幕間 朔美は楽しい。それはそれとして言いたいこともある
「…………」
まったく……酷い目に遭いました……本当に酷かった。ただでさえくすぐりに弱いし、嫌いなのに……宙ぶらりんの状態で無防備な腋を好き放題される絶望と言ったら……。
「ふぅ……疲れたわね」
「ログハウスのテラスって結構落ち着くよな」
そう。わたしたちが居るのはログハウスのテラスです。木のテーブルと椅子が4つ置いてあって、心地よい風が吹き抜けていくから火照った身体を落ち着かせるのにもってこいの場所。
わたしがひとりで座っていて、テーブルを挟んだ対面には璃砂ちゃんと透くんが並んで座っている。
「庭……って言うには広い空間だけど……ちょっと寂しいわね」
「璃砂がガーデニングでもしてみればどうだ?」
「私にそんな趣味ないわ」
「知ってる」
「ねえ透。テラスにハンモック置いたら昼寝するのに丁度良さそうじゃない?」
「いいかもな。ならバーベキューとかできるスペースも欲しい」
楽しそうに言葉を交わしている。本音を言えば混ざりたいけれど、わたしはふたりが話しているのを見守っているのも好きだった。
もっとも、今はついさっきまで続いていたくすぐりの影響でテーブルに突っ伏してグロッキーですけどね! こんなだらしない格好をあの口煩い家族モドキに見られるといくつのお小言が飛んでくるかわからない。そんなだからお母さんも家出したんじゃないの? と思ってしまう。
だけどもう関係ない。わたしはこの世界で生きていくことにしたんだから。変人だけど、大好きだった両親を事故で失って……日本に未練なんてもうない。
強いて言うなら親友って言ってもいい璃砂ちゃんと透くんともう2度と会えないのが未練だったけど、こうやって再会して一緒に暮らすことになった現在……日本のことなんて忘れてしまっても構わない。もちろん両親のことだけは胸にしっかりと刻んでおくけど。
「魔力に余裕ができたらログハウスの改築しましょうか」
「賛成!」
「朔美も欲しいモノあったりする?」
ずっと黙っているわたしをスルーできなくなったのか、璃砂ちゃんが話を振ってきた。身体を起こすのも辛くて、かろうじて頭だけを起こしてふたりを見る。
「「……」」
気まずそうなふたり。わたしとしては上目遣いのつもりだけど、角度の問題で睨んでいるように感じるのかもしれない。
「別に怒ってません」
だから先に言っておく。
「その……大変だったわね」
璃砂ちゃんが気遣うように言ってくるけど……。
「璃砂ちゃんはいいですよね。透ちゃんとイチャイチャイチャイチャしていただけですからね」
「…………だってさ透」
わたしの文句をそのまま透くんにパスする璃砂ちゃん。都合が悪くなると相方に受け流すふたりの関係。見ていてほんとに飽きないし楽しい。口喧嘩に発展すれば尚良し。自分でも性格悪いと思うけど、思ったことをお互いに言い合える信頼感って憧れるモノがある。だからわたしはこのふたりと仲良くなれたんだと思う。記憶がなくなってるらしいのに、再会してあっという間に元の距離間に戻っているのが嬉しくてたまらない。
「……なんで俺に振るんだよ」
「私を選んだのあんたでしょ!」
「あの場面で朔美を選ぶ選択肢はないだろうが!」
「そ、そう……」
嬉しそうな璃砂ちゃん。はい透くんの言う通りです。あのときわたしを選ぶのはナシです。
しょっちゅう口喧嘩するのに、お互いのことを理解していてラインは基本的に越えない。
日本時代はお互いが「好きで好きで仕方ない」って空気を出しておきながら幼馴染の関係を楽しんでいたふたり。
こっちに来て速攻でくっついたらしいけど……あんまり変わった感じがしない。
……わたしが居ないところではキスしたりしてるのかな? どうだろ? してて欲しいなぁ……。
キスと言えば、魔力を渡すためにしちゃったけど……璃砂ちゃんはもちろん、目の前で彼女の唇を奪われた透くんにも怒られなかったのは一安心。舌まで入れちゃったし……実は気にしてたんだよね。
でも……もし透くんに魔力の補充が必要になったときは……璃砂ちゃんは絶対に怒るよね……わたしと璃砂ちゃんは女同士だから透くんも見逃してくれたけど……璃砂ちゃんは、目の前で彼氏が他の女とキスしているのを許してくれるとは思えない。
そもそも……わたしは――見た目が女の子になっているとはいえ……透くんとキスなんてできるんですかね? 舌を入れる必要だってある。
視線をふたりから透くんに固定する。
「…………」
なんとかわたしに掛ける言葉を探しているのがわかる。困らせたい訳じゃないから、矛先を変えてあげますかね。
「……最後まで粘っていた透ちゃんが助かるのは理解できるんです。どうして最初に脱落した璃砂ちゃんが酷い目に遭ってないんですか!? わたしは弱い腋をくすぐられて、笑い悶えてる姿をおふたりに見られるハメになりましたよね!?」
これも本音。涙でぐしゃぐしゃな表情。人に見せちゃダメな顔をしていた自覚ありますからね……見せた相手がこのふたりじゃなかったら死にたくなってたと思います。オークはモンスターなのでノーカンです。じゃないとやってられないです。
ふたりがセーフな理由? 全員が負けず嫌いで、罰ゲーム好きっていうのが答えです。実はわたしも璃砂ちゃんもそんな顔を何度も晒しちゃってますからね……。わたしが負けると高確率でくすぐってきますから……このふたり。
あ、でも今なら透くんはわたしのことをくすぐるの躊躇いそうですね……それはなんか寂しいかも。
「……なら璃砂も」
どうやら透くんも璃砂ちゃんの痴態を見たくなったらしい。こういう素直なところいいですよねぇ。
「は!? なに馬鹿なこと言ってんのよ! あんな女子高生として終わりそうな顔晒したくないわ!」
「はい?」
あ、素が出ちゃった……。今更なんですけど……ふたりは気まずそう。
「……」
あの透くん……そんな黙らなくても大丈夫ですよ? あなたが覚えてないだけで、わたしかなりやらかしてますからね?
でもチャンスなので、わたしは静かに立ち上がる。璃砂ちゃんの背後に回って、万歳をさせてあげた。待ってましたとばかりに透くんの手が璃砂ちゃんの無防備な腋に伸びて――笑い声が響き渡るのだった。
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