第3話 転生して世界の裏側を知る件

学校生活が平穏になった――そう思ったのも束の間だった。


「阿佐間、ちょっといいか?」


授業が終わった直後、クラスメイトの一人、橘美緒が話しかけてきた。彼女は明るくてクラスの人気者だが、俺にとっては何かと謎が多い存在でもある。普段は他人との距離を保つタイプの俺に、やけに絡んでくるのも不思議だった。


「何だ?」


「あんた、最近ダゴン秘密教団の奴らと何かあったでしょ?」


「……は?」


心臓が一瞬止まった。何で美緒が教団のことを知ってるんだ? 普通の人間には見えないはずの裏の世界の話だぞ。


「どういうことだよ、それ。」


俺は自然を装いながら返したが、美緒は鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。


「とぼけないで。私は知ってるのよ。あんたが普通じゃない力を持ってることも。」


「……誰だ、お前。」


美緒の存在が急激に異質に感じられた。その瞬間、教室の空気が微かに変わる。彼女が俺の耳元に顔を近づけ、小さな声で囁いた。


「私は“暗黒のファラオ団”の一員よ。」



その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は警戒心でいっぱいになった。“暗黒のファラオ団”――ニャルラトホテプを信仰するカルト教団だ。奴らの目的はニャルラトホテプをこの世界に顕現させること。俺が一番関わりたくない連中だ。


「なんで俺に近づいた?」


「決まってるでしょ。あなたの力を利用するためよ。」


美緒は平然とそう言ったが、その顔には敵意は感じられなかった。むしろ、どこか試すような眼差しだった。


「力を利用するって言ってもな、俺は何も特別なことしてないんだけど。」


「ビヤーキーを召喚して教団を蹴散らしたのに?」


……どうやら見られてたらしい。俺はため息をつきながら席に座り直し、美緒に視線を向けた。


「それで? 俺にどうしてほしいんだよ。」


「協力してほしいの。暗黒のファラオ団を止めるために。」


「……は?」


予想外の言葉に、俺は思わず聞き返した。


「お前、暗黒のファラオ団の一員なんだろ? それが何で自分の組織を止めたいんだよ。」


「信仰と組織の目的は別物よ。私はファラオを信じてるけど、世界を滅ぼすなんて冗談じゃない。」


美緒の言葉には本気が感じられた。少なくとも、今ここで嘘をついているようには見えない。


「信じろって言われてもなあ……。」


「じゃあ、これを見て。」


美緒はポケットから小さなペンダントを取り出した。それは黒い石でできていて、不気味な紋様が刻まれている。見た瞬間、俺は背筋がぞくりとした。


「これは……ニャルラトホテプの加護?」


「あんた、やっぱり詳しいのね。」


「まあな。で、それがどうしたんだ?」


「これは私の“誓い”の証よ。この加護を捨てるつもりはない。でも、この力を世界の滅亡になんか使わせない。」


美緒の声には揺るぎない意志があった。俺はしばらく考え込んだ後、仕方なく頷いた。


「わかった。信じてやるよ。ただし、俺を裏切ったら容赦しないからな。」


「当然よ。」


美緒はニッと笑った。その笑顔に、俺はどこか救われた気がした。



その日の夜、儀式の間で俺はミスカトニックに相談していた。


「暗黒のファラオ団の一員が協力を申し出てきたんだが、これってどう思う?」


ミスカトニックは少し考えた後、口を開いた。


「ニャルラトホテプは気まぐれな存在です。その信者が何を考えているのかは分かりませんが、注意するに越したことはないでしょう。」


「だよな……。」


俺の新しい日常は、さらに混沌を極める予感がしていた。だが、不思議と悪い気分じゃなかった。


「退屈しないって、こういうことなんだろうな。」


俺は自嘲気味に笑いながら、次に来る嵐に備えることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る