第7話 やられ役の牢番、秒で脱獄?される





 数日後。


 俺が地下牢でカティアナや先輩と雑談していると、急に上階の方が騒がしくなった。



「何事だ、騒がしいぞ」


「……まあ、多分敵襲っすね」


「!? 貴様らは行かなくていいのか!?」


「いやほら、俺や先輩は牢番ですし。兵士が何とかしますよ、きっと」



 しかし、敵が地下牢に来ないとも限らない。


 なので最低限の警戒をしながら、俺は作業に没頭する。


 何をしているのか、だって?


 ある素材と木材を使って戦うための武器を自作しているのだ。


 でもこれが難しい。



「あっ!? また折れちゃった……」


「……先程から何をしているのだ?」


「スリングショット作ってんすよ」



 ルシフェールに言われたからではないが、ヒロインが脱走した時のための備えである。


 戦闘になればほぼ勝てないだろうが、無抵抗のままでは死ぬしかない状況に陥った時に役立つはずだ。


 しかし、スリングショットの加工が難しい。


 というかそもそも木で作ろうとすると耐久性に難があるようで壊れてしまう。



「……その伸び縮みするものはなんだ?」


「干しスライム。ゴムの代わりになるなって思って」


「ごむ? とはなんだ?」



 スライムは万能素材だ。


 食べてもよし、ポーションの素材にしてもよし、ゴムの代わりにしてもよしと言われている。


 ……最後に関しては俺が言ってるだけだが。


 これを見てビビッと来た俺はスリングショットみたいな武器作れそうじゃん!! って思って今に至るわけだ。


 と、カティアナと雑談しながらスリングショットを作っていた、その時。



「おい、牢番!! 捕まえた侵入者を牢屋に入れておけ!!」



 城を守る兵士が怒鳴りながらロープでぐるぐる巻きにした少女を突き飛ばしてきた。


 俺は少女を抱き止め、ギョッとする。


 一見すると、肩くらいの長さで切り揃えた空色の髪と、紺碧の瞳をした眠たげなジト目が可愛らしい少女だ。


 俺はその少女に見覚えがある。


 エルフでありながらドワーフのようにもの作りが大好きな少女。


 彼女の名はエレット。


 『プリヒロ』に出てくるヒロインの中でも特に異質なヒロインだ。



「まったく、乱暴な兵士だね。魔族はもう少しレディーの扱いというものを学ぶべきだろう」


「……あー、牢屋までエスコートしましょうか?」


「む、君は見どころがありそうだな。私はエレット。しがないエルフの職人さ。君の名前は?」


「ルガスっす」


「るがすっす君か」


「あ、いや、名前はルガスで……」


「るがすで……? 君は変な名前をしているね。まあ、個性があっていいと思うよ」


「……まあ、何でもいいっすよ」



 俺はエレットをカティアナの隣の牢屋に入れる。


 すると、カティアナが目を瞬かせた。



「なっ、エレット殿!?」


「おや、カティ何とかちゃんか。久しぶりだね。てっきり死んでいるものかと思ったが、そうか。君も捕まっていたのか」


「え、ええ、まあ……。あと私はカティアナです」


「カティアナデス? いつの間に改名したのだね?」


「……いえ、何でもないです……」



 マイペースなエレットにカティアナデスも思わず口を噤む。



「しかし、何故貴女がここに?」


「なに、ちょっと新しい魔法具を試そうと思っていたのだけど、連合軍の基地の一つを消滅させてしまってね」


「!?」


「そんなに実験がしたいなら魔王城でやれと言われてここに来たのだよ。しかし、魔王城の一部を破壊したら魔王が出てきてね。あっさり捕まってしまった」



 ああ、うん。


 たしかそういう感じのヒロインだったよな、エレットは。


 彼女は生まれながら魔法の才能がなく、その反面凄まじい魔力を有していた。

 そのため、宝の持ち腐れと他のエルフから馬鹿にされて育ったのだ。


 エレットはエルフたちを見返すため、ドワーフの職人に弟子入りして魔法具の作り方を習得したのだが……。


 そのうち研究自体が楽しくなって、見返すとか忘れて研究に没頭。


 連合軍では『天災』と呼ばれるようになった。


 魔王城を襲撃したのも何を実験してもいい場所と判断した、という中々マッドな部分が垣間見える理由だ。



「るがすっす君、そっちのテーブルにあるものはなんだい? 弩を作っているのかい? 随分とコンパクトだが」


「あ、いや、これはスリングショットと言って、小さい石とか飛ばす武器っすね」


「ほう、武器か。どれ、詳しく見せてくれ」


「え? あ、でもまだ全然完成していなくて――」


「いいから見せたまえ。いや、もういい。自分で見る」



 そう言ってエレットはどこからか針金を取り出し、自力で牢屋の扉を開けた。


 !? え、秒で脱獄しやがった!?


 俺は思わず硬直するが、エレットはテーブルの上の未完成なスリングショットに興味津々なのか、逃げ出すことはしなかった。


 ……鍵はもう少し頑丈なものに取り替えておこうかな。



「ふむふむ。なるほど。伸縮する干しスライムの性質を利用して物を飛ばすのか。仕組みは弩と似たようなものだが、干しスライムの伸縮によって物を飛ばす威力と速度が高くなる、と」



 一瞬でスリングショットを分析するエレット。


 このヒロイン、あっさり脱獄するわ、あっさり見抜くわ生で見ると凄いな。



「凄いな、君は」


「え?」


「私は干しスライムがこういう使い方ができるとは考えもしなかった。これは面白い。色々なことに応用できるだろう。私は1から10や100を作り出すのは得意だが、0から1を作るのは苦手でね。君を素直に尊敬するよ」


「あ、ど、どうも。って、まあ、別にこれ俺が考えたわけじゃないんですけど」



 と、そこまで言って俺はハッとした。


 手放しで褒められるのがむず痒くて言ってしまったが、失言だったと遅れて気付く。


 ヒロインの好感度を上げねば、やられ役の俺は彼女たちが脱獄する際にあっさり殺されてしまうのだから。


 尊敬すると言われたなら黙って尊敬されて好感度を上げるべきだった。


 俺は慌てて言い訳を考える。


 しかし、こちらが何かを言う前にエレットがじーっと俺を見つめて言った。



「ふむ。それの何が悪いのかね?」


「え?」


「作り手というのは常に誰かの作ったものを盗むものだ。作る技術、アイディアも然り。それに誰かが考えたものを形にしようとするのは殊更難しいものだ。それを成そうとしている君を、やはり私は尊敬する」


「は、はあ……?」


「なのでこれは私からのプレゼントだ。是非受け取ってくれたまえ」


「え? んん!?」



 そう言ってエレットが手渡してきたのは、完成したスリングショットだった。


 今、話しながら作ってたのか!?



「君からは可能性を感じる。今まで私の知らなかった世界を君が知っているかのような、不思議な感覚だ。しばらくはこの牢屋で過ごさせてもらおう」


「え、あ、ど、どうぞ?」


「ああ、何か欲しいものがあったら私に言うといい。私のそそるものであれば、材料があるなら作ってあげよう」



 よく分かんないが、どうやらエレットの俺に対する好感度は高めらしい。


 まあ、脱獄はされたけど、自分から牢屋に戻って行ったし……問題ナシ!!







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「こういうマイペースな子が大変な目に遭うと思うとそそる」


ル「分かる」



「面白い」「秒で脱獄されてて笑った」「おまわりさん、この作者です」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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