ポーカーフェイスの裏面 ─ルナ視点



 私は子供の頃からずっと一人だった。

 特に遊ぶ友達もおらず、特に好きな趣味も無い。

 親からは甚大な期待を課せられ疲れ切っていた。


 ある日、親の言う事を聞かず習い事をサボって外に遊びに行った時があった。

 その時に出会ったの、私の王子様と。



「君、なんでこんな所にいるの? ここ、俺しか知らない秘密の特訓場だったんだけど……木に向かってツンツンしてるの、ダサいだろ? ごめんな……」



 目の前の少年はへらへらと笑いながら、私に話しかける。

 村の中では天才と言われて、私の親の親同士の付き合いもあってか子供達にも大人にも避けられていた私に、始めて真正面から話しかけてくれた人。

 少年はボロボロの槍を握って、木に突き刺していた。



「何やってるの? それ、意味あるの?」



「特訓さ! 意味は……あるかわかんないけど、やってみなきゃわかんないだろ! 君、どこの子? 俺、村の子達とかと付き合い薄くてさ……」



 次第に私は、この少年と話す事になった。

 サボって抜け出しては、特訓を見守った。

 特訓で怪我をした時は治してあげた。



「俺、みんなに言ったよ! ルナは回復魔法が凄いんだって! そしたら、みんな『凄い!』って言ってたぞ! 多分、これでルナの友達増えるんじゃないかな! 友達、少ないって言ってただろ?」



 彼の言う通り、それから私の元には連日怪我をした同年代の子達がよく怪我を治して貰おうと毎日駆け寄って来た。

 友達もそれなりに増えて、同年代の女の子の友達も増えた。

 けれど、やっぱりいつも少年、シェイドの元に行く事が最優先だった。



「俺な、スキルめちゃくちゃ少ないんだ。【疾風突き】ってのを最近覚えて……それ以降は、何も覚えられてないないや。スキルについては、マリアって言う凄い奴がいるんだけどな!」



 マリアと知り合ったのはそこからだった。

 私達二人の秘密の訓練場は、いつの間にか三人の遊び場になった。



「ルナ、王都に行って習ってる習い事に行くフリしてサボって来てるんだろ? なら、村の外の事は王都しか知らないのか?」



「うん、全然外に出ないから」



「折角だから、俺が色々教えてやるよ! 父さんと一緒によく王都以外の場所に遊びに行ったり、魔物を討伐したりのランスの訓練をしてるんだ!」



 多分そこからだった、私のシェイドへの恋心は。

 シェイドの話はまるで、馬に乗って草原を駆け抜ける様な爽快感があった。

 私を馬に乗せて、箱庭から飛び出させてくれた白馬の王子様。

 シェイドは王子様、そのものだった。


 時は流れて、5年後。

 親も私のサボりにやっと気付いて諦めてくれたのか、家に友達を呼ぶ事を許してくれた。

 私は早速シェイドを呼んで、お返しをする事にした。



「シェイド、私に貰いたい物とか何かある? なんでもあげるよ、お小遣いだけは無駄にあるし。練習用のランスとかも」



「お金なんて受け取れないよ、大事な友達から。そうだなぁ……代わりに、俺に魔法を教えてくれないか? 使ってみたいんだ、ルナみたいにかっこよく!」



 友達。

 その単語を私に使ってくれる度に、胸が躍った。

 だけれども、同時に胸が痛んだ。

 シェイドに魔法を教えて数日は経った後、シェイドは炎の初級魔法を扱える様になった。



「炎って、シェイドらしくて良いね。何処までも前向きって感じ」



「俺はそこまで前向きじゃないよ、炎も風が吹いたり、水をかけられたりしたらすぐ消えるだろ? だけど、ルナとかマリアみたいな俺を風や水から守ってくれる人がいるから、俺は元気に居られるんだ!」



 私は、シェイドを守れている。

 その言葉を聞いて、私は嬉しさのあまり笑みがほころんでしまう。

 私はついに確信してしまった。


 私はシェイドに恋している。


──────


「ねぇ、ルナ。シェイドに好きな人、出来たんだって……シェイドから聞いたんだ」



「シェイドが幸せなら、私はそれで良い。シェイドの幸せが、私の幸せだから」



「で、でも! それじゃあ、シェイドがもう遊んでくれなくなっちゃうよ! どうにかしないと、ルナの所にも来てくれなくなっちゃうかも……私、無理矢理でもシェイドと一緒になりたくて、シェイドに嫌われる様な事しちゃって、それで……」


 マリアは爪を噛みながら、私にそう告げる。

 シェイドが私の元に、来てくれない。


 私の利己的な欲求が告げる、シェイドは私の物だと。

 私以外を見ないシェイドなんて存在するはずが無い、する訳がない。



「じゃあ、どうするの。その女の子をどうにかするの?」



「ダメ、それだとシェイドが悲しんじゃう。どうにか、しないと。どうにか……!」



 私の中でぐるぐると渦巻く不安が、私に恐怖心を植え付ける。

 もしも本当に、マリアの言う通りシェイドがその女の子と付き合ってしまって、私と遊んでくれなくなってしまったら。

 私はまた孤独になってしまう、シェイドがいない世界なんて孤独でしかない。

 私の世界はシェイドが作ってくれた世界。


 私は、マリアにこう提案する事にした。



「私がシェイドの記憶を書き換えるの、都合の悪い事は全部消して」



「そんなことしたら、シェイドがシェイドじゃ無くなっちゃうかもしれないよ?!」



「書き換えるのは今だけ、いつか思い出せる程度には魔力は抑えておくから。思い出した時とか、私達にこの事を伝える覚悟が出来た時が、私達とシェイドの運命の日だから」



 正直、私もこんな事はしたくなかった。

 それはあまりにも利己的で、シェイドを愛しているならばしてはいけない事だから。

 でも、私の利己的な欲求がそれを抑えてはくれなかった。

 姑息な手を使ってでも、最後までシェイドも共に居たい。


 それが私の、一番の願いだったが故に。


──────

 マリアの件があってから三日ほどたった頃。


『ルナ、どうしたの……? いきなり俺の頭なんか触って。なんか付いてた?』



 ジェイドの頭に触れて、記憶を覗き見る。

 問題なく、書き換えられそうだった。



『ううん、何にもないよ。ちょっと触りたくなっただけだよ。魔術の練習、再開しよっか。シェイドは炎の魔術に才能があるね、多分私以上になるよ』



『過大評価だって……言われて悪い気はしないけどさ!』



 これから壊れてしまうかもしれない、いつも通りの日常。

 私は勇気を出してシェイドに抱き着いた。



「ルナ、危ないって! 突然どうしたの?」



「シェイドは、私の事どう思ってる? 教えて」



 この問いは、私の為の問い。

 ここで嫌いと言ってくれたなら、どこまで気は晴れるだろうか。

 でも、シェイドがそんな事を言うはずがない。

 私達は「トモダチ」だから。



「勿論! 好きだよ! あっ、誤解が無いように言うけど友達としてだな……」



「そっか、他に好きな人はいる?」



「友達として好きなのはマリアと……あ、あと……好きな人は、いる」


 

 マリアの言う通りだった。

 このままだと、私達はシェイドと一緒にはいられなくなってしまう。

 たとえ杞憂だとしても、可能性があるならば恐怖は消えない。



「そっか。シェイド。……私はね」



 シェイドに抱きつくのを辞めて、私は魔法を唱える。

 【プリズンロック】と。

 シェイドは動けない中でも口を動かして、私に何かを伝えようとしていた。

 でも聞けない、聞くことが出来ない。



「シェイド、大好き。でもね、私以外を見るシェイドは要らないの、存在してはいけないの。私達はずっと見つめ合って生きていくの。シェイドは私を鳥籠から出してくれた、白馬の王子様だから」



 せめて笑みくらいは浮かべたかったけれど、緊張で顔が動かない。

 シェイドに近付く、優しく頭に触れる。

 要らないなんて。

 こんな事思っていない、でも私は悪役になるしかない。



「シェイドは私に唯一の外の世界を教えてくれる人。村の外に出ちゃいけない私に、世界を教えてくれる人。シェイドと過ごす時間が唯一の幸せで、私の生き甲斐なの。だから、もし。シェイドが私以外になびいて私の元に来てくれなくなるって考えると……どうしようもない、絶望感に襲われるの」



 シェイドがこれから忘れてしまう、私の思い。

 伝える勇気がここでしかなかった愚かな私。

 シェイドの頭を優しく撫でて、記憶に触れる。



「だから少し、書き換えさせてさせてもらうね。大丈夫、痛くないから。ただ少しの間、蓋をするだけ」


 シェイドはその日、一日目覚めなかった。

 私は罪悪感に襲われて何度も吐き気を催した。


 だからこれからは、罪滅ぼしにシェイドの幸せになってあげるの。

 思い出した後も、絶対に。

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