初めてのガラルド美術館

 翌日、俺は供の者を二人従えて、ミローズのアパートを訪ねた。

 供のものは秋神殿の警備部のものだが、制服ではなく普段着でこいと伝えてあった。

 いまミローズに秋主とばれてしまうのは嫌だったからだ。

 俺は、いまのままの関係がとても心地いい。


 昨日と同じ部屋をノックすると、笑顔でミローズは俺を迎えてくれた。


「いらっしゃい。本当に来てくれたんだね」

「ああ。買うといっただろう」

「……あんたも物好きだねえ。無名の画家のこんな大きな絵を買うなんて」


 苦笑して中に通してくれると、また香りのしないお茶を淹れてくれた。絵の支払いと、この絵を描いたときの気持ちなどを聞きながらお茶を飲む。


 なんとなく頭に浮かんだ絵だったのだそうだ。

 イメージを固めて、洗濯屋の仕事の隙間に仕上げた絵だと。

 彼女の手は擦り切れてぼろぼろだった。

 しかし、この手でこの絵を描き上げたのだ。


 幻想的で不思議な気持ちになる絵だった。

 最高に美しいのに、切なくなるような。

 なぜだろう。

 そこがまたこの絵の魅力だった。


 芸術院出身の画家の描く絵や、美術館に飾ってある絵は、ここが秋島なために『秋』を題材にした絵を描くことが多かった。

 しかし、この絵はこの世界のどこでもない、ミローズの頭の中にある景色だ。


「いい絵が買えてよかった。こういう絵はガラルド美術館にだって飾ってない」

「ガラルド美術館! 一度行ってみたい場所なんだよね」


 ミローズは夢見るように言葉を紡いだ。


「きっといい絵がたくさんあるんだろうね……。一生で一度でいいから行ってみたいよ」

「……」


 ガラルド美術館は、ここからすぐの街の中央にある。

 しかし、少し入場料が高い。

 彼女は近場にある美術館でも、貧しくて入ることができないのだろう。


「そうだ、ミローズ。ついでに絵の代金の上乗せで、一緒にガラルド美術館に行くか?」

「……え? 代金の上乗せって……おごってくれるってこと? でも、そこまでしてもらっちゃわるいよ」

「行くか、行かないか。選択肢は二つ。行った方が得だと思うが」

「い、行く!」


 美術を志す者なら、この美術館は行って損はないところだ。

 彼女はこの機を逃すまいと、急いで支度を始めた。


「ゼス、あたし、このかっこうでガラルド美術館に入れるかな? 一番大人しい上着なんだけど」

 

 そう言って、彼女は地が桃色で黄緑色の線の入った上着を羽織った。

 腕には小ぶりのもの入れを持って。


「そうだ、顔あらってくる! 手も!」

「ああ、そのままで十分だから。行こう」


 俺は苦笑し、彼女をなだめてアパートを出た。

 購入した絵は、供のもの二人に秋神殿へ持って帰ってもらい、俺たちはガラルド美術館へと向かった。




 ガラルド美術館へつくと、ミローズはその外観を見ただけで頬を赤くして感嘆のため息をついた。この建物は秋神殿が手本になっている。秋神殿を模した外観というのも売りで、正面から見ると並ぶ列柱と、計算されたガラスブロックの配置が美しい。


「本当に入るんだね」

「そうだ。そのためにここへ来たんだから」

「嬉しいなあ」


 彼女は顔をごしごしとこすって、嬉しすぎてにやける顔をごまかした。

 入場料を払い、中へと入る。

 隣のミローズは画材屋へ行ったときのように目をキラキラさせて、展示品を見て回っている。

 有名な画家の描いた連作の風景画や、少女を題材にした絵や。彫刻、置物。色んなものが素晴らしい技術で作り上げられている。

 この世界で最高峰の美術品がここには展示されている。

 この街が芸術の街と謳われるのは、だてではない。


 初めこそ浮かれていた彼女だが、そのうちに無言で美術品ひとつひとつに魅入っていった。

 

 「次の部屋はどんなものがあるのかな」

 

 笑顔で聞いた彼女に、俺は固まった。

 次の部屋は、個人的にあまり見たくないモノがある。

 しかし、ここで動揺しては、怪しまれる。


「次の部屋は四人の季主たちを描いた肖像画だ」

「そうなんだ? あたし、秋島の季主のアレイゼスさまの顔さえ、みたことないよ。ほかの浮島の季主の絵も見られるなんて、最高だね」


 四つの壁に描かれた、四つの季節と四人の季主の肖像画。

 彼女はその一つ一つをまたじっくりと見て回った。


「この軍神のようなかたがアレイゼスさまなんだね」

「そのようだな」


 秋主の絵の前でとまって魅入るミローズに、俺は緊張する。

 バレただろうか。

 ガラルド美術館にこの絵があることを忘れていた自分に腹が立つ。

 

「あたしが思ってた感じと随分違う。アレイゼスさまってもっと穏やかなかただと思ってた。けっこう好戦的なかたなのかな」

「これはあくまで絵だからな、実際どうかは俺もしらん」

「そう。でも、ちょっとだけ、ゼスに似てる感じがする。髪と肌と瞳の色が同じだね」


 邪気の無い笑顔で言われ、俺はそうか、としらばっくれた。


「これで、だいたいのものは見たかな」

「もう終わり? でもすごく見ごたえがあった。一緒に来てくれたありがとう、ゼス。またいい作品が描けそうだよ」

「そうか。ならば、これからも心行くまで描いて行け」


 ミローズは俺をみてにやりと笑った。


「言われなくてもね」


 その後、彼女は売店でお気に入りの絵画のハガキを何枚か買って、俺たちは美術館を出た。

 そのころには陽が傾いて、橙色の光が荘厳な外観の美術館を照らしていた。

 乾燥した心地いい風が吹き抜け、美術館に植わっている秋島特有の赤い葉を撫でて行った。



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