第6話 やられ役の牢番、ぶっ壊す






「ふ、ふん。まあ、お主の持ってきたコレに免じて先日の無礼は許してやるのじゃ」



 ルシフェールは俺のべっこう飴で作った傑作『ゴ◯ラVSキングギ◯ラ』が気に入ったらしい。


 先日のことを許すとまで言ってきた。


 我ながら素晴らしい作品を作ったとは思うが、ここまでとは。


 ……チョロい。



「あら、本当に凄いわね。何でできているのかしら?」



 俺とルシフェールが話す場を設けた張本人、マリセラが興味深そうにべっこう飴細工を眺めながら言う。


 あ、そうか。


 そもそも食事が毎日ダークマターな魔族だ。そもそもお菓子の概念がないのだろう。



「ええと、これは砂糖を溶かして作ったんですよ」


「さとう? なんじゃそれは」


「魔王城の厨房の倉庫にある白い砂みたいな奴です。見たことありません?」


「あるわけないじゃろ。厨房なぞ下級魔族が立つ場所なのじゃ」


「あー、まあ、そっすね」



 この魔族特有の『強さのみを重視する』考え方はどうにかならないものか。


 説明がしづらくて仕方がない。



「ええと、めっちゃ簡単に言うと食えるんです、これ」


「あら?」


「む?」



 俺の一言にルシフェールとマリセラが目を瞬かせる。



「これが食べられるの?」


「はい。試しに食ってみますか」



 俺はハンマーを取り出し、構える。


 『ゴ◯ラVSキングギ◯ラ』は傑作だが、このままでは口に入らない。


 一度砕かねばなるまい。


 しかし、どういうわけかそこでルシフェールが俺に待ったをかけてきた。



「ま、待て!! お主、何をするつもりなのじゃ!?」


「何って、ぶっ壊すんですよ。じゃないと食えないですし」


「だ、駄目なのじゃ!! これはもう余のものなのじゃ!!」



 そう言って俺から『ゴ◯ラVSキングギ◯ラ』を庇うように立ちはだかるルシフェール。


 俺はハンマーを下ろした。


 それを見たルシフェールは俺が壊すのをやめたと思ったのだろう。


 露骨に安堵した表情を浮かべる。



「お、おお!! 壊すのはやめてくれるのか!?」


「魔王様」



 しかし、敢えて言わせてもらおう。



「世の中どんなもんでもいつかは壊れるもんです。壊してこその芸術です。というか壊さなくても夏になればでろでろに溶けます」


「む、そ、そうなのか? いや、しかし、それまでは部屋に飾っておくのじゃ!! 壊すのは駄目なのじゃ!!」


「そう言ってくれるのは作った側として嬉しいんですけどね。――あっ、あそこに野生のエンシェントドラゴンが!!」


「む!?」


「そい!!」



 ルシフェールが何もない空に気を取られている間に俺はハンマーを振り下ろした。


 魔王と言っても、所詮はまだまだガキンチョ。


 人生経験豊富な俺の自然すぎるミスディレクションの前には無力だった。



「あっ、よ、余のべっこうなんとかが――ッ!!」


「べっこう飴っすよ」


「お、お主、絶対に許さんのじゃ!! 今度こそ死刑にしてやるのじゃ!!」


「いやこれお菓子なんで。元々食うもんなので。はい、どうぞ」


「ええい、何を――もごっ!?」



 俺は砕いたべっこう飴をルシフェールの口に捩じ込む。


 すると、ルシフェールは硬直した。



「な、なんじゃ、これは……」



 わなわなと肩を震わせるルシフェール。


 あれ? 怒ってる? いや、味見はしたし、流石にそれはないよな。


 ということは……。



「よ、よく分からんが、口の中に何かこう、幸せな感じが広がっていくのじゃ!!」



 ルシフェールは感動で震えていたらしい。


 まあ、普段から食ってるものがあの真っ黒なダークマターだからな。


 甘いという感想すら分からないのだろう。


 べっこう飴の欠片をひょいひょいと手に取って口に放り込み始めるルシフェール。



「母上も食べてみるのじゃ!!」


「あら、なら私もいただこうかしら。――まあ、とても甘いわね」


「まあ、砂糖の塊ですから。食べた後はしっかり歯を磨くことをおすすめしますけど」



 マリセラからも好評らしい。


 すると、ルシフェールが何を思ったのか俺に詰め寄ってきた。



「おい、お主!! 名はたしかルガスだったかの?」


「あ、はい。そっすけど」


「お主、これを量産するのじゃ!! 褒美に余のコレクションの魔剣をくれてやってもよいぞ!!」


「めんどいんで嫌です」


「!?」



 断られるとは思っていなかったのか、ルシフェールがギョッとする。


 まあ、普通の魔族なら断らない。


 強者の命令だし、魔剣をくれると言われたら絶対に頷くだろう。


 でも断る。



「な、なぜじゃ!?」


「魔剣とかもらっても持て余しますし」


「ぐ、ぐぬぬ、ではお主を余の側近にしてやるのじゃ!!」


「あ、それも遠慮しときます。牢番の仕事があるんで」


「!?」



 それにルシフェールの側近にはなりたくない。


 彼女の側近になったら下克上を狙っている奴に襲われる可能性があるからな。



「俺みたいな下級魔族が側近になっても秒でその座は奪われますよ、きっと。物理的に排除されて。抵抗することもできずにフルボッコです」


「むぅ、な、ならばお主も強くなればいいのじゃ!!」


「んな無茶な……」


「どんな手を使ってもよい!! 早く強くなるのじゃ、ルガス!!」


「えぇー」


「嫌そうにするでない!!」



 プンプンと頬を膨らませるルシフェール。ちょっと可愛い。



「んー、じゃあ気が向いた時に色々と作るんで、それで手打ちにしてくださいよ」


「む? 色々? これ以外にも何か作れるのか?」


「まあ、可能っちゃ可能っすね。プロじゃないんでガチの奴は無理っすけど、あの倉庫無駄に材料があったんで」



 本当に不思議だ。


 魔王城で出される食べ物は全てダークマターなのに食料保管庫には色々と材料があった。


 あれか? 『プリヒロ』が日本発の紳士ゲーだから食材は日本で使うものが一通り揃っているのだろうか。


 作中では語られなかった細かい部分は現代日本と同レベルとか?


 ……いや、ないか。


 中世ヨーロッパ風の世界観と文明レベルだし、『プリヒロ』七不思議の一つでも思っておこう。


 残りの六つは知らん。



「卵と小麦粉はありましたし、メレンゲクッキーとかケーキとか、まあ、その辺は一応作れますかね」


「めれんげくっきぃ? けぇき? よ、よく分からんが凄い奴なのじゃ!?」


「まあ、素人に毛が生えた程度ですけど」


「ぐぬぬぬ、仕方あるまい。では、作った時は必ず余を呼ぶのじゃぞ!! 独り占めしたら死刑じゃからな!!」



 えぇ、死刑はやだ……。



「それはそれとして、ルガス!!」


「なんです?」


「お主、もっと強くなるのじゃ!! そうすれば余の側近にもなれるぞ!! そうすれば余もお主のオカシとやらを食べ放題――げふんげふん、何でもないのじゃ」



 強くなれと言われても困る。


 この世界の魔族にとって、強さとは才能と努力が物を言う分野だ。


 少なくとも俺には才能がなかった。


 どうにか努力して下級魔族ながら牢番という、有事には戦闘を行う職業に就くことがやっとだったのだ。


 それを強くなれと言われても、すぐには難しい。


 現代兵器でも作ってマシンガンヒャッハーしたら話は別だろうが、知識も技術もない俺に作るのは不可能だ。


 まあ、俺の知るもの作りが大好きなヒロインがいたら話は別だけどな。


 








 しかし、やられ役の牢番に転生したこと然り、思わぬ出来事というのは往々にしてよくあることらしい。


 ルシフェールと和解した数日後。


 魔王城は襲撃を受け、新たに一人の捕虜――ヒロインを捕らえたのである。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「芸術は破壊、破壊は芸術だよ」


ル「だな」


作者「新作『悪役王子に転生したので破滅回避は諦めて短い余生を快適に暮らしたい。』も時間のある方はどうぞー」



「魔王チョロかわいい」「エンシェントドラゴンは笑った」「あとがきラスボスみたいなこと言ってて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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