告白 ─マリア


「シェイド、起きて? ちょっとお話したいんだけど〜?」 


 深夜頃だろうか、右耳の耳元で囁く様な声で起こされる。

 声の主を探るため、右に顔を向ける。



「あだだっ……あたっちゃった……」



 声の主はマリアだった、こんな深夜に起きているのは凄く珍しい。

 いつもは今頃いびきをかいている所だろうに。



「どうした? 何か用……話したいだけか、しょーがない、付き合うよ」



「やった、ルナともやってたんだからボクが断られたらどうしようかと思っちゃった。お外行こっか、少し体動かしたいし」



 マリアは珍しく小さめの声で俺に語りかける。

 俺も上着を手に取り、少し寒くなってきた深夜の宿屋の外の路地に出る。



「よし、シェイド。君に、伝えたい事があるの。聞きたい事でもあるかな?」



「何でもは答えられないからな……良識の範囲内にしてくれよ?」



「もぉ、ボクを何だと思ってるの。勿論良識の範囲内だよ!」



 マリアは軽く準備運動をしながらこちらに話しかける。

 マリアは体を動かすのが好きらしく、毎朝のルーティーンらしい。



「ねぇ、シェイド。なんであの蜘蛛みたいな奴が出てきた時、あんな危険な事したの?」



 突然の質問に少し狼狽える。

 危険な事をした、と言われても……すべき事をしただけだと思っていたから。



「そりゃ、マリアとルナに頼り切りになる訳にはいかないだろ? お前だって負担が大きくなるのは嫌だろ? 役割分担みたいな物だよ、良い所だけ貰って行ったとも言うけど」



「なんで頼り切りじゃダメなの?シェイドは、頑張らなくとも良いのに。無理して頑張ったって、泳げもしないのに湖で足掻いている様な物だよ、シェイド」



 いつものマリアとは思えない語り口調で、マリアは淡々とこちらに言葉を突きつける。

 腕を後ろに組みながら、ずっとこちらを見つめている。



「お、俺だってそれは理解してる。けど、掴みたい物があるんだ。でも、一人じゃやっぱり難しくて……」



 その言葉を聞いた瞬間、マリアは微笑むとこちらに軽い足取りで歩き始める。

 俺の手を握ると、真正面から目を見て話し始めた。


「それじゃあ、私が教えてあげるよ。手取り足取り〜って感じで。シェイドにはね、目を瞑ってて欲しいの」



「目を瞑る?」



「そう、目を瞑るの。辛い物とか、苦しい物。目の前の壁とか、越えなければならない試練とか。そんな物から目を瞑って、私に手を引っ張られてて欲しいの」



 今のマリアからは、いつも通りの陽気な気配を感じない。

 思い出せるのは、あの記憶。

 ありえるはずのない、頭が痛む苦痛の記憶。


 マリアの目を見つめ返す、マリアの目に光は宿っていなかった。

 月は雲に隠れ、目に反射する事は無い。



「シェイドにはね、辛い思いをして欲しくないの。昔はそう言いたかったんだけど、未熟で怖がらせちゃったよね。鬼ごっこ、だっけ? ふふ」



 鬼ごっこ。

 マリアは、絶対にあの記憶の事を言っている。

 本当に奥底に封じ込められた、あの記憶の事を。



「そ、そんな事あったっけ……はは」



「そっか、思い出せないか。……本当の事、教えてあげようか? シェイドが忘れてる、本当の記憶」



 本当の記憶、あれらが本当だと言うのなら。

 俺はルナと、マリアと。

 今まで通りの関係でいられる自信が無い。


 だけれど、俺の好奇心が足を止めるなと言う。

 本当に二人と「幼馴染」で居たいなら。

 この事実を、受け止めるべきだと。



「聞かせてくれ、その記憶って奴」



「うん、わかった。あのね、シェイドの記憶をルナにちょっと弄って貰ったの。一種の洗脳みたいな? こんなの、みんなにバレたら魔女だ〜って言われちゃう奴」



「そんな事する理由、無いだろ?」



「あるよ、勿論。シェイドが他の女に靡いていたのもあるけど……ボク達とずっと一緒にいるなら、ボク達の都合の悪い記憶を消しちゃった方が合理的かなって。何の変哲もない、距離感が近い幼馴染」



 実際、俺は見事に忘れていた。

 ルナの魔術の凄さは理解していたが、そんな事まで出来るなんて思ってもいなかった。

 こんな事が村のみんなにバレたら、ただでは済まなかっただろうに。



「正直ね、私達も記憶を忘れるのと一緒にね、この気持ちを捨てたかったんだ。シェイドへの恋心。シェイドは良い人だから、どっちか片方を選ぶ事は出来ないだろうな〜って結論が出てたから」



「どっちかを選ぶとかじゃない……俺達は親友同士で、ずっと……親友だったじゃないか……」



 思わず、止めどなく涙が溢れてしまう。

 でも、この気持ちを受け止めなきゃ本当の親友には戻らない。


 オトコとオンナ。

 垣根を越えた友情が実在すると思っていた。

 でも目の前にあったのは、二人の重い恋愛感情。

 俺は二人の気持ちを受け止めるには、弱すぎる。



「泣かないで、シェイド……目を瞑って欲しかったのはね、それもあるの。でも……これを伝えなきゃ、本当にシェイドとコイビトにはなれないだろうから。ね♡」



 マリアは優しく俺の背中をさする。

 恐怖と同時に、自分の無力感に打ちひしがれる。



「俺は、お前らと本当に親友だと思ってたんだ……俺は選ぶとか出来ないし、二人に釣り合う様な人じゃないんだよ……」



「釣り合うとかじゃないの、シェイド。ボクらがシェイドを強くしてあげるから♡ゾクゾクする……昔の事を思い出しちゃうな、えへへ……♡ボクらはね、覚えてないだろうけどキスをしたんだよ。誓いのキス。もう一度しよっか、今♡」



 いくら拒否しても通ることはないだろう、マリアの端正な整った顔が近付いてくる。

 優しく唇が触れる、涙でグジャグジャのろくに見えない目の前には、暗闇のような瞳を持ったマリアが居た。



「この事、ルナにも伝えておくから。これからは、ただの幼馴染の関係じゃいられないからね、シェイド。僕達はシェイドのお嫁さん候補だから♡」



 どう足掻いても変えられない現在、事実。

 微笑ましかった昨日の記憶も、一緒に食べた出店の記憶も。

 全てが台無しになって、全てが変わってしまうようなそんな気がした。



「大好きだよ、シェイド。この世の誰よりも。きっと、ルナも同じ気持ちだから。……逃げられないからね、シェイド♡」



 マリアは俺をしばらく見つめると、微笑を浮かべながら宿屋の中へと帰って行った。

 俺はしばらくした後、涙を堪えながら宿屋の中に戻って行った。


 部屋に戻ると、こちらを不気味な程満面の笑顔で見つめるルナといつも通りにいびきをかいて眠っているマリアがいた。

 俺の、俺の日常が音を立てて崩れ落ちる音がした。

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