壁画の制作
壁画を頼んでから数日後、俺はミローズの画廊へと行ってみたかったが、少し気が重かった。
彼女は俺が秋主だということに気が付いただろう。
この前にあったときも、歳を取らない俺にいぶかしんだはずだ。
そして、今回の依頼。
どう考えてもバレているだろう。
それでもミローズがどんな下絵を練っているのか、すごく気になった。
だから俺は彼女のもとへと様子を見に行くことにした。
画廊の扉を開けると、カラン、とベルが鳴る。
すると、いつも通りにミローズがでてきた。
「ああ、ゼスか」
彼女は満面の笑みで俺を出迎えて、またお茶をふるまってくれた。
「ゼス、さいきん大きな仕事が入ったんだ。それってやっぱりゼスが口をきいてくれたから?」
少し遠慮気味に彼女が言う。
「ああ、壁画の件だろう。まあ、半分は俺が手配した」
それを聞くとミローズは納得したという顔をして、奥から数枚の下絵をもってきて俺に見せてくれた。
「壁画の構想と下絵なんだけど、こんな感じでどうかな」
色鉛筆で少し色も入った草案だった。
湖の上に舞い飛ぶ妖精と一角獣、木漏れ日と輝く水面。
相変らず美しく幻想的な絵画。
秋神殿へ北門から入ると、そこには大きな湖があるのだ。
その入口に描かれる壁画としては、とてもいい。
そして、なによりもミローズらしい絵だ。
「いいと思う。秋主祭のときは北門の奥にある湖にも人が大勢入るから、人目にもつくだろう」
「ゼス……」
「なんだ?」
絵に魅入っていた視線を彼女へと向ける。
「いや……。この絵はゼスのために描くんだから、ゼスがいいと思うんならこれで行く」
彼女はおれを見てにやりと笑った。
俺のために描く。
彼女がそう言ったということは、俺が秋主だと知っている、ということを暗に伝えたのだろう。さっき、俺の名を呼んで言うのをためらったのは、俺が秋主なのか、と聞きたかったのだろうか。
この絵は秋主が所望した絵だと、翠神官から伝わっているはずだ。
それでも、彼女は俺への態度を変えなかった。
その彼女の意思が、なんだかとても嬉しい。
俺たちは、種も身分も超えた親友だと言ってくれたようで。
だから俺もにやりと笑って彼女に答えた。
「出来上がりを楽しみにしている。ミローズなら、俺が気に入った絵を描くと思う」
そして、その絵はきっと、だれかの目に留まるだろう。
それから数日後に、壁画の制作は始まった。
壁画を描く際、彼女は北門の大きな面積の壁に二日で描き上げた。
彼女が絵を描くのを少し見ていたが、大きな刷毛で大胆にざっと色を伸ばして、濃淡をつけて行った。迷いのない筆さばき。一心不乱に絵に集中して流れる汗も気にならないようだった。声をかけるのもはばかられる。
だから俺はしずかに彼女が描き上げるのを見ていた。
陽が傾きかけたころ、彼女の絵の具で汚れた頬を夕日が照らすころに、彼女は刷毛を置いた。
「できあがりだ」
完成した絵は、やはり思った通り素晴らしかった。
複雑に色を入れたせいで、水面が輝くように光って見える。
その上で舞い飛ぶ妖精、水を飲む一角獣、刺し込む木漏れ日のやわらかさ。
水で落ちない塗料だが、これは屋根を付けて少し保護した方がいいな、と思った。
画材はもちろん秋神殿から資金を用意したから、ミローズの懐は痛くなかっただろう。
彼女が描いている最中、街の人々が見物に来ていた。
どんな絵を描いているのか気になったのだろう。
絵の周りは人垣が出来ている。
「いい絵だ」
「そう? 実はあたしもそう思う」
絵の具で汚れた衣服で顔の汗を拭きながら、彼女は満足気に言った。
にこりと笑んで俺を見たから、俺もにこりと笑って彼女にかえした。
「ゼスが満足してくれたなら、この絵は成功さ。この絵はゼス宛てだからね」
「俺宛てでも、みんなが見ても、いい絵はみんなのこころに何かを残す」
「嬉しいこと言ってくれるね」
彼女の顔は、くしゃっと笑みの形になった。
彼女の絵は、この先ずっと秋神殿の北門で誰でもがみることができるのだ。
そして、さいごに作者の名前が絵に刻まれた。
ミローズ・ガルディス と。
彼女が絵を描くのを見物していた人々から、完成を祝う拍手が鳴り響いた。
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