夜のひととき
「なあ璃砂」
「なに?」
お互いの吐息が掛かるような距離感で見つめ合う俺と璃砂。この距離だと、視界に映っているのは相手の顔だけだ。お風呂上がりのため、彼女本来の甘い香りに加えてシャンプーの香りも強く漂ってくる。
「何故に俺の部屋に居る? もう寝るってそれぞれの部屋に戻ったはずだよな?」
3人で雑談して、リッカお手製の夕食を食べて、3人で雑談して、交代でお風呂に入って、3人で雑談して、寝る段になって現在だ。それぞれの部屋に戻ったはずが、璃砂は何故か俺の部屋のベッドに仲良く転がっている。
そしてどういう訳か璃砂が壁側だったりする。本人が何も言わずに入り込んでしまった。まるで「私はなにをされても逃げられないけど……?」なんて意思を感じなくもない。
ちなみにお風呂に入るタイミングで変身を解除しているから、俺も璃砂も本来の姿で部屋着だ。
「昨日は私の部屋だったから、今日は透の部屋で良いんじゃない?」
「……朔美に見られたら何を言われるかわかったもんじゃないんだが」
からかわれるか、冷やかされるか、煽られるか。どれだろうな。軽蔑されることはないと思える代わりに、確実にネタにされると思う。
「あの娘……声がかわいいから許されてるわよね? 敬語だけど割と口が悪いし」
敬語で口が悪いって矛盾してそうで、朔美に関してはその通りだと頷いてしまいそうな表現だよな……。
「ノーコメント。陰口はどうかと思うぞ」
「あ、透がお風呂に入ってるとき本人に言ってるわ。朔美は『璃砂ちゃんと透くんにはよく言われてました』だって」
本人も認めてるんかい。
「なら別にいいんだけどさ」
「お風呂で思い出したんだけどさ……私、怒りたいことがひとつあるんだけど」
そう言った璃砂の表情はひとことで言えば、嫉妬だった。
「……はい」
思い当たるフシはある。ぶっちゃけ、やらかした! と思ったしな。原因となった朔美も予想外だったのか困った顔をしていた。それでも何事もなかったように振る舞えるんだからな……すげーと思う。俺や璃砂が変に意識しないで済むようにだろうけどさ。
あのときの璃砂はため息を吐くだけでその場を済ませてたからてっきりスルーしてくれるのかと……。
「お風呂上がりの朔美のこと……どう思ったのかしら? 怒らないから正直に言ってみなさい」
「……エロいなと思いました」
「いや……同性の私から見てもそう感じたから仕方ないとは思うんだけどさ……」
なんて苦笑する璃砂。
「色気ヤバかったよな」
久々のお風呂を堪能したからか、蕩けた表情を浮かべながらタオルで髪を拭きつつ洗面所から出てきた無防備な朔美。それに加えて、あのブルマ姿だ。上気して薄っすらと赤く染まった肌と相まって他人の目を惹き付ける色気を放っていた。
ついつい凝視してしまった俺は悪くないと思う。男なら誰だって同じ反応になるはずだ! そう主張したいくらいだ。
「……私、一応あんたの彼女なのよね? なんで他の女の色気について同意を求めてくるのよっ」
「いでっ」
デコピン1発。でもそれで許してくれるらしい。
「まったく……私のお風呂上がり姿は軽く流すくせに」
「ある意味で見慣れてるからな……」
それこそ最低でも週1の頻度で見ている。長期休みは週7なんてときもあった。
「部屋着を変えれば反応も違うのかしらね? 使い古した体操服とジャージから、普通のパジャマとか?」
「え……」
「『え……』はこっちの反応なんだけど……なんでそんなに嫌そうなのよ」
呆れた声色なのに随分と楽しそうだ。
「…………」
「今更引かないから言ってみなさいよ、ほらほらぁ」
なんてからかうように俺の脛を膝で撫でてくる璃砂。ついさっきまで怒っていたと思ったらご機嫌なご様子で。
「璃砂の体操服姿が大好きだからです……」
「私、大人になっても体操服を着せられそうね……」
お互いの発言で顔を見合わせてしまう俺たち。
「俺が変態みたいな言い方はやめろや」
璃砂が本気で嫌がらなければ実際にそう希望を出しているだろう俺が簡単に想像つくのがなんとも言えない。
「……」
「急に黙ってどした?」
「いやね? 邪神の言葉を思い出しちゃって。私たちってこのままずっと歳を取らないのよね?」
「……そういやそんなこと言ってたな」
「朔美はどうなのかしらね? ダンジョンの住人になった時点で同じ扱いな気もするけど……」
確かに気になるな。なんだかこの先、ダンジョンの住人は増えていく予感があるしな。
「同じ扱いであって欲しいけどな。じゃないと……」
つい言葉を切ってしまった。
「じゃないと……辛い別れがいっぱいになりそうだものね」
璃砂も住人が増えていく予感がしてるんだな……だからこそ気になったのか。
「それは嫌だな」
「ええ」
「「……」」
会話が途切れた。なんとなくお互いが窺い合うような形に。璃砂が少し大きく吐いた息が俺の顔に掛かる。
「邪神がさ……セットで言ってたこと覚えてる?」
「ん?」
すぐにピンと来なかった。ヒントはすぐに見つかる。目の前の璃砂の顔が赤く染まっていたからだ。あー……でも、ふたりきりで同じベッドに転がってる状況で話題に出しちゃうか?
「子供は作れるって言ってたわよね?」
「……言ってたな」
躊躇なく言いやがったし!
「どうしたのかしら? 顔が真っ赤だけど?」
「お前も真っ赤だから安心しろ」
「ま、まぁ……それはある程度自分たちの安全が確保できてから考えるとして……」
その気があるって宣言だと受け取っていいんだな? いや、まったくないって言われるのもショックだけどさ。
「そのためにはダンジョンを守っていかないとな」
「……」
あ、外した。璃砂が望んでいた答えと違うらしい。もっともわざとだけど。
「璃砂、言いたいことがあるならハッキリとどうぞ」
恨めしそうに睨んでくる。たまにはこういうのもいいかなと思ってさ。
「……キスしたい。私の最新の記憶……朔美とのベロチューなのよね。嫌じゃないけど、透との記憶に上書きしておきたい」
「喜んで」
どちらともなく顔を寄せ合って重なる唇。舌を先に動かしたのは果たしてどちらか……俺たちにもわからないのだった。
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