第3話 転生して世界の裏側を知る件
学校生活が平穏になった――そう思ったのも束の間だった。
「阿佐間、ちょっといいか?」
授業が終わった直後、クラスメイトの一人、橘美緒が話しかけてきた。彼女は明るくてクラスの人気者だが、俺にとっては何かと謎が多い存在でもある。普段は他人との距離を保つタイプの俺に、やけに絡んでくるのも不思議だった。
「何だ?」
「あんた、最近ダゴン秘密教団の奴らと何かあったでしょ?」
「……は?」
心臓が一瞬止まった。何で美緒が教団のことを知ってるんだ? 普通の人間には見えないはずの裏の世界の話だぞ。
「どういうことだよ、それ。」
俺は自然を装いながら返したが、美緒は鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。
「とぼけないで。私は知ってるのよ。あんたが普通じゃない力を持ってることも。」
「……誰だ、お前。」
美緒の存在が急激に異質に感じられた。その瞬間、教室の空気が微かに変わる。彼女が俺の耳元に顔を近づけ、小さな声で囁いた。
「私は“暗黒のファラオ団”の一員よ。」
◆
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は警戒心でいっぱいになった。“暗黒のファラオ団”――ニャルラトホテプを信仰するカルト教団だ。奴らの目的はニャルラトホテプをこの世界に顕現させること。俺が一番関わりたくない連中だ。
「なんで俺に近づいた?」
「決まってるでしょ。あなたの力を利用するためよ。」
美緒は平然とそう言ったが、その顔には敵意は感じられなかった。むしろ、どこか試すような眼差しだった。
「力を利用するって言ってもな、俺は何も特別なことしてないんだけど。」
「ビヤーキーを召喚して教団を蹴散らしたのに?」
……どうやら見られてたらしい。俺はため息をつきながら席に座り直し、美緒に視線を向けた。
「それで? 俺にどうしてほしいんだよ。」
「協力してほしいの。暗黒のファラオ団を止めるために。」
「……は?」
予想外の言葉に、俺は思わず聞き返した。
「お前、暗黒のファラオ団の一員なんだろ? それが何で自分の組織を止めたいんだよ。」
「信仰と組織の目的は別物よ。私はファラオを信じてるけど、世界を滅ぼすなんて冗談じゃない。」
美緒の言葉には本気が感じられた。少なくとも、今ここで嘘をついているようには見えない。
「信じろって言われてもなあ……。」
「じゃあ、これを見て。」
美緒はポケットから小さなペンダントを取り出した。それは黒い石でできていて、不気味な紋様が刻まれている。見た瞬間、俺は背筋がぞくりとした。
「これは……ニャルラトホテプの加護?」
「あんた、やっぱり詳しいのね。」
「まあな。で、それがどうしたんだ?」
「これは私の“誓い”の証よ。この加護を捨てるつもりはない。でも、この力を世界の滅亡になんか使わせない。」
美緒の声には揺るぎない意志があった。俺はしばらく考え込んだ後、仕方なく頷いた。
「わかった。信じてやるよ。ただし、俺を裏切ったら容赦しないからな。」
「当然よ。」
美緒はニッと笑った。その笑顔に、俺はどこか救われた気がした。
◆
その日の夜、儀式の間で俺はミスカトニックに相談していた。
「暗黒のファラオ団の一員が協力を申し出てきたんだが、これってどう思う?」
ミスカトニックは少し考えた後、口を開いた。
「ニャルラトホテプは気まぐれな存在です。その信者が何を考えているのかは分かりませんが、注意するに越したことはないでしょう。」
「だよな……。」
俺の新しい日常は、さらに混沌を極める予感がしていた。だが、不思議と悪い気分じゃなかった。
「退屈しないって、こういうことなんだろうな。」
俺は自嘲気味に笑いながら、次に来る嵐に備えることにした。
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