第5話 下僕と言う名の執事、授業の天才となる
ニャルラトホテプを「下僕」にしてから数日。俺の生活は明らかに変わった。いや、良い意味で変わったと言うべきだろう。
まず第一に、俺の家が突然やたらと綺麗になった。
「おい、ニャル。何だこの完璧な掃除は?」
「主人の住まいが汚いのは許せないからな。」
ニャルラトホテプは、執事のようにエプロンをつけ、無駄なく磨き上げたリビングで満足げに立っていた。これにはさすがの俺も驚いた。まさか邪神が掃除までこなすとは……しかもそのクオリティがプロの清掃業者を軽く凌駕している。
「お前、本当に邪神か?」
「当たり前だ。ただ、邪神だからといって無秩序な生活をするわけではない。むしろ秩序を愛する者も多い。」
「秩序ねえ……」
俺は呆れつつも、感謝の言葉を口にした。これで生活が楽になるなら文句はない。
◆
そして、次に起きた変化――それは学校での出来事だった。
ニャルラトホテプは、俺が学校に行く間も律儀に「お供する」と主張し、教師に化けて学校に侵入することを提案してきた。
「ちょっと待て、お前が教師だと!? 冗談だろ?」
「冗談ではないとも。私は多様な知識を持ち、教育にも秀でている。それに、主人が通う場所を知らないままでは護衛の意味がないだろう?」
「いや、護衛なんて別に必要ないんだが……」
俺が渋る間もなく、ニャルラトホテプは完璧にスーツを着こなし、「教師」として学校に現れた。そして驚くべきことに、彼の授業がやたらと面白いのだ。
◆
それは数学の授業だった。
「さて、生徒諸君。数学とは、宇宙そのものを読み解く鍵である。人類がこの知識をどう使い、どう誤解してきたかを考えてみよう。」
ニャルラトホテプ――学校では「浅間(あさま)先生」と名乗るこの男(邪神)は、黒板に見事な図形を描きながら、生徒たちに問いかけた。
「例えば、三角形の内角の和が180度であるという常識。これが地球という制約の中でのみ成立する話であることを知っているか?」
「え、違うんですか!?」
「その通り。非ユークリッド幾何学において、球面や双曲面上では別の法則が適用される。例えば宇宙空間において、この法則を活用すれば、旅路を最適化することが可能だ。」
生徒たちの目が輝き始めた。普通の数学の授業ではありえないほど、全員が彼の話に引き込まれている。俺も正直驚いていた。邪神が数学を語り、生徒が真剣に聞き入る光景はシュールそのものだった。
「ねえ、阿佐間。あの先生すごいよね!」
隣の席の橘美緒が嬉しそうに話しかけてきた。
「あ、ああ……すごいよな。」
俺は答えながら、心の中で複雑な感情を抱いていた。ニャルラトホテプが授業を通じて生徒たちの心を掴んでいく。これで邪神を下僕にした俺の株も上がるのか、それとも逆に面倒ごとを招くのか――。
◆
その日の放課後、俺は自宅に帰る途中でニャルラトホテプに声をかけた。
「おい、ニャル。本当にあんなことまでやるのか?」
「当然だろう。主人の学校生活を円滑にするのが私の役目だからな。」
「いや、授業を担当するのが円滑につながるかは微妙だろ。」
ニャルラトホテプは微笑みながら言った。
「知識は力だ。君も学び続けることを怠らないことだ。」
俺は深いため息をつきながらも、邪神らしからぬこの執事に感謝せざるを得なかった。
「まあ、しばらく好きにさせてやるよ。」
それが、この奇妙な共存生活をより複雑にしていく最初の一歩だった。
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