第10話 やられ役の牢番、喧嘩を買う




「完成したよ、るがすっす君」


「おお、すごいっすね!!」


「ふふふ、君のアイディアがあってこそのものだよ」



 相変わらず俺の名前を間違って覚えているが、エレットは俺の要望の品を本当に翌日までに作ってしまった。


 彼女が作ったのは、一見すると大きな箱。


 全面に両開きの扉があり、それを開くと冷たい空気が流れ出てきた。


 そう、冷蔵庫である。


 からあげはルシフェールが食べたので保存に困ることはなかったが、今後何かを作った時に食べ切れないこともあるだろう。


 そんな時にはこれ一台。


 常温ならすぐに腐ってしまう生物も一週間は長持ちするはず。


 

「エレットさんがいて助かりますわー」


「なに、こちらも間借りしている身だからね。ちょっとした家賃を払っただけさ」


「……エレット殿、貴殿は一応捕虜として捕まっているのであって……。いや、何でもない」



 隣の牢屋にいたカティアナが何やら言いたげだったが、細かいことは気にしない。











 それからしばらく平和な時間が続いた。


 いや、魔王軍は人類とバチクソの戦争してるし、たまに魔王城に襲撃があるし、言うほど平和ではないが……。


 俺はスリングショットで魔物を狩り、調理して、気が向いたらルシフェールにお菓子を作る。


 それだけの日々が続いていた、ある日。



「このワタクシと決闘しなさい、下級魔族」



 あまりにも唐突だった。


 いつも通りに狩った獲物で食事を作って、カティアナやエレットに食べてもらっていた時。


 いきなり美少女が地下牢に押し掛けてきた。


 長い赤金色の髪をツインテールに束ね、青色の瞳が気の強そうな印象を受ける吊り目になっている女の子だ。


 年齢は十代後半くらいか。


 ルシフェールと比べるとかなり慎ましい胸だが、形がいい。美乳だ。


 それが分かるくらい薄い生地の服を着ている。


 いや、もう服と言っていいのか分からないくらい布面積の小さい紐だ。


 『プリヒロ』自体紳士がするためのゲームなので細かいことは気にしない方がいいが、本当に凄い格好である。


 俺はこの少女を知っていた。


 ゲームにも出てくるし、魔族で彼女のことを知らない者はいないからな。



「え、ええと、魔王軍幹部で『憤怒』のラーシア様ですよね?」


「フフフ、流石はワタクシ。名乗るまでもないようですわね!!」



 そう、実はこの美少女は魔王軍幹部。


 その中でも上位に位置する実力者であり、ルシフェールの側近だ。


 側近と言っても常に前線で戦っているため、あまりルシフェールの側で侍っているイメージはない人物だが……。


 『憤怒』の二つ名の通り、いつも何かにイライラしていて怖い人物だ。



「で、そのラーシア様が何故俺に決闘なんて?」



 魔族の間で決闘は割とよくあることだ。


 揉め事が起こった時は公の場で殺し合いをして、勝った方が命令できるというもの。


 当然、殺し合いなので死ぬこともままある。


 仮にも魔王軍では魔王に次ぐ実力者であるラーシアが下級魔族の俺に仕掛けてくるようなものではない。


 正直絶対に戦いたくない。勝てるわけないし。


 すると、ラーシアは俺の物言いにイライラした様子で言った。



「白々しいですわね!! 貴方が死肉にたかるハエのようにルシフェール様に取り入ろうとしていることを、このワタクシが知らないとでも!?」


「……その理論で行くと、魔王様が死肉になっちゃいますけど」


「屁理屈は結構ですわ!!」


「えぇー?」



 どうやらラーシアは俺がルシフェールに取り入っているのが気に入らないらしい。


 さて、どうしたものか。



「丁重にお断りします」


「フフフ、いい返事ですわね!! 首を洗って待って――え?」


「お断りします」



 むしろ何故承諾すると思ったのか。



「に、逃げるつもりですの!?」


「どう捉えても結構ですけど、俺は絶対に決闘とかしないですよ」


「あ、貴方に魔族としての誇りは――」


「んなもんとっくに捨ててます。はい、というわけでお帰りください」



 俺は上階へ続いている階段を指差した。


 ラーシアが肩をぷるぷると震わせ、俺をキッと鋭く睨む。


 怖いなあ。



「こ、このワタクシをコケにしてタダで済むとお思いですの!?」


「コケもウンコもへったくれもないですよ」


「ウ、ウン!? 下品ですわ!!」


「下品で結構です。そんな下品な下級魔族を相手にしてる時間があるなら有意義に時間を使ってください。はい、お帰りはこちらです」


「こ、この――」



 あ、しまった。煽りすぎてしちまった。


 ラーシアが握った拳を振り上げ、俺を殴ろうとしたその瞬間だった。



「ルガスよ、何を騒いでおるのじゃ? む、ラーシアではないか」


「!? ル、ルシフェール様!?」


「あ、魔王様。また来たんすか」


「そう嫌そうな顔をするでない!! して、今日は何を作ったのじゃ?」



 ルシフェールは俺の料理をまたたかりに来たのだろう。


 タイミングよく地下牢にやってきた。



「ル、ルシフェール様!!」


「なんじゃ、ラーシア。お主もルガスの料理を食べたいのか?」


「いいえ!! そのようなものを食べるのはお止めください!!」


「何故じゃ?」


「な、何故って、そのようなものを食べては軟弱になってしまいますわ!!」



 ルシフェールにラーシアが詰め寄る。


 しかし、ルシフェールは肩を竦めてラーシアの主張を一笑に付した。



「ラーシアは知らんようじゃな」


「な、何をですの?」


「美味い食事は身体を健康にするのじゃ。そして、健康は強くなるための第一歩。ルガスがそう言っていたのじゃ。バランスよく食べることが重要なのじゃぞ」



 大きな胸を張って言うルシフェール。


 いつだったか、ルシフェールが好き嫌いしていたので上手いこと言いくるめた時に俺が語った内容だ。


 めちゃくちゃ得意気に言うな……。


 しかし、それでもラーシアは俺が気に入らないのかルシフェールにも食ってかかる。


 

「いいえ!! なりませんわ!! とにかくこんなもの食べてはなりませんわ!!」


「あ!? な、何をするのじゃ!?」



 そう言って俺がルシフェールに料理を取り分けた皿をラーシアがひっくり返した。


 料理が地面に落ちる瞬間。


 ルシフェールが辛うじて地面と落下する料理の間に入って口で受け止める。



「うむ、今日も美味いのじゃ!! って、そうではない!! ラーシア、食べ物を粗末にするとルガスがぶちギレるのじゃ!!」


「ルシフェール様? まさかその下級魔族を怒らせることを恐れているのですか!? 魔王ともあろう貴方様が――」


「おいコラ、クソツインテール」


「……え?」



 まただ。


 ルシフェールといい、どうしてこうも魔族ってのは食に対する感謝というものがないのか。



「決闘だったな? 上等だよ。その喧嘩買ってやる。てめーまじで絶対に許さん」


「え? え? な、何故急にやる気に!?」


「なんだ? ビビってんのか? 魔王軍幹部(笑)が下級魔族相手にビビってんですかぁ?」


「な、なんですって!? じょ、上等ですわ!! ボコボコにしてやりますわ!!」


「なぜ二人が決闘する流れになっておるのじゃ?」



 ぶちギレる俺と激昂するラーシア。


 そして、何が起こっているのかいまいち分かっていないルシフェール。


 こうして数日後。


 俺は魔王軍幹部のラーシアと決闘することになったのである。









―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「ですわ系お嬢様って分からせたくなるよね」


ル「おまわりさん、こいつです」



「分からせ甲斐がありそう」「ルシフェール食い意地張ってて笑う」「おまわりさんこいつです」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。


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