秋主の思いつき

 その日、秋神殿に帰ってきてから、ミローズのために何ができるのか、とても考えた。

 いまの時期は、あと一か月で秋主祭が催される。

 それは、秋主である俺に感謝を伝えるために開かれる祭りだった。


 この祭りの日に合わせて、何か仕事を斡旋してやれないか。

 ではどんな仕事を、と思ってまた考える。


 そこで、はたとひらめいた。秋主祭のチラシの構想を任せてみたらどうだろうか。

 ミローズの絵が、秋主祭が終わるまでチラシとしてこの秋島へ配られるのだ。

 きっと大勢の人がミローズの絵を見るだろう。そのときに、彼女の絵に興味を惹かれる人がきっと出てくる。俺やミローズの夫のように。


 ……彼女の描く絵の世界は、美しすぎて脆い。見ていると切ない気分になる。


 それが、きっと売れない原因なのではないか、と思った。

 彼女の見ている景色は、とても美しい。

 けれど、それは彼女が現実でみているものの反動的なものではないかと思う。


 彼女はとても苦労しているはずだ。

 早くに絵を教えてくれた両親をなくし。

 自分の絵を気に入ってくれた夫も他界してしまった。

 女手ひとつで画廊を切り盛りしながら娘を育てていて。

 画廊だって、芸術院を出ていない画家が、順風満帆に経営できるわけがない。

 なにもかもが、彼女の生きる道を困難にしている。

 彼女はどろどろの世界で必死にあえいで生きているのだ。

 

 だから、彼女は美しい世界を―― 

 現実とは違う、幻想を夢見て描くのではないかと。

 脆く、切ない彼女のこころが、美しい絵の中に透けて見えるから、客は彼女の絵を家に飾りたくないのだろう。

 彼女の絵は家に飾るような絵ではないのだ。

 ならば、それ相応の場所で花を開かせてやればいい。

 



 執務室でそこまで考えると、傍付きの神官に、翠神官を呼んでくるようにと頼んだ。 

 ちなみに、この二十年ちょっとで翠神官は代替わりしていた。

 新しく翠神官になったのは、五十代ほどの年齢の男だった。


「アレイゼスさま。御用だと伺いました」


 厳かに頭をさげて、強い瞳で俺をみた。

 秋島の人間達の頂点にたつという、背負うものの大きさを十分承知しているものの目だった。


「翠神官、実は折り入って頼みがあってな」

「アレイゼスさまが頼み、とは? なんでございましょうか」


 そこで俺はさっきの提案を翠神官にしてみた。

 秋主祭のチラシをミローズという画家に任せて欲しい、と。

 しかし、翠神官は渋い顔をして唸り声をあげる。


「アレイゼスさまはご存じないのでしょうが、秋主祭のちらしの絵を描く人物は、毎年決まっているのです」

「ほう……しかし、一回くらい別の画家に描かせてもいいんじゃないか?」

「……アレイゼスさま、そういう問題ではないのです。秋主祭のちらしは、毎年、芸術院の卒業生の首席が描いています。そして、それは将来を約束されたことになるのです。もし、無理に別の画家に描かせたら、今年の芸術院首席の生徒の芽をつぶすことになるのです」

「うむ……」


 俺は目を閉じて唸ってしまった。


 ミローズに描かせればいいと思ったが、こういうしくみになっているなら勝手なことはできないだろう。


 もっと別の形で、いろんな人の目に触れるような方法……。


「翠神官。ならば、北の門近くの壁に壁画を描いてもらいたい。俺にあてて。それを、ガラルドにいるミローズという画家に描かせたい」

「はっ。アレイゼスさまがそうご所望ならば、そのように。しかし、なぜ、その画家にそんな肩入れをするのですか?」

「純粋に、彼女の絵が好きだからだ。彼女の絵はもっと広まってもいいと思う。見ていてこころが揺さぶられる何かがある」


 彼女の絵をみたときに感じる、美しさのなかの切なさ。

 それは、人間ならばみんなが感じる感情なのではないだろうか。

 生きることは暖かく、尊く、そして切ない。

 普段は目をそらせていても、いつも感じているものなのではないか。

 彼女の絵を見ると、こころが揺さぶられて、その感情を思い起こさせる。

 彼女の絵は、そんな絵なのだ。


 翠神官が微笑んだ。


「分かりました。至急手配します。ちなみにどんな絵をご所望なのでしょうか」

「彼女にまかせる」


 ミローズの絵が秋神殿の壁に描かれる壁画になる。


 これできっと、彼女の絵は多くの人に広まるだろう。

 彼女はどんな絵を描いてくれるだろうか?

 楽しみだ。

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