オークはくすぐりが好きらしい

 予想に反して朔美が薙刀を持って暴れる時間はすぐに終わった。璃砂も意外だったのか隣で息を飲んでいた。


「な、なんでこんなことするんですか……っ」


 地面から離れた足を必死にバタつかせている朔美。どういう状況かというとオークに両腋を抱えられているだけだ。ただし、オークと向かい合わせじゃなくて朔美の背後から。要するにアレだ。身長の高いヤツが小柄な子をイジるときにするような抱っこみたいな感じの体勢。


 更に他のオークたちが朔美の脇腹なんかを指で突いて遊んでいるおまけつき。当然その度にビクッと反応して「んっ」なんて高い声を漏らしてはオークに笑われている。完全にオモチャだった。


 それでも腋だけは絶対にオークたちに突かせないようにガードしきっているのがすごいと思う。腋の下に腕を入れられる形だから閉じることができず無防備なはずなのに……。まるで誰かに万歳を強制されてがら空きの腋をくすぐられそうになるのを防いだ経験があるような動きだった。


 ……何故か俺が朔美の腕を拘束して、璃砂が腋を狙っている光景が浮かんだ。ゲームで負けた罰とかで……有り得そうだよなぁ……。絶対にやるもんなぁ……俺たち。


「私はあんな風になりたくないわね。恥ずかしすぎる」


「同感だ。無様ってああいうのを言うんだろうな」


 それを見ている俺たちはわざと聞こえるようにこんなことを言っているというな……だって朔美がこっち側だったら絶対同じように言ってるだろうし。


「……透ちゃんがやられてる光景は目の保養になりそうね」


「言うな」


「み、見てないで助けてください!」


 なんとかして逃れようとしているけど、オークの腕力に叶わないらしい。それでも自力での脱出を諦めずに、的確にオークの膝を踵で攻撃している朔美は逞しいと思う。


「朔美ー。あんまり暴れるとスカート……赤袴? やっぱスカートよね? 見た感じの素材的にも。スカートの裾が危ないわよー。時々スパッツが見えてるわ」


「……わたしを気遣うように聞こえますけど、抵抗をやめさせて晒し者にしようとしてませんか?」


「……普通に透の角度からだと見えそうだから真面目な忠告なんだけど……ひねくれ過ぎじゃない?」


「す、すみません……」


 少しムッとした感じの璃砂に素直に謝る朔美。まぁ璃砂も実際のとこは怒ってないだろうけどな。璃砂にもからかうような色があったのは事実だしお互い様だろう。


「璃砂、そろそろ助けるか?」


「それもそうね。透があの状態の朔美を見て妙な気分になっても嫌だし」


 なら璃砂も捕まってくればいいじゃん。そんな言葉が口を出る寸前でなんとか飲み込んだ俺は偉いと思う。理由? 璃砂の性格だと、確実に俺がオークに抱きかかえられるハメになるからだよ!


「ならねえよ……お前ならともかく」


「へぇ……私がああなってたら妙な気分になるんだ?」


「朔美と違って璃砂は生パンだからな。ならなきゃ失礼だろ?」


「……殴っていい?」


 すっげー複雑そうな表情だった。そこは「素直に肯定しなさいよ!」と言いたげなのが伝わってくる。


「オークを殴るならいいぞ」


 なんて馬鹿なやり取りをしつつ、オークたちを見据える。


「あら?」


 俺と璃砂の様子に気づいたのか朔美があっさり解放される。彼女は足元に取り落としていた薙刀を拾って俺たちの元へ駆け寄ってきた。


 自然と向かい合う形になる俺たちとオークたち。なんだかこのまま「じゃあな」って別れればそれで終わりそうな雰囲気だ。


「どうする?」


 つい聞いてしまった。


「どうって言われても……」


「一矢報いたいです」


 薙刀を構える朔美。そりゃ朔美はそうだろうな。オークたちもそんな彼女を見て槍を手に持って構えたし。ただその顔は楽しそうだから遊ぶ気満々なんだろうな……まだ2層にはひとりも侵入者が居ないし、暇なんだろう……。


 ただこの状況はある意味で都合がいいんだよな……ゴブリン相手にやろうとしていた模擬戦を行えるってことでもあるからな。


 でも頭の冷静な部分が訴えてもいる。璃砂がアレだけ暴れてゴブリンに一撃加えることすらできなかったんだぞ? 果たしてオーク相手に模擬戦なんて挑んでいいのか? と。


 3人で仲良く朔美のようになるだけでは? と。たぶん気のせいだと思いたいけど……そんなオチになるんだろうなと。もちろんならないように努力はするさ。


 取りあえずいつものように氷剣を作り出した。璃砂はどうするんだろう? そう思って視線だけで確認すると、数歩下がって自身の周囲に複数の炎弾を浮かべている。完全に後方支援モードだった。


 まさかとは思うけどさ……後衛ならオークに捕まらずに済むとか考えてないだろうな?


「行きます!」


 俺たちも準備ができたと判断したのか、突っ込んでいく朔美。さっきそれで簡単に薙刀を叩き落されて捕まったんだからさぁ! もうちょっと慎重に! これじゃ俺も続いてフォローするしかなくなるじゃん!


 俺があとを追い始めるのと同時に背後から火矢が追い越していく。正確な数はわからないけど、浮かべていた炎弾と同数な気がする。あの炎弾は砲台として使っているらしい。


 火矢を槍で打ち払うオークたち。効果がないように見えても意味はある。璃砂も火矢は当てることよりも、俺や朔美が攻撃する隙を作るって目的で撃ってるだろうしな。


 5体の内、1番身体ががら空きになっていた真ん中はどう考えても誘いだ。狙った瞬間、他の4体に囲まれてしまう未来が予想つく。


 ならば俺が狙うは右端だ。見ると朔美は左端をターゲットに定めたらしい。俺たちの狙いを察した璃砂が残りの3体へ火矢を連射してくれた。


「おりゃ!」


「はぁっ!」


 俺の突きと、朔美の上段からの斬り下ろし。てっきり弾かれるか受け止められると思っていたのに、簡単に躱されてしまった。あの巨体で動きがはええなおい!


 そのまま俺、璃砂、朔美を分断するように間に入られてしまった。あろうことか2体が璃砂に向かって行く。俺と朔美が援護に向かおうとすると、それぞれ向き合う形でオークが立ちふさがる。


 ならばせめて氷柱を撃って援護しようとしたけど、フリーで間に残っていたオークに槍で叩き落されてしまう。


 はい、勝負ありでした。あっという間に俺たちの負けだ。最初に璃砂が捕まり、次に朔美。俺は最後まで抵抗を続けたけど、3対1じゃどうしようもなかった。


 璃砂と朔美がそれぞれ1体のオークに両腕を掴まれて、宙ぶらりんに。てっきり俺も同じ扱いかと思ったけど違った。


 残りの3体がふたりを交互に指差して、次に俺を指差して頷く。


「えっと……最後まで頑張った俺へのご褒美ってこと? 好きなほうを選べってか?」


 ブヒ!


「璃砂で」


 いや、璃砂の前で他の女の子を選ぶって選択肢自体ないだろ。選ばれる側も当然ながらそのことを理解している。安堵したように息を吐く璃砂と、絶望した表情の朔美。見事に対照的だった。


 そのあとどうなったか? 俺は璃砂の太ももを好き勝手触って撫で回した。璃砂も今回に関しては文句も言わずに受け入れている。


「あははははははははは! 腋いやだぁあああ! ほんとに無理なんですっ! 助けて! 誰でもいいから助けてくださいーっ! きゃはははははは!!!」


そりゃ隣でオークに抱き枕にされたうえで他の2体にしっかりと腕を掴まれて、残る1体に無防備に晒された両腋をくすぐられて泣き笑いしている朔美が居るからなぁ……あの立場には誰だってなりたくないだろ。


 朔美はご愁傷さま……。

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