正式に住人が増える
転移して大広間の司令室に戻って来ると、空が茜色に染まっていることに気づく。1層の洞窟の中だとわからなかったけど、もう時刻は夕方。それも夜に近いらしい。デバイスとかで時計を確認するタイミングもなかったもんな……。
それだけ侵入者相手に連戦していたんだと思うと、疲れを感じていた身体が更に重くなった気がする。
「みんなおかえり。無事でよかったわ」
すぐに邪神が迎えてくれた。どうやらずっとここで見守っていてくれたらしい。
「そして……ダンジョンへようこそ。石上朔美」
邪神が慈愛に満ちた顔を石上さんに向けていた。俺たちと扱いが全然違うんだが?
「……あの、どちら様ですか?」
明らかに警戒している石上さん。まぁ見るからに異質な存在だもんな。動いて喋る等身大日本人形とか。当然だ。
「妾は……地球、日本を担当している神様よ。透と璃砂を魔法少女にしてダンジョンマスターとしてこの世界に送り込んだ張本人でもあるわ。同時にあなたには謝らないとならないわ……妾の力が及ばなかったせいで、あなたはこの世界に召喚されることになったの。あなたの人生を守れなかったのは妾の責任よ。ごめんなさい」
「っ」
神と名乗った存在に深々と頭を下げられて息を呑む石上さん。反応に困ったのか、視線を俺や璃砂に向けてくる。残念だけど、石上さんと俺たちは立場が違う。
「お詫びと言ってはなんだけど、あなたを日本に戻すことも可能よ」
ほんと俺たちとの差が酷いな!?
「え!?」
石上さんにとっても意外な言葉だったのか、すごい勢いで邪神に顔を向け直していた。でも……その表情に喜びの色がないのが気になる。
「ただ申し訳ないけど、元通りとはいかないの。昨日まで居た人間が急に行方不明とか騒ぎにしかならないのはわかるわよね?」
「……はい」
「悪いけど、親兄弟を含めて周りの人間の記憶は既に改竄しているの」
「……記憶を、ですか」
チラッと俺や璃砂を見た石上さん。だよな。そうなる……ん? 記憶の改竄で真っ先に気にしたのが俺たち? 自分の家族じゃなくて?
「だから自力で新たな人間関係を築き直すことになるわ。正直言うとね? 戻ったところで環境の変化――一新に耐えられずに自殺してしまう帰還者も居るわ。そんな訳で強制はしないことにしているの。あくまで本人が希望するならの話よ」
「……他の選択肢を聞いてもいいですか?」
邪神に言いつつも、視線は時折俺や璃砂に向いている。
「来世に期待ってのも可能よ? 妾が責任持って、日本で転生させてあげる。今世の記憶もしっかり消してね。文字通り完全に新しい人生で再スタート。ま、お詫びとして多少は幸せな人生をプレゼントしてあげる。これが妾のオススメね。実際、これを選ぶ人間も多いわ」
ん? クイッとセーラー服の裾を引っ張られた。振り返ると、魔力切れでダウンしたままのリッカをお姫様抱っこしているケンシンが立っていた。美人モデルにお姫様抱っこされるミニスカメイドの女子中学生(なお猫又)の図。見た目は全然違うのに、どことなく姉妹のような雰囲気すら感じられる。これは同じダンジョンから生まれたのが原因かもしれない。
ケンシンは顎でリッカを示して、続いて廊下を示した。なるほど、長くなりそうだからリッカを別の場所でちゃんと休ませたいってことか。
俺が頷くと、ケンシンも頷いて足音を立てずに大広間を出ていった。とりあえずリッカのことは任せておいて大丈夫だな。
「その言い方だと、オススメしない選択肢もあるってことですよね?」
「ええ。このままこの世界で生きていくこともできるわ。こんな中世レベルの群雄割拠状態で剣と魔法の世界。碌でもない結末を迎える可能性が高いわね。朔美も冒険者としてこの世界で僅かでも生活していたなら理解しているでしょ?」
「それは……はい」
嫌悪を隠さずに頷いた石上さん。実際、一緒に行動していた冒険者に襲われてるもんな。そりゃそうだ。
「それで、朔美はどうする?」
「残りたいです。ダンジョンで保護してくれるそうなので、大丈夫です」
即答だった。なにひとつ迷った様子を見せなかった。確かに保護するって言ったけど、簡単に決めすぎでは? と心配してしまう。
「そ。本人の希望じゃ仕方ないわね」
邪神もそのまま認めてしまう。え? 邪神的には日本に連れて帰りたいんじゃないのか?
「えっと石上さん? いいの?」
黙って成り行きを見守っていた璃砂が耐えられなくなったように口を挟んだ。
「……わたし……日本にはあんまりいい思い出がないんです。親族とか。例え向こうに記憶が残っていなくても、事故で再会する可能性がゼロじゃないなら避けたいです」
家族じゃなくて親族……更に再会を事故と言い切ったこと。日本に戻れると聞いて喜びを表に出していなかったこと。複雑な事情を抱えてそうだな。記憶を失う前の俺や璃砂は知っていたのだろうか? ……きっと知っていたんだろうな。石上さんの俺たちに対する距離感は友達以上に感じる。
「それにこっちには親友たちやクラスのみんなも居るはずですから」
「居るはず?」
邪神が石上さんの言葉にピクッと反応した。
「全員が一緒に召喚されたんじゃないのかしら?」
「一緒に召喚されたのは同い年の4人でした。内ひとりがクラスメイトです。お偉いさんが話していたのを盗み聞きした感じだと、もっといっぱい召喚したらしいですけど『原因不明の事故でバラバラになった』みたいなことを言ってました」
同い年の4人。クラスメイト。学年全員の記憶がない俺たち。ここまで情報が出れば確定だな。それどころか、俺たちの学校以外にも被害者が居る可能性まで出てきたという……。残りの3人が同じ学校で石上さんが知らないだけなのか、年齢が同じだけで他校なのか。果たしてどっちなんだか……。
「…………え?」
邪神にとっても予想外だったのか固まっている。
「わたし、スキルが教会の一覧表に載ってないとかで追い出されてまして、その後4人がどうなったのかわからないんですよね……わたしも縁もゆかりも無い世界で生きるのに必死でしたから……女ひとりっていうのも、色々と……ありましたし」
それが冒険者なんてやっていた理由なんだろうな。色々とってことは、今日みたいなことを何度か経験しているってことだ。
「特にクラスの娘が心配です。スキルが指揮官に向いているとかで、ひとりだけさっさと連れて行かれちゃいましたから……」
ふと嫌な予感が過る。その指揮官の実績作りに誕生したばかりのダンジョン攻略とかもってこいじゃね? と。ま、まぁ……そこら中で戦争している世界みたいだし? もっと簡単な戦場があればそっちだろうけど……嫌な予感って当たるんだよなぁ……。
「ねえ透?」
璃砂も同感なのか嫌そうな表情を隠しもしない。偵察と思われるギルド職員に逃げられてるの痛いなぁ……。
「………………だああああ! あのクソ野郎!!! ちっ!」
邪神が大声で叫んだかと思うと、舌打ちをひとつ。
「朔美がこっちに残るのは了承よ。透、悪いけどダンジョンアプリの『住人リスト』に朔美を登録してもらっていいかしら? 簡単にできるわ。そうすれば彼女にもタブレットとデバイスが生成されて転移なんかも可能になるから」
「りょ、了解」
目が血走っていて怖えって!
「妾はちょっと急いで確認しないといけないことができたから、数日はこっちに意識を向けられないと思うわ。悪いけどケンシンと相談して防御を大至急固めること」
プツっと電源が切れたように動かなくなる日本人形。意識を日本に向けたんだろうけど……あの邪神様? 最後の言葉って俺と璃砂の嫌な予感を肯定してませんかね!?
「……わたし、正式にダンジョンの住人になるってことですよね? 透くん――透ちゃん! 璃砂ちゃん、改めてよろしくお願いします」
「石上さん? なんで言い直したのかな!?」
「見た目に合わせただけですよ?」
「だって透ちゃん」
璃砂ぁ……っ!
「あ、そうだ。おふたりにお願いがあります。日本では透ちゃんにも璃砂ちゃんにも朔美って呼ばれていたので名前で呼んで欲しいです――わたし、名字が本気で嫌いなので」
「わ、わかった。朔美、さん」
「透ちゃん、さんは要らないです。呼び捨てがいいです」
「さ、朔美」
「はい、透くん」
あ……この娘、結構面倒くさいタイプだ。
「透ちゃん、女の子を面倒くさいとか思っちゃダメですよ?」
「透ってすぐ顔に出るわよね」
面倒くせぇ!
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