住人リスト登録名『ド変態巫女 朔美』

「これでできたっぽい」


 邪神に言われたダンジョン住人の登録はすぐに終わった。アプリを開いて、新規登録を選択して、名前を入力するだけだ。


 そもそもこのアプリ自体が朔美みたいに住人が増えることを前提としてるよな……今更だが。邪神は最初からこういうことを想定していたってことか。


「そのリストって私と透も載ってるのよね?」


「ああ」


「わたしも興味あります。自分のも見たいです」


 3人でタブレットを覗き込む。距離が近づいたことによって璃砂の甘い香りが漂ってきた。それに加えて璃砂とはまた違った女の子の匂いが鼻腔をくすぐってくる。


「すんすん」


 璃砂さん? ……同性だからって堂々と嗅ぐのはどうなんすかね? 匂いフェチってこれだから……。


「あのぉ……こっちの世界に来てからは水浴びくらいしかしてないので、あまり嗅がれたくないんですけど……」


 困ったような表情で俺に助けを求めてくる。


「普通に女の子のいい匂いだから大丈夫じゃない? ねえ透……あ、でもちょっとだけ汗と埃っぽいのも混ざってるわね」


 そこで同意を求めるのやめてくれよ!? 否定するのも問題だし、肯定するのも璃砂の同類だと思われそうで嫌だ。それに後半に関しては、デリカシーがなさすぎる。


「……」


 当然俺としては黙るしかない。変に発言するのは危険だと思った。これがもし璃砂相手なら遠慮も躊躇もなく言えるんだけどさ。


 俺の内心を察してくれたのかタブレットに視線を落とす朔美。きっと話題の転換先を探してるんだろう。


「ふふっ……璃砂ちゃん、これを見てください」


 何かに気づいた朔美が小さく笑いながらタブレットを指差した。


「……は?」


 ドスの利いた声だった。よっぽど頭にくる内容のようだ。……気になるな。俺も目を向けると朔美の登録完了画面から住人の一覧表に切り替わっており、その2番目に『ロリコン魔法少女 璃砂』と書かれていた。同時にタブレットを壊したくなるような文字列を見た気がするけど、脳が認識することを拒んだ。


 住人リストって言っても、どうせ俺と璃砂だけだし……と今まで確認していなかったけど正解だった訳だ。


 改めて2番目に表示されている名前を見る。変化すること無く主張している『ロリコン魔法少女』の文字列。


「ふ――」


 よく吹き出さずに耐えたな。偉いぞ、頑張ったな俺!


「くすっ……透くんも『下半身フェチ魔法少女(笑) 透ちゃん(爆)』になってますね」


「……は?」


「ふたりで同じ反応なの安心します。どっちも事実ですもんね」


 朔美の言葉で見つめ合う俺と璃砂。思っていることは確実に同じだ。朔美も変な名前であってくれ! だ。


「そういう朔美は――」


 璃砂が言葉に詰まる。え、この流れでイジれない感じ? 見るのが怖い。だけど朔美には何故か反撃したくなる不思議。それこそ璃砂とじゃれ合うのと同じ感覚だ。


「――『ド変態巫女 朔美』」


 敢えて見たまま読み上げてみた。これまで柔らかい表情を浮かべていることが多かった朔美の顔が引きつっている。


「……認めたくないですけど……変態だって自覚はあります。でも仕方ないじゃないですか! エロゲライターとイラストレーターの娘ですよ? そういうコンテンツが家に溢れていたんですから! 嫌でもそっちの知識はつきます! だから変態なのは認めます! でも透くんと璃砂ちゃんだって同類です! オタク仲間なんですから! 変態なのはわたしだけじゃないです! ロリコンと下半身フェチに引かれる筋合いはないはずです!」


 なんだろ……常に敬語で、所作の節々から育ちの良さも窺える。性格も一見内気に――実際はダンジョン内で襲われていたときの様子とか、ここまでの会話でむしろ逆に図太く色んな意味でをしているのは理解しつつあるが――思える朔美が俺たちと打ち解けて親友レベルにまでなった理由が想像つかなかったけど……一気に腑に落ちたというか……納得した。


 高校入学して同じクラス。ふとした拍子にオタク趣味を持っていることに気づいて会話するようになって、璃砂と言い合いになったんじゃないかなと。普通ならそのまま喧嘩になるところだが、互いの性格が噛み合って思ったことを言い合える仲になったんだろうなと。そんでそんな璃砂の隣には基本的に俺が居た。


 なるほどなぁ……あくまで想像だけど、大きくは外してないと思う。 


「だから誰がロリコンよ! 透も彼氏ならフォローしなさいよ!」


 悪い無理。


「……いや、お前が設定した……リッカの見た目……ロリ巨乳じゃん……俺の魔法少女姿だって……璃砂の妄想が反映されてるっぽいし」


 どう頑張っても否定するの無理!


「魔法少女姿ですか……」


 朔美がジッと俺を見た。その視線が舐めるように頭の天辺からつま先まで下りていく。そして戻ってきた視線が胸に固定された。ゾワゾワと肌が粟立つ感覚。あの冒険者共に向けられた視線と同質だった。


「ひっ」


 思わず胸を庇って後ずさってしまう。


「じょ、冗談ですよ? 冗談。女同士でおっぱい揉みたいとか思うわけないですよ。中身男なのにわたしより大きいんだ……とか思ってないです」


「あ、やっぱそこ引っかかるわよね」


 あろうことか璃砂まで参戦してくるという……待てや! 直前まで朔美をイジる流れだったじゃん! なんであっという間に形勢が変わってんだよ!


「なんて言ってる璃砂ちゃんですけど……胸盛りました?」


「ぶふっ!」


「……」


 俺のことを睨んでくるけどさ……吹き出すなってのが無理だろ!


「盛ってない。魔法少女の姿だからじゃない? ほら、こんな恥ずかしい乳袋なのよ? ありえなくない? こんな風に身体の線がハッキリと出ていたら大きく見えてもおかしくないでしょ?」


「ずっとCカップからDカップに成長して欲しいって言ってましたもんね。念願叶っておめでとうございます。その乳袋はAカップのわたしに対する嫌味ですか?」


 あ……俺に璃砂のバストサイズを教えてくれたの朔美だな!?


「私のことはいいでしょ! 今は透ちゃんの胸よ!」


「それもそうですね。という訳で、透ちゃん! そのおっぱいをわたしと璃砂ちゃんに揉ませてください!」


 どういう訳だよ!?


「嫌に決まってるだろうが!」


 俺の叫びに嬉しそうに頷く朔美。


「……いい感じになってきましたね。わたしから見た、透くんと璃砂ちゃんとの距離感はいつもこのくらいでした」


 1度友達として距離を詰めているから方法がわかっていたと? それを利用して強引に戻したと。確かに途中から俺も璃砂も朔美に対して遠慮がなくなっていたけどさ……。


「つまり俺の胸を揉みたいって言ったのも距離を詰めるためだと?」


「いえ、本音です。わたし可愛い女の子が大好きですからね! 透くんとはいっぱいアイドルアニメや美少女ゲーム原作アニメの話をしましたし、璃砂ちゃんとも魔法少女について語り合いました」


「……朔美? 女の子が大好きってリアルでも? まさか私の胸を触ったこととかある?」


 警戒したように両腕で胸をガードする璃砂。


「ありますよ? 透くんの目の前で揉むと、心の底から羨ましそうに見てくるんですよね。それが璃砂ちゃん的にも満足度が高いのか、2回目からはむしろ『透の前でなら揉んでもいいわ』なんて許可くれましたよ」


 うわ、言いそう……。


「…………」


 璃砂も自分で否定できなかったのか何も言えないでいる。


「まぁ……その代わりにわたしも璃砂ちゃんに匂いを嗅がれたんですけどね……それもわざわざ体育のあととかに、です。ご丁寧にどんな匂いがしたのか透くんに解説するのは嫌がらせだと思います」


 うわ、絶対にするわ!


「わかるわぁ……璃砂って体育のあとに引っ付いてくるよな。それで『汗臭い』とか言ってくるんだよな」


「なのに人には『変態!』って怒りますからね」


「だよな。自分のほうが変態行為してるのに」


「……ねえ提案があるんだけど」


「どうした?」


「なんですか?」


「この住人リストの登録名さ……私たちの間ではネタにするのにしない?」


 そこで禁止って言わないところに性格が出てるぞ璃砂……。自分もネタにされる覚悟を決めたってことなんだろうけど。


 つまりこの提案はライン決めってことだ。誰かが本気で嫌がるならネタにするのを禁止しようって。


「賛成!」「賛成です!」


 俺も、朔美も……迷わずに性格が出ている即答をするのだった。

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