第2話『ゲームの強制力』
「……アーサー王太子殿下のなさりようは、僕もあまり良い行為だとは思えません。親に決められたとは言え、婚約者が居るのなら、その方を最優先にするべきだと思います」
ゴートンには何故か、悪役令嬢であるはずの私の言葉は、他の人のように曲解されてしまわないようだ……おかしいわね。
彼はゲームの中では、登場しなかったからかしら? ……それとも、この会話はゲーム進行には関係ないから?
「ええ。けれど、仕方ないことです。殿下があの女性をお好きになられたのなら、私は応援するつもりです。私はそれこそが幼い頃から婚約をしていた彼を想うということだと思って居ます。恋をしてはいませんが、大事な方なので」
いつもこういう健気な台詞を言い慣れて、かつそれを、悪役令嬢として意地悪に置き換えられるということを繰り返して来た。
今回のことも、きっとそうだろうと思いつつゴートンを見ると、彼は口に片手を当てて、目をきらきらさせて感動しているようだった。
「なんと……素晴らしい。なんて、素敵な女性なんだ。ティルダ様……もし、よろしければそちらに行っても?」
……え?
ゴートンには、私の言葉は……そのままで伝わったんだ。
あまりない事態に戸惑いながら私が頷くと、彼は準備動作なく飛び上がり、バルコニーの手すりを乗り越え、私の隣へとやって来た。
すっ……すごい。ゲームの世界補正があるとは言え、ゴートンは素晴らしい運動能力を持っているようだ。
「にっ……忍者?」
「ニンジャ?」
不思議そうに、ゴートンは首を傾げた。
私はこれで、ゴートンには乙女ゲームの強制力が働いていないことを確信した。身のこなしが軽すぎて、忍者に思えるくらい素晴らしい身体能力は置いておいて……。
やっぱり……本来なら伝わらないはずの私の言葉が、ゴートンにはそのまま通じている。
これまでは転生した私が現代日本特有の言葉をうっかり発してしまっても、そのままには取られないし、何かしら変換されて相手には聞こえているようだった。
だから、これもきっとこうなると思って居たんだけど、ゴートンには、私の発した声の音が、そのままで伝わっている。
今までにないことであまりに驚き過ぎて無言で彼の事を見て居たんだけど、ゴートンは私が何か言葉を発するのを待っているようだった。
……そうだ。私には転生してから初めてのことでとても驚いたけど、ゴートンには一切関係ないことだったわ。
「ごっ……ごめんなさい。変なことを言ってしまって。えっと……あんまりにも、そう……貴方が素敵だったから、びっくりしたの」
これは、嘘でもなく紛れもない真実。今まで遠目でしか見たことのないゴートンは、こうして間近で見るとより素敵な男性だった。
「ありがとうございます。光栄です……ティルダ様は、婚約者の王太子殿下とは、あまり上手くいっていないのですか?」
「ええ。アーサー様は、可愛い男爵令嬢に恋をして、彼女に夢中なようなの。けれど、私よりも彼女の方が可愛いし、仕方な……」
ヒロインは女の私から見ても、どこからどう見ても、可愛いという奇跡のビジュアルだ。乙女ゲームでイケメンヒーローが入れ食いになってしまっても、何の不思議もない。
「そんなことは、絶対にありません!」
卑屈にも聞こえそうな私の言葉を遮って、それを否定してくれたゴートンに言葉に苦笑してしまった。
ただそれだけなのに、彼の持つ誠実さや優しさが垣間見えて、なんだか嬉しくなった。
そう。転生してから三年、初めてとも言えるくらいにそのままの言葉が通じて、私はとても嬉しくなった。
「ありがとうございます。リッター様は、優しいんですね」
「ティルダ様。僕のことはどうか、ゴートンと……そうですね。殿下との婚約は、このままであれば解消されるんですか? 件の彼女と結婚されるにしても、王家に仕える臣下として現在の婚約者であるティルダ様には誠意ある行動を取っていただきたいと思います」
ゴートン……何なの。こんな出鱈目とも言える乙女ゲームの世界で、すごくまともな人なんだわ……ゲーム展開に必要な会話しかしない周囲より、断然彼に好感を持ってしまう。
「その……言いづらいけど、私たちの婚約は、破棄されることになると思うの。私は正直、彼女をあまり良く思ってなくて……周囲に誤解されることも多くて」
そうなの。ヒロインの彼女に嫌がらせをしようなんて、全く思って居ないんだけど、結果的になんだかそんな風になってしまうのよ……不思議なことに……本当に不思議だけど。
「それは! ティルダ様がご不快になられるお気持ちは、誰しも理解出来ます。将来結婚する婚約者に横恋慕されるのです。苛立つ気持ちは、結婚する相手を好ましく思えばこそ……それも、ティルダ様を二人の幸せのために利用されてしまうなど……絶対に許されることではありません」
ゴートンは優しく誠実で、騎士らしい騎士のようだ。
婚約者アーサーは、本当に驚くほど美形だけど、私に優しくないという時点で恋愛対象にはならなかった。
目の前に居るゴートンは好ましいけど……でも。
「ありがとう。ゴートン様。けれど、良いのよ。二人が幸せであれば良いと思うわ」
これは、本当にそう思って居る。けれど、それは絶対に通じない。
そんな理不尽な世界で三年も過ごして居た私には、言葉を意味通り聞いてくれるというだけで十分だし、無関係の人とは言え、ゴートンがこうして言ってくれることが、すごく有り難かった。
「いけません……陛下に伝えます。ティルダ様の現状と、そして、僕の気持ちを」
ゴートンの気持ち……? こちらを見る彼の目は、熱っぽくて甘い。もしかして、私に好意を感じてくれているという意味かしら?
悪役令嬢ティルダの容姿は乙女ゲームのメインキャラらしく、美しく文句の付けようがない。
気が強く見られそうな猫っぽいつり目だって、鏡を見た私はとても可愛いと思ってる。
ティルダがこういう気の強そうな外見とは裏腹な健気なことを言い出したのなら、そんなギャップを魅力に思ったゴートンだって恋に落ちても仕方ないのかもしれない。
ゴートンは私と結ばれたいと、そう思ってくれた?
「……そうなったら。良いのに」
心で思っていた言葉が思わずするりと口からこぼれて、私は口を押さえた……いけない。私は今アーサーという婚約者も居るのに……彼だって同じことをしているからって、あまり、良くないわよね。
ゲーム進行への強制力は、本当に強すぎて、何度も何度も逆らおうとしても何をしても無駄だった。
だから……ゴートンが陛下に言ってくれても、きっと……。
「え?」
「ごめんなさい。私は大丈夫です……関われば、ゴートン様が罰せられてしまうかもしれないから、それはしないで。お願いします。私と関わると、あまり……良くないかもしれないから……」
これは、そうだと言い切れる。なんとなくふわっとした危機感でもなく、はっきりとした確たる理由があるから。
ゲーム進行強制力が激しすぎる世界で、悪役令嬢の私と一緒に居て良いことが起こるかっていうと、とても難しいと思う。
「私と居ると不幸になるから、近付かない方が良いよ」なんて、本当は近付いて来て欲しい構ってちゃんな女子が強がり言う時以外使い道あるのかなって思ったけど、これは本気なの。
ゲーム世界で、強制力に勝てる存在なんて、何処にも居る訳がないんだから。
とりあえず、私の行く先は牢屋か国外か。そんな時に、将来有望な美形騎士様を、道連れにするなんて出来ない。
「ティルダ様……」
ゴートンは悲しそうで言葉もない様子だったけど、その時に取り巻きたちの声が聞こえ彼女たちが私を探しに来たのが見えたので、丁寧に彼に挨拶をしてここを立ち去ることにした。
これで良い。
ゲーム強制力の強さは私が一番良く知っているし、何の罪もないゴートンまで巻き込むなんて出来るはずもない。
次の更新予定
【コミカライズ】断罪不可避の悪役令嬢、純愛騎士の腕の中に墜つ。 待鳥園子 @machidori
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