 この音が、己のものか他人のものかも分からず。


「見よ、我が国が誇る魔科学が生み出した最高最悪の魔科学兵器『オリハルコン・スライム』を!」


 会議室の前方に、光魔道具によってある映像が投影される。

 映像では実験室内部、そして30センチほどのスライムが映っていた。


「スライムとは皆が知っての通り、あらゆるものを溶解し魔力に変換して生きる生物。魔力を非魔力などに変換するのが魔法だとすれば、スライムは非魔力を魔力に変換する唯一の存在。この世界はスライムによって安定していると言っていい」


 映像内で、スライムの前にキャベツの破片が放り入れられる。

 スライムはキャベツに纏わりつき、じわじわと溶かしていった、スライムの捕食吸収。


「スライムは一定の魔力内包量に達すると、気化して魔力となる。だが、もしもどうなるだろうか」


 実験室に、重厚な鎧を纏った科学者が入る。

 その手には、小さなナイフが握られていた。

 科学者は

 途端、爆発が起こる。


「今のスライムには中級魔法を一発放てる程度の魔力が貯められていた。しかし、本来なら許容量を超えている魔力量。外膜が裂かれれば当然破裂する」


 煙が晴れると、悲惨な実験室が見える。

 科学者の鎧は焼け剥がれていた。


「皆の者、想像して見ろ。さらに巨大で、さらに大量の魔力を保有したスライムを」 


 生唾を飲む音が聞こえた。


「全長20メートル、超弩級魔法程度の魔力量を保有した生きる爆弾『オリハルコンスライム』」


 声が重く、しかし高揚していた。


「皆の者、想像しろ、生きる爆弾を、殺すことで起爆する爆弾を、解除なんてない爆弾を、自動で突き進む爆弾を、地を這う爆弾を、我々の勝利を!」


 無意識に一同が敬礼をしていた。

 勝利を確信していた。


「100体のオリハルコンスライムを国境から放ち向かわせろ! 宣戦布告だ、爆弾がセントラル王国首都に辿り着くまで半日と伝えよ! 降伏しなければチリも残さず焦土にするとな!!」
















 オリハル国伝令部隊。

 9台の魔導車、50人の軍人たちが突き進んでいた。

 彼らは勝利を確信していた。

 超弩級魔力保有オリハルコンスライムは、爆発した際、半径100キロにわたって甚大な被害を出す。

 現在において、100キロ先まで魔法を飛ばす魔法使いは存在しない、アルナを除外すれば。

 つまり、スライムを一体破壊するには必ず1人は犠牲にしなければならないのだ。

 それだけではない、村や町、多くの人間にも被害を出るのは確実。

 だが、放置することもできない。スライムは首都に侵攻するように調教されている。20メートルのスライムの大群が全てを押し潰すだろう。

 

 降伏することが最善。

 誰だってそう考える。

 そのために、彼らは今セントラル王国に向かっていた。


「ん?」

 

 先端を走っていた運転手が困惑の声を上げる。


「どうした?」

「いや、進行方向に、人が1人」


 無線で他の車にも伝える。

 

を羽織っているせいで、性別も国籍も分かりません」

「警戒しつつ、囲むように停車しろ」

「了解」 


 誰もが大丈夫だと思っていた。

 旅人か何かかと、推測していた。

 少し会話し、早く避難しろとでも言ってやろうと考えていた。

 が、遭遇したのは、災難だった。






 彼らがピーコと出会って33秒後のこと。


「なんだったんだろこの人たち」


 死体の山を見下すピーコ。

 死体の目には何も映っていない。


「オリハルコン国? もう侵攻に来たのかな?」

 

 ピーコは知らない、彼らのことを。

 セントラル王国は知らない、爆弾のことを。

 オリハル国は知らない、伝えられないことを。

 アルナは知らない、何もかもを。

 

 滅亡は進行中だった。

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